闇を統べる魔将

辺り一面に広がる、闇。その中に放り込まれた2人の姉妹がゆっくりと目を覚ます。

「うっ…ここ、は……?」
「うぅ…あれ…わたしたち、ええっと……」

僅かに先に身体を起こしたえくれあが、姉のエーテルの手を掴む。妹の手に支えられて、エーテルの細い身体もようやく起き上がった。

「ここはどこ…っ?確かわたしたち、フェルラドの街に居て……」
「魔物を生み出すあの裂け目に飲み込まれて…ここは、その中なのでしょうか……?」
「う~ん、真っ暗で何も見えないねぇ~…お~い誰かぁ~っ!!」
「…!?しっ、誰か来ます……!!」

不安のあまり叫び始めたエーテルの口をとっさに塞ぐえくれあ。叫び声の隙間から聞こえた足音が近づいてくる事を確信し、えくれあは背中の《ミスリルブレード》を掴んだ。足音はえくれあ達の間近で止まり、次の瞬間その方向から突然光が放たれた。

「くっ……!!」
「きゃあっ!!」
「あ、すみません。驚かせるつもりは無かったのですが…。」
「その声…!!」
「フェーくんっ!!!」

光はえくれあ達の足元へと落とされ、光の先にはフェデルタの青白い表情が浮かび上がった。エーテルは叫びながらすかさずフェデルタに飛び付いていく。

「この暗闇では身動きが取れないだろうと思い、たまたま光源を持っていた僕が周囲を探ろうと考えたのですが…お2人が目覚めるのを待って説明すべきでしたね。」
「いえ、お気になさらず…それで、何か分かりましたか?」
「……この先に、城のようなものを発見しました。」
「お城?こんな暗いところにっ?」

エーテルの問いに、フェデルタは無言で頷く。

「…まぁ、どう見てもここがフェルラドには見えませんし…フェデルタさんの話も踏まえて推測すると、私達は敵の本拠地にでも招かれた…と言ったところでしょうか。」
「敵って……?」
「それは私にもわかりません。魔族なのか、または別の何かが居るのか…いずれにせよ、ここから出る道を探すのなら分かりやすい道標を逃す手はありませんね。」
「道標……城に、乗り込むのですね。」
「えぇ、ご一緒していただけますね?」

えくれあの問いにも、フェデルタは力強く頷いた。意を決した3人はフェデルタを先頭に暗闇を歩き、数分としない内に禍々しい装飾に包まれた城にたどり着いた。

「これは……」
「何だか怖いねぇ……」
「…僕が先行します。お二人とも、奇襲には十分お気を付けて。」

フェデルタの言葉に息を呑んだ2人は、後に続いてゆっくりと歩を進めていく。フェデルタが城の扉をゆっくりと開くと、そこには赤黒い絨毯が敷かれた広間が広がっていた。

「誰も…いないのでしょうか……。」
「う~ん…あっそうだ、お~…」
「流石に叫ぶのはやめてくださいね……っ!?」

不用意に叫ぼうとしたエーテルを止めようとしたその時、フェデルタは何かに気付いて咄嗟に後ずさる。その瞬間、フェデルタが足を踏み出そうとした床には、鋭利な何かで抉られたような傷跡が生まれていた。



「これは…!?」
「(この傷は…まさか…)」
「ねぇ見て、誰か居るよっ!?」

薄暗い広間で奇襲を受けたえくれあ達が周囲を見回す中、エーテルが一早く人影を見つけて叫ぶ。彼女が指差した奥の大階段の上には、長い銀髪を靡かせた長身の男が立っていた。

「我が主の城、エルディーンにようこそ…この裏切り者が。」
「エルディーン…それが、この城の名前……。」
「でも、裏切り者ってどういうことっ?」
「………やはり、貴方ですか。」

そう言うと、フェデルタは《メタルハンドガン》を両手に握りながら、ゆっくりと男の方へ近付いていく。

「…お知り合い、ですか。」
「知り合い、か。甚だ不名誉な話だ…。我が名はエキュウ、魔族の戦を司る将軍の任を授かりし者だ。」
「魔族の…将軍さん…!!」

エキュウと名乗った男は、一歩、ただ一歩だけフェデルタ達に歩み寄った。その瞬間、フェデルタが普段の様子からは想像もできない激しい口調で叫んだ。

「呆けてはいけない!!!この男は……今の貴女達が敵う相手じゃない……!!」
「ふぇ、フェーくん…っ!?」
「……くっ。」

呆然とするエーテルの横で、えくれあが左手を《デモンズエッジ》に掛けたまま唇を噛んだ。

「……この男は僕が相手をします。えくれあさん達は、その隙に最上階の玉座を目指してください。」
「玉座に…?」
「先に進むなんて無茶だよっ!!一緒に逃げようっ!?」

フェデルタの発言を予想だにしないえくれあは困惑の表情を浮かべ、エーテルも悲痛な叫びを上げる。

「…小娘達の方が賢いようだぞ、裏切り者め。どうした、尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだが……。」
「…いえ、押し通ります……例え無理でも、通さねばならぬ道理が、僕にはあるのです……!!」
「できると思うか、小僧……。」

エキュウはまた一歩、フェデルタへ歩み寄った。その瞬間、フェデルタが雄叫びを上げながらエキュウに飛び掛かり、がむしゃらに銃弾を浴びせかける。

「今です、走って!!」
「っ……姉さん、行きますよ!!」
「ええっ!?」

えくれあは姉の了解を得るより早く、その手を取って駆け出した。

「(出し惜しみできる状況では……)ちっ、猛き戦士の本能よ…目覚めよ、アグレス!!」
「うわわっ!!」
「小賢しい……。」
「させるものか……!!」

えくれあは強化魔法《アグレス》を自身に放ち、ありったけの力を足に込めて階段を駆け上がる。エキュウがすかさずえくれあに目を向け、その足を止めようと背中の武器に手を掛けるが、フェデルタが再び銃弾の雨を浴びせ掛け、エキュウを階段上の奥の方へと押しやった。

「…ほう。」
「フェーくんっ!!フェーくんっ!!」
「振り向かないで走ってください!!」

涙声で叫ぶエーテルと、窘めながら手を引くえくれあの声が徐々に遠くなり、やがて広間の2階にはフェデルタとエキュウだけが取り残された。

「はぁ…くっ……」
「お前は狡猾さが自慢だと思っていたが…よもやここまで愚かとは思わなかったぞ…。」
「…昔の僕とは、違います。」
「まぁいい、少しは遊んでやろう。この私を失望させない事だな…。」

次の瞬間、床を砕く爆音とすさまじい土煙が辺りに広がった。



「けほっ…くっ、かわした上でこの衝撃、ですか…。」
「かわした…?いや、違うな小僧。今のは私が『避けてやった』に過ぎん。」

衝撃で階段下まで吹き飛ばされたフェデルタに、エキュウはやはりゆっくりと歩み寄る。その手には柄の両端に刃が備えられた長物が握られていた。

「貴方の両刃剣…相変わらずの威力ですね…。」
「小僧如きが私を語るな……我がカオスエッジの錆となれ、裏切り者が。」

エキュウはその武器《カオスエッジ》を再び振り上げる。フェデルタは咄嗟に片方の愛銃から《ディフューズショット》を放ち、その場を転がるように離脱した。放たれた銃弾は拡散し、それに阻まれた《カオスエッジ》は僅かにフェデルタを捉えそこねて再び床を砕いた。

「苦しいな、小僧…いつまで保つか見物だが。」
「(くっ…僕ではやはり太刀打ちできないのか……!!)」

既に息が上がっているフェデルタに対し、エキュウは顔色一つ変えずにフェデルタを見下ろしている。

「…殺す前に一つだけ聞かせてもらおう。」
「…貴方が僕に聞くことなどがあるのですか、珍しいこともあったものです。」

フェデルタは必死に余裕を取り繕おうとして笑みを浮かべる。

「黙れ。貴様、我が主に取り入って腰巾着になったはずが、何故あの日裏切ったのだ。まさか、人間共の世界に堕ちるとは……」
「…なるほど。」
「小僧、何がおかしい……。」

エキュウの問いかけに、フェデルタは今度は素直な笑みを浮かべていた。

「貴方は何も聞かされていないのですね。魔族に並ぶものは無しとさえ言われた稀代の魔将エキュウともあろう人が……道理で僕を目の敵にするわけです、確かにそれならば僕は『裏切り者』に見えるのでしょうね…くくく…。」
「貴様、何を知っている……!」

エキュウの眉が僅かに動く。フェデルタは両手の愛銃を真っ直ぐに向け、言い放った。

「今、貴方が知らないのであれば、それは貴方にとって知る必要の無いこと……どうやら、僕はここまで仕事を正しくやり遂げられているようだ…。」
「何の話だ、貴様が逃したあの小娘共と何か関係があるのか…!!」

フェデルタは、ついに耐えられないと言った様子で笑い声を上げた。

「くくく、はははははッ!!そこまでにした方が懸命ですよ、エキュウ将軍!!無力は罪だが、無知もまた罪…己の愚かさを露呈しきる前に、道をお空けなさい…!!」
「口を慎め小僧…!!裏切り者に死をもたらすのが、我が主からの勅命…!!」
「ならば、押し通るまで……!!」

狂気に満ちた表情で、フェデルタがエキュウへ向かって駆け出す。フェデルタの挑発によって怒りを滲ませたエキュウもまた、ゆっくりとフェデルタへ走り寄っていく。そして2人が交錯した刹那、肉を裂く不快な音が響き渡り、床には激しい鮮血が飛び散った。

「かはっ………くっ、くく……」
「己の肉体を貫かれ、気でも狂ったか小僧……」
「…狂ったのは貴方の方だ、エキュウ将軍……!!」
「何だと…………!?」

エキュウはフェデルタの言葉を一蹴しようとしたが、違和感に気付いて口をつぐむ。見ると、フェデルタの右手は《メタルハンドガン》を捨て、エキュウの《カオスエッジ》をしかと握りしめていたのだ。

「む…抜けん、だと……バカな、貴様のどこに……!?」
「…僕は魔法の素質はそう持ち合わせていませんでしたが、この程度の魔法ならば……!!」
「…そうか、貴様アグレスを……」

エキュウの言葉を肯定する代わりに、フェデルタは左手に握ったもう一丁の《メタルハンドガン》をエキュウの胸元に突き付けた。

「…かようなくだらん人間の玩具で私を殺せると……?」
「無理、でしょうね…しかし、今は足止めさえできればそれで構いません……!!」
「……殊勝だな。まこと、かつての貴様からは想像も付かん行動だ。」
「そう、でしょうか…僕の行動理念は、今も昔もただ一つ……!!」
「何だと……。」

何かを思案する様子のエキュウに、フェデルタは再び銃口を強く押し付ける。

「…さて、猿芝居もここまでにさせてもらいましょう。燃え上がる炎よ、全てを焼き焦がす炎弾となれ…フレイムバレット!!」
「ぐおお………!!」

フェデルタが放った《フレイムバレット》は、瞬く間にエキュウの身体を穿ち、大きく燃え上がらせた。フェデルタは無言詠唱した《アグレス》によって強化された身体に精一杯の力を込めて、エキュウの身体を突き飛ばした。

「おのれ…やってくれるな小僧……だが貴様も……。」
「えぇ、僕も流石にこれ以上は動けません…だから、此処から先は運試しです、貴方と僕、どちらが先に回復するか……勝負、です………」

ついに強化魔法も切れてその場に倒れ伏すフェデルタ。その姿を見て、エキュウも静かに目を閉じる。

「もしも小僧の言うことが全て真実ならば、先程の小娘達は……ふっ、私もまだまだ未熟というわけか……まぁいい、貴様達の行方、しばし見守らせてもらおう……。」

それだけ吐き捨て、エキュウも燃え尽き焦げ付いた身体を床に投げ出した。こうして、えくれあとエーテルを巡る戦いは両者相打ちとなり、2人が広場に倒れ伏している間にも、姉妹は玉座を目指して走り続けていた。しかし、彼女たちはまだ知らなかった。走り行くその先に、2人が未だ知らぬ真実が待ち受けていることを………。