再会

どこからとも無く聞こえてくる虫の鳴き声。しかしその姿を捉えることが出来ないほど、辺りには新緑が生い茂っている。空からは木漏れ日が射し込み、地表近くには爽やかな風が吹くその森林地帯を、2人の賞金稼ぎは連れ立って歩く。

「…ねぇえくれあちゃんっ?」
「何です?姉さん。」

えくれあは周囲を哨戒しながら、姉の呼びかけに淡々と答える。先の盗賊兄妹から逃走し、ここまで神経をすり減らしながら歩いてきた彼女の表情には僅かに疲れが見え始めていた。

「あとどれくらいで着くのかなっ?」
「…初めて来る土地ですからね、私にも検討が付きません。」

そして、2人の間には沈黙が流れる。普段は他愛のない話を次々と振ってくるエーテルも、流石に疲れているのかそれ以上は口を開くことはせず、妹の横を黙々と歩き続けた。

「……あれ?」

それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。エーテルが不意に声を上げて前を指差す。

「ねぇえくれあちゃんっ、何か建物が見えるけどもう街に付いたのかなっ?」
「いえ、流石にまだ着くはずは…それに、こんな森の中に街があるなど……」

2人は戸惑ってこそいたが、生い茂る木々の隙間から見える建物の壁のようなものを目指して、徐々に歩みが速まっていく。体力的にも精神的にも、2人の疲労はもはや限界に近付きつつあった。やがて、2人が行く手を阻む最後の木を通り過ぎると、少しだけ開けたその場所には質素ながらもそれなりの広さを持つ建物が佇んでいた。

「ここは……教会……?」
「教会って、神様にお祈りする所だよねっ?どうしてこんな場所に……?」

建物の屋根に取り付けられた十字架に気付いた2人は、どうしたものかと顔を見合わせた。

「…私は神など信じてはいないので……」
「わたしもよく分かんないけど…ひと休みさせてもらえたりしないかなっ?」

微妙な表情を浮かべるえくれあをよそに、エーテルはひょこひょこと教会の入口へと近付いていく。すると、扉から1人の女性が姿を現した。藤紫色の衣服を纏い、頭からヴェールを被ったその女性は、エーテル達の姿を認めると静かに微笑んだ。

「こんにちは…どうやら、神に祈りを捧げに来た…という様子ではありませんね。」
「こんにちはっ!あの、わたし達旅の途中でたまたまここを見付けたんですけど……」
「そうでしたか。ここはレージアス地方に唯一残っている教会なんですよ。と言っても、今や神に祈りを捧げる方はどんどん減り、貴女達のような旅人の憩いの場としての役割も果たしているのです…あちらの可愛らしいお嬢さんは、貴女のお連れの方かしら?」

女性に突然話題を振られて思わず身構えるえくれあ。エーテルはそんなえくれあを見て満面の笑みを浮かべている。

「はいっ!わたしの妹のえくれあちゃんですっ!!一緒に旅をしてるんですけど、2人で少し休ませてもらえませんかっ?」
「ふふ、もちろん構いませんよ。さぁ、こちらへどうぞ。」
「やったーっ!!ありがとうございますっ!!ほらっ、行くよえくれあちゃんっ!!」
「は、はい……」

女性の後に続いてスキップで歩くエーテルを、えくれあは呆気に取られて眺めていた。エーテルの姿が建物の中に消える寸前、ようやく我に返ったえくれあは慌てて2人の後を追ったのだった。



「わぁっ、きれいなところ…っ!!」
「神に祈りを捧げる場所ですから、質素ながらも清潔に保たなければならないのです。」
「………」

教会の中に入った2人が最初に目にしたのは、広々とした礼拝堂だった。左右に分かれた長椅子と、奥には何かを象ったステンドグラスがあり、そこから入る日差しが礼拝堂全体を照らし出している。

「この教会は、どうやって運営されているんですか?」
「祈りを捧げに来た方からのお布施と、後は旅人の方々からほんのお気持ちばかりの謝礼を頂いて慎ましやかに過ごしておりますのよ。」

謝礼、という言葉を聞いた瞬間、えくれあとエーテルは引きつらせた顔を見合わせた。

「あら…どうしましたの?」
「あっ、ええっとー……」
「私達、手持ちのお金が無いのです…盗賊に奪われてしまったもので、謝礼が払えないのですが……」

気まずそうに女性を見上げるえくれあ。しかし、女性はにこやかに微笑んでみせた。

「大丈夫ですよ、お金に困っている旅人の方からはお金を取らないよう、神父様から言われておりますもの。」
「…すみません、ありがとうございます。ええと……」
「あぁ、私のことはシスターとお呼び下さいな。ここは神父様と私の2人きりでやっているからそれで分かりますわ。」

シスターの言葉に、えくれあとエーテルは一気に脱力して安堵の表情を浮かべた。

「…あぁ、そうでしたわ。お金のことは構わないのですけれど、今ちょうど貴女達と同じように休みにいらしている方が居ますの…相部屋になってしまうのですが構わないかしら?」
「全っ然大丈夫っ!!ありがとうシスターさんっ……ったぁっ!?」

間髪入れずに了承したエーテルの脇腹を、隣を歩くえくれあが右手で小突いた。

「…姉さん、相部屋って相手がどんな人かも分からないのに安請け合いして……!!」
「大丈夫だよっ、危ない人だったらシスターさんも一緒になんて言わないだろうしっ!!」
「それは、そうかもしれませんが……」

えくれあの不安をよそに、3人は旅人用に用意された一室の前に辿り着いた。

「先客の方も中に居ますわ。もしかしたら寝ているかもしれないから……」
「うんっ、第一印象は大事だから元気に挨拶だねっ……って痛いよぉっ!!」
「姉さんはもう一切口を開かないでください……分かりましたシスター、先客の迷惑にならないよう、配慮します。」
「ふふ、仲良し姉妹なのね。晩御飯の時には呼びますから、ゆっくりしていってくださいね。」

シスターは再び静かな笑みを投げかけると、踵を返して歩いてきた廊下を戻っていった。

「…さて、では中に入るとしますか。」
「仲良くなれる人だといいねぇーっ!!」

数十秒前のシスターからの忠告をすっかり忘れたように大声を出す姉に大きなため息を付きながら、えくれあはノックをしてからゆっくりと扉の取っ手に手を掛けた。扉を開くと、質素な部屋の中心に小さな丸机が見える。奥には4つのベッドが用意されており、その1つに先客が腰掛けていた。そして、その先客の姿を見たえくれあとエーテルは、余りの衝撃にオッドアイの双眼を限界まで見開いていた。

「お久しぶり…は言い過ぎですね、えくれあさん。それにエーテルさん。」



先客はえくれあ達を認めると、ゆっくりと立ち上がった。青髪の下に光る翡翠色の瞳に笑みを浮かべたその少年は、えくれあ達がよく知っている人物だった。

「ふぇ、ふぇふぇふぇフェーくんっ!?どどど、どうしてここにっ!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか、せっかく会えたんですから。」

エーテルの大きな眼が、一層見開かれている。驚きの余り声が震えるエーテルを見て、フェデルタはくすくすと笑っていた。しかし次の瞬間、その笑みは断ち切られる。気付けば、刀身を白く輝かせた《プラチナブレード》がフェデルタの喉元に突きつけられ、その首筋からは一筋の真紅が流れている。

「…どういう事でしょうか。」
「それはこっちの台詞です…」
「えっ……えくれあちゃん、なんで……っ?」

翡翠と真紅の視線がせめぎ合う。えくれあは《プラチナブレード》を突き付けたまま、右手を背中の《デモンズエッジ》に伸ばす。肌を突き刺すのでは、と錯覚するほど張り詰めた空気を、エーテルの声が震わせた。

「どうしちゃったの…やめようよえくれあちゃんっ、ねっ!?」
「姉さん、道中で言ったはずです…彼のことは諦めてください、と。」
「だからどうしてっ!?」
「知れたことです…旅の途中、彼が幾度と無く見せた不可解な行動、そして何より、彼に言われるがまま進んだ魔王城の先に居た魔王エルディア……偶然にしては話がうますぎます。第一、初対面の時から私達を知っているような口ぶりでしたからね、貴方が魔族のスパイだと言うなら話は繋がります。」

冷たく突き刺さるようなえくれあの言葉に、再び部屋は静かな殺気を取り戻す。しかし、フェデルタは殺気など感じさせない穏やかな口調でえくれあに語り始めた。

「…確かに、えくれあさんがそう思われるのも無理はありません。事実、僕は魔王エルディアの右腕として、お2人の監視の任を遂行していたのです……あの時までは。」
「あの時……?」

掻き消えるようなエーテルの声に応えるように、フェデルタは衣服のボタンを外してその華奢な上半身をさらけ出した。そこには、常人では耐えられそうもないほどに酷く抉られた大きな傷跡が、左肩から右脇腹の辺りまで広がっていた。

「っ……!!」
「ひどい……誰がこんな事……っ!!」
「…魔王エルディアですよ。」

フェデルタの言葉に、えくれあの意志と左腕が揺らぐ。エーテルはたまらず駆け出し、えくれあの左腕を強引に引き下げてフェデルタに駆け寄った。

「癒しの風よ、ここにそよげっ…リェチーチっ!!」

エーテルが嗚咽を漏らしながら詠唱すると、その両手から淡い緑の光が生じてフェデルタの傷を包み込む。

「ありがとうございます。しかし、初級の治癒魔法で施せる段階の処置は既に済んでいます…後は、僕の回復力次第、と言ったところですね。」
「そんな……ごめんねフェーくん、なんにもできなくて……っ」
「……あなたも、魔族………?」
「…えぇ、ご明察です。僕は生まれて間もなく魔王の側仕えとして英才教育を受けてきました……時間にして大体30年程でしょうか。」
「…ふぇっ?さんじゅーねんっ?」
「はい。恐らく人間としてはお2人より若く見えるかもしれませんが、こう見えて僕は既に齢60年を超えています。」

フェデルタの言葉に、2人は雷にでも打たれたように固まった。驚愕のあまり、えくれあは左手の《プラチナブレード》を取り落とし、エーテルは瞳からこぼれ落ちていた涙がぴたっと止まっている。

「齢60って……どういうことです……!?」
「フェーくん、おじいちゃんなの……っ!?」
「大まかにですが、僕達魔族の外見年齢はおよそ人間の1/4の速度で進行すると言われています。そして、寿命は人間のおよそ4倍…人間にして15歳程と言われれば、そう違和感も無いのでは?」
「た、確かにそうかも……」

エーテルは目を見開いたまま、フェデルタの頭の頂からつま先までをまじまじと見つめている。えくれあは混乱する頭を整理するようにかぶりを振り、再びフェデルタに厳しい視線を向けた。

「ですが、そんな魔族のエリートとも言うべきあなたが何故魔王に斬られたのですか?」

えくれあの問いに、フェデルタの表情が一瞬曇った。

「…簡単な話です。僕は、やり過ぎました。あなた達を誘導するために行った裏工作……結果的にお2人は僕の任務の通りに魔王城に辿り着きましたが、それはあまりに早計で、強引な手段でした。結果、お2人は魔王の眼鏡に適う事もなく、えくれあさんには終始怪しまれる形となってしまいました。魔王の臨んだ結果を出すことができなかった僕は、あの後間もなく粛清され、気が付けばこの教会に保護されていたのです。」
「裏工作…では、私達が魔族のスパイだという情報を流したのも…」
「えぇ、僕です。思えば、よくぞ最後までえくれあさんに看破されなかったものです。」
「で、でもどうして、魔王はフェーくんをわたし達のところに送り込んできたの…っ?」

エーテルは縋るような目でフェデルタを見つめている。えくれあも、祈るような目付きでフェデルタの答えを待っていた。しかし、フェデルタの口から飛び出した言葉は、2人の予想通りであって、希望を打ち砕くものであった。

「それは……お2人が魔王エルディアの、実のご息女だからですよ。」
「あ………っ」
「…やはり、そうなのですね……」
「じゃ、じゃあわたし達、どうして人間の世界に居たのっ!?わたしとえくれあちゃんは孤児院で育ったんだよっ!?いつか家族を見つけようってっ!!その為にサンシャインに入って賞金稼ぎになって……どうしてっ!!」
「それは………!!」

エーテルの瞳から、大粒の涙が止め処なく溢れ出る。フェデルタが初めて表情を歪ませて言葉を紡ごうとしたその時、部屋の扉を叩く音が響いた。

「…あら?お取り込み中かしら…お夕食の支度ができたから呼びにきたのですが……」

扉の外からは、心配そうなシスターの声が聞こえてくる。

「…話は後です。シスターのご厚意を無駄にする訳にはいきません、行きましょう。姉さんも、涙を拭いてください。」
「…っぐ……えくれあちゃん……っ!!」

崩れ落ちて泣きじゃくるエーテルに、えくれあが手を差し伸べる。フェデルタも無言で立ち上がり、3人は重苦しさを払拭できぬまま部屋を後にした。



「ほう、それでは君達はここに来る前からの知り合いだったのだねぇ!!」
「…えぇ、そういう事になりますね。」
「じゃあ、また3人で一緒に旅ができるのですね。ふふ、これも神のお導きかもしれませんね!」
「そうですね。」

数十分後、えくれあ達3人は教会の主である神父も交えて5人でシスターの用意した夕食の席に着いていた。神父とシスターはえくれあ達が既知の仲であると知ると、3人を手放しに祝福した。

「……」
「……」
「…ごはん、美味しいね…」

悪意無く接してくれる神父とシスターに悪態を付く訳にも行かず、3人は少しでもこの場を早く逃れることができるように、黙々と食事を口に運んだ。

「すごい集中力だね…やはり旅をしていると、早く食事を摂る習性が身に付くものなのかい?」
「まぁ、そんなところですよ、神父殿。」
「ふふ、おかわりもたくさんありますからね。」
「…ありがとうシスターさん……でも、わたし今日はもうお腹いっぱいかも…」

エーテルは力なく食器をテーブルに置くと、ゆっくりと立ち上がった。続けざまに、えくれあとフェデルタも席を立った。

「…ご馳走様でした。何から何まで良くしていただいて、ありがとうございます。」
「ふふ、お粗末さまでした。今夜はゆっくり休むといいわ。」
「はい。僕達は明日の朝にはここを経つつもりですので、あと一晩お世話になります。」
「…おやすみなさい……」

シスターに一礼した3人は、暗い表情のまま部屋へと戻っていった。

「…シスターさんに悪いことしちゃったかな……」
「…仕方ありませんよ。最低限の礼は尽くしたつもりですし…」

やがて、3人は部屋にたどり着くと、吸い込まれるようにそれぞれのベッドへと倒れ込んだ。枕に顔を埋めたまま、エーテルがポツリと呟いた。

「……ねぇ、えくれあちゃん。」
「…何です、姉さん。」
「……わたし、フェーくんにも一緒に来てほしい。」
「…!!」
「ですが…!!」

えくれあは上半身だけを起こし、エーテルの方を振り向いた。

「えくれあちゃんの言いたい事は分かってる、確かにフェーくんはわたし達を騙してたかもしれない……だけど、フェーくんに助けられたことだって、今までいっぱいあったと思うんだ…」
「しかし、また裏切るかもしれません…そもそも、魔王に襲われたのならどうして生き延びてここにいるのか…どうしても私には納得できません。私達はあの男に…魔王に打ち勝たなくてはならないんです、不安要素は取り除くべきです…!!」
「……」

えくれあは険しい表情を浮かべて食い下がった。フェデルタは、そのやり取りをただ聞きながら、仰向けに天井を見つめている。

「…そうだね。えくれあちゃんの言ってること、きっと合ってるんだと思う…わたし頭悪いから、わたしの言うことよりは合ってるんだと思うよ……だけどね…っ!!」

エーテルはえくれあを見つめた。真っ直ぐに、心まで貫く矢のように、その澄んだ瞳で。そして、その視線に想いを乗せて、言葉を繋いだ。

「疑って間違えるくらいなら、わたしは信じて間違えたい…っ!!一緒に旅をした仲間を疑って、もしそれが間違ってたら…わたし、絶対後悔するから……っ!!」
「っ……!!」
「それに、魔王に負けたのに生きてるのは、わたし達だって一緒だよ…っ?フェーくんが怪しいなら、まずわたし達だって疑わなきゃっ!!」

エーテルの言葉は、えくれあの心を動かすには十分過ぎるほど、強く、純真だった。えくれあは大きく息を付くと、そのままばたりと再びベッドに倒れ込んだ。

「…私の負けです、姉さん。まさか姉さんに一本取られる日が来るとは思いませんでした。」
「それじゃあ……っ!!」
「…私は正直、まだフェデルタさんを完全に信用はできません。ですが……私は姉さんを信じます。たった1人の、『家族』…ですからね。」
「えくれあさん……」

息を呑んでえくれあを見つめるフェデルタ。えくれあは起き上がり、そんな彼の枕元に立って、深々と頭を下げた。

「…これまでの非礼、お許し下さい。そして、フェデルタさん…どうか、私達の旅に…」
「皆まで言わずとも結構です、えくれあさん。改めて、今後共よろしくお願いしますね。」
「フェーくん……ありがとうっ!!」

えくれあはほっとしたようにベッドに座り込んだ。その後ろで、エーテルは今日何度目かの涙を流していたが、こぼれ落ちる雫は今日一番に輝きながら彼女の笑顔を彩っていた。

「元々ここで出会えずとも、お2人を探してこちらから同行をお願いするつもりでしたからね。むしろ、えくれあさんの疑念をどう払拭するかが僕の悩みだったくらいですよ。」

そう言ってフェデルタがはにかむと、えくれあは気まずそうに頬を赤らめてベッドの中に潜り込んでいく。そんな妹を見たエーテルは、すっかり涙も収まり満面の笑みを浮かべていた。

「あっはははは!!えくれあちゃん照れてるーっ!!」
「て、照れてません…!!ほら姉さん、もう寝ますよ!!」
「はーいっ!!あはははははっ!!」
「それでは、お2人ともおやすみなさい。」

フェデルタは部屋の明かりを消すと、静かに身体をベッドの中に収めて目を閉じた。えくれあとエーテルも互いに目を合わせて微笑んでから、緩やかに眠りの世界に落ちていくのだった……。



翌朝、まだ日差しもままならない薄暗さの中、えくれあ達3人は教会の出入り口の前に立ち並んでいた。

「やはり、朝食くらい食べていけばどうかね?」
「ありがとうございます。ですが、一刻も早く出発したいのです。」
「えっへへ、ありがとうね神父さんっ!!」

神父はえくれあ達を引き止めようと試みたが、一行はそれを丁重に断った。

「ふふ、この教会もまた寂しくなってしまいますね。」
「お祈りに来る人、増えるといいねっ!!」

シスターは言葉とは裏腹に、えくれあ達ににこりと微笑んでみせる。

「…そうだ。君達に最後にこれだけは伝えておこう。最近噂になっている魔族の姉妹に気を付けたまえ。」

不意に神父の口から放たれた言葉に、えくれあとエーテルは思わずフェデルタの顔へ振り向いた。

「魔族の姉妹…どういうことです?」
「知らんのかね?ついこの前ヴァスクイルのアカデミーに魔族のスパイが忍び込んだという話だよ。なんでも、そのスパイは2人組の姉妹だという話らしい……まぁ、この近くにはまだ来ていないだろうが旅をするなら気を付けなさい。」
「……あ、あはははは…そだね、気を付けないと~……」

エーテルが苦笑いを浮かべる後ろで、えくれあはフェデルタにそっと耳打ちをした。

「…フェデルタさん。」
「僕ではありませんが…恐らく出処はシーケンスでしょう。えくれあさん達と直接関わった人も多いですからね。」
「…やれやれ、前途多難ですね。」

フェデルタの返答に、えくれあは小さくため息を付いてからエーテルの肩を叩いた。

「ほら、行きますよ姉さん。あまり長話をしているなら置いて行きますからね。」
「ふぇっ!?あっ、うんっ!!じゃあ神父さんとシスターさん、またねっ!!……えくれあちゃん待って、置いてかないで~っ!!!」

エーテルは慌てて神父とシスターに挨拶を済ませると、先に歩き始めたえくれあ達を追ってどたどたと走っていく。

「…どうやら、行ったようだね。」
「ええ。報告はしなくてよいのですか?」

えくれあ達を見送った笑顔のまま、神父とシスターは言葉を交わした。

「あぁ、その必要は無いだろう…どう転んでも、我々に不利益は無い…」
「ふふふ、聖職者らしからぬお言葉ですね、『神父』様。」
「君こそ、その虫も殺さぬ顔で何を考えているやら…『シスター』。」

段々と教会から離れていくえくれあ達の姿が、神父達の視界から完全に消え去った頃、空はようやく陽の光を取り戻し始めた。雲ひとつないその青空に、僅かに淀んだ風が吹き抜けるレージアス地方を、えくれあ達は再び進んでいくのだった……。