白き襲撃、紅き暴走

和風な町並みにひらりと舞う数多の花びら。その中で過ごす白ノ民の姿が散見される惑星ハルコタン・白ノ領域に、長い金髪をなびかせてスキップで往く女性が1人。

「えくれあちゃんってば、遅刻なんて珍しいな~…どうしたんだろ?」

誰ともなしに呟いた女性・エーテルは首を傾げながらも、決してスキップを乱すことなく白ノ領域の町並みを進んでいた。彼女はこの日、妹のえくれあとともに白ノ領域で観測されたダーカー駆除の任についていたのだが、どういう訳か時間に遅れた妹に先んじて、一足早く実地での調査を始めていたのだった。調査というより観光と言ったほうがしっくりくる足取りのエーテルだったが、突如その耳に何者かの叫び声が聞こえてくる。

「どうか、お助けください!」
「この声…!?大変っ、急がなきゃっ!!」

声のした方角へ必死に駆け出すエーテル。やがて、その視界には1人の白の民が玩具型ダーカー数体に囲まれている様が映る。

「待ってて白の民さんっ!導いて…イル・ゾンデ!!」

エーテルが雷属性のテクニック《イル・ゾンデ》を放つ。次の瞬間、彼女の身体は電流を纏ったまま高速でダーカーの群れへと突っ込んでいく。体当たりを受けた《パラタ・ピコーダ》達はひっくり返って箱型の外殻から中身を曝け出した。

「今がチャンスかもっ!お願い…ゾンディール!!」

エーテルの《ゾンディール》に、ひっくり返ったダーカー達がたちどころに吸い寄せられていく。それを見たエーテルは大きく息を吸い込んで短杖《ビビッド・ハート》を振りかぶる。

「そおおおおおおおれっ!!!!」

振り下ろされた一撃は、命中とともに輝かしい閃光を散らせながら《パラタ・ピコーダ》達を吹き飛ばしていく。さらにもう一度力いっぱいの打撃をおかわりした時には、ダーカー達はまるで初めからそこに居なかったかの如く綺麗に消失していた。

「ご助力、感謝いたします。」
「どういたしましてっ!無事でよかったねっ!!」

恐縮する白の民ににこにこと手を振るエーテル。屈託のない笑顔を浮かべた彼女だったが、背後から不意に聞こえた人の声に、くるりと後ろを振り向いた。

「あらぁ~、中々やるじゃなぁ~い。」
「うん、ありがと…?お姉さん、誰かな…っ?」
「ふふふ、誰かしらねぇ~?」

その声の正体は、髪の毛の先から肌まで透き通るように白いデューマンの女性だった。エーテルがきょとんとした表情でその女性を眺めていると、背後で何やら物音がする。見れば、さっきまでエーテルにへこへこしていた白の民が血相を変えて逃げ出していく最中であった。

「あれっ、白の民さんどこ行くのっ?お~いっ!!」

エーテルが慌てて白の民を呼び止める背後では、デューマンの女性が邪悪な笑みを浮かべながら腰の抜剣に手を掛け、ゆっくりとエーテルへ忍び寄っていた…。



時は少し遡り、エーテルがダーカー達を蹴散らしている頃。アークスの少女えくれあは漸く白ノ領域に着陸したキャンプシップから飛び降り、周囲を哨戒しているところだった。

「私としたことが任務の持ち物に落としがあるとは…不覚でした……。」

ダーカーの気配は無い代わりに、姉の気配も感じ取れない。全く手がかりが無いまま、えくれあは思考をフル回転させる。

「姉さん、何故私を置いて先行など…命が惜しくないのですかあの人は……。」

姉への苛立ちを何とか押さえながらも、えくれあは姉の動きを予想し、模倣する。

「多分、こう…何にも考えずに進んでいくんでしょうか…スキップとか、しながら……。」

そんな事を呟きながら、少し頬を赤らめてスキップをしてみるえくれあ。

「……時間の無駄ですね、急ぎましょう……!!」

しばらくスキップを続けていたえくれあだったが、突然我に返ったように足を止め、次の瞬間にはつむじ風のように颯爽と駆け出した。しばらく走っていると、ダーカーの残滓のような気配を僅かに察知してその速度はさらに加速する。やがて、えくれあは少し開けた場所で見慣れた白のコートと長い金髪を視界に捉えた。

「姉さん、無事でしたか……なっ!?」

ほっと安堵の溜息を付いたえくれあ。しかし、姉の後ろに見えた姿に彼女は驚愕する。女性にしては高い身長に、白く染まった髪と透き通るような白い肌、そして右手に握られ、今にも姉に振り下ろされそうな鋭い抜剣。

「(なぜあの人があんな所に…!?)姉さん!!!後ろ!!!!!」
「ん、えくれあちゃん…?ってきゃあっ!?」
「さぁ、遊びの時間よぉ~?」
「はああああああああああああああ!!!!!」

高く掲げられた抜剣が、振り下ろされる。咄嗟のことで反応できないエーテルにそれが突き刺さるまさに直前、えくれあの《ディストラクトウィング》が抜剣を捉えて弾き飛ばす。

「あなたも随分やるじゃなぁ~い。確か、えくれあ…って言ったかしらぁ~?」
「えくれあちゃん、知り合いなのっ!?」
「…ライアさん、ですね…。何故私の名を知っている…それに何故姉さんを…!!」
「お喋りなんて退屈だわぁ~、もっと…楽しいことしましょぉ~!!」
「!?」

言うや否や、えくれあにライアと呼ばれた女性は背中の《ギョクマイヅル》を構えて《ペネトレイトアロウ》を放つ。えくれあは咄嗟に愛剣《ブランノワール》を自らの前で交差させ、盾の要領でその強力な一撃を辛うじて受け止めた。

「(ダメだ…次は、防げない…!!)姉さん、逃げてください!!」
「えっ!?でもえくれあちゃんは…」
「良いから逃げて!!ここに居られては邪魔です!!」
「っ!?」

えくれあの威勢に思わず怯むエーテル。そしてその目に涙を溜めながら妹に言われるがままに逃げ出していく。

「ふふふ、背中ががら空きよぉ~!!」
「しまった…!!」

えくれあが逃げ出していくエーテルに一瞬気を取られた隙に、ライアは先程弾かれた抜剣に飛びついて回収する。そして体勢を立て直すまでもなく、流れるように《グレンテッセン》でエーテルの背中を捉えようとした。

「さぁ、食らいなさぁ~い!!」
「姉さん!!」

えくれあも必死に反応して《ディストラクトウィング》でライアとエーテルの間に割って入る。しかし、体勢を崩しながら辛うじて割り込んだ状態ではライアの強烈な一閃を防ぐことは叶わず、えくれあの身体は血飛沫を上げながら宙を舞った。

「あがっ…かはっ……」
「えくれあちゃんっ!!!!!」
「ダメじゃなぁ~い、大事な『もの』は自分で守るものよぉ~…!!」

背後で肉を裂く音を聞いたエーテルは直ぐに踵を返して妹の元へ駆け寄る。泣きじゃくりながら血に塗れたえくれあの身体を抱きしめるエーテルを、ライアは強引に引き剥がして投げ飛ばす。

「あぐっ…」
「姉…さん…ぐっ…」
「ダメよぉ~、まだ遊びは、これからなんだからぁ~…!!」
「あっ、がああああああああああ!!!!!」

投げ飛ばされた姉の元へ向かおうと痛みをこらえて地を這うえくれあ。ライアはその身体を造作もなくひっくり返し、腹部の傷口めがけて己の踵を叩き込む。傷口は荒々しく広げられ、流血は一層激しく周囲をどす黒い赤色に染めていく。

「いやぁ…お願い、やめて…!!」
「あらぁ~、何か言ったかしらぁ~?」
「えくれあちゃんを、殺さないで……」
「あはは、よく聞こえないわぁ~!!」
「ぐっ、ごふっ…」
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!」

懇願するエーテルを嘲笑うかのように、再びえくれあに踵を叩きつけるライア。白ノ領域に、少女達の絶叫と吐血音が木霊する。

「(私…死ぬのかな…こんな所で…)」

徐々に視界が薄れ、音が遠ざかっていくのを感じていくえくれあ。しかし、脳裏にはいくつものイメージが走馬灯のように浮かんでくる。

「(ふっ…あんなに鬱陶しいと思っていたのに、最期に思い浮かぶのは姉さんばかり…)」

やがてその走馬灯も徐々にぼやけ、霧散していく。

「(あぁ、こうやって人は死んでいくんだ…私も…)」

霧散したイメージが、完全に消滅しようとしたその時。

「(姉さん、も…?私がここで死んだら…ライアさんに、姉さんまで…?)」

消えかけたイメージが再構築される。その姿は、いつも隣りにいた姉の姿。そして、その奥に感じる異様な気配。

「(嫌だ…姉さんが、死ぬのは…嫌だ……)」

その気配は、やがて紅く禍々しいフォトンとなり、エーテルのイメージを、そしてえくれあの身体自体を包み込んで蝕んでいく。

「(……ない……死にたく、ない……!!)」
「えくれあ…ちゃん……?」
「…なるほど、『そういう訳』ねぇ~…!!」

エーテルは、妹の身体に起きた異変に涙で濡れた目を見開く。ライアもまた、自らの足元に突如発生した邪悪なフォトンに咄嗟に距離を取った。

「………ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ふっ、そうこなくっちゃつまらないわぁ~!!」
「えくれあちゃ…きゃあっ!!」

えくれあを包み込んだフォトンが、爆発する。エーテルはその衝撃に大きく吹き飛ばされるが、ライアはえくれあと対峙したまま不敵に微笑む。そのえくれあの眼は、いつものオッドアイではなく、美しい蒼色の左眼が右眼同様の深紅色に染まっていた。

「死ねえええええええええええええええええええ!!!!」
「あらあらいきなり物騒ねぇ~!!」

えくれあは腹部から血を噴き出させながら、異常な速さでライアに斬り掛かった。ここまではライアも予測済みと言わんばかりに、軽快なステップでいなしていく。

「斬り刻め、ケストレル…」
「ふふ、その程度予測済みよぉ~?」
「…ランページ!!!!!!」
「!?」

紅いフォトンが、命を奪う狂気と化してライアに高速で襲いかかる。えくれあの《ケストレルランページ零式》はライアの予想を超えた威力、範囲、速さで降り注ぎ、ライアの命を刈り取ろうとする。一瞬たじろいだライアだったが、次の瞬間に真剣な表情を浮かべると、素早い身のこなしでえくれあの攻撃範囲から逃れて背後に回り込もうとする。漸く全ての斬撃を放ち切ったえくれあが鬼気迫る表情でライアに叫んだ。

「逃がすかあああああああああああああああああああ!!!!!」
「別に逃げないわよぉ~。」

その表情から微笑を消したライアは、えくれあが振り向いて《ヘブンリーカイト》を放つより早く、その首筋に手刀を叩き込んで卒倒させた。

「…ふぅ~、私としたことがムキになっちゃったかしらぁ~?」
「あ、ああ……」

再び意識を失った妹を目前にし、目から生気を失ってへたり込むエーテル。ライアはその姿を横目に見ると、そのまま背中を向けて歩き去りながら呟いた。

「…安心なさい、今は殺さないわぁ~。」
「…え……」
「あなた達は大したことないけど、『中に居るソレ』は面白そうだものぉ~?だから今は生かしてあげるわぁ~。」
「あ…えと……」
「その代わり、強くなるのよぉ~。そこの倒れてる妹と、それからあなたもねぇ~?」
「わたし…も……?」
「…それと、傷は塞がってるみたいだけど出血しすぎだから、早く連れてかないとその子死ぬわよぉ~?」
「……!?」

そう言い残してすたすたとその場を去っていくライア。エーテルは圧倒的な力を見せつけた白いデューマンに意識を持っていかれそうになりながら、決して高いとは言えない身体能力をフル回転させて妹の身体を抱きかかえ、キャンプシップへと歩いていく。その道中、自らもダメージと疲労で朦朧とする意識の中、エーテルはライアの言ったことを頭の中で反芻していた。

「(あの人…なんでえくれあちゃんを襲ったんだろ…わたしにも強くなれって…無理だよ…そんなの……)」

ふらつく視界の中で、エーテルはやっとの思いでキャンプシップに乗り込み、えくれあを床に寝かせて自らもその傍に横たわった。

「(中に居るソレ、って…何のことだろ…えくれあちゃんの紅い眼とフォトンと…関係……あるの…か…な…)」

エーテルの思考は、そこで途切れた。彼女の眼はゆっくりと閉じていき、やがて深い眠りに堕ちていく。えくれあを襲った謎のデューマンの女性ライア。そしてえくれあを暴走させた謎の紅いフォトン、それと同時に紅く変化したえくれあの右眼。アークスの姉妹を、やがて大きな波乱へと巻き込む2つの謎を残したまま、キャンプシップはアークスシップ『フェオ』へ向けて、飛び立っていったのだった……。