紅き双刃、再び

春の陽気も段々と厳しい夏の暑さへと変わり始めた頃。アークスシップ『フェオ』から飛び出した1隻のキャンプシップに、2人のアークスが乗り込んでいた。

「久々の2人でのお仕事だねぇーっ!!」
「…そうですけど、それがどうかしたのですか?」
「ぶーぶー、相変わらずえくれあちゃんはつれないんだからっ!!」

口を尖らせて文句を言うエーテルの隣で、えくれあはそれには目もくれずに武器に手入れを施していく。

「…で、今日はどこでのお仕事だっけ?」
「リリーパの砂漠で異常発生したダーカーの殲滅ですよ…。」
「おーそうだったそうだったっ!!」
「はぁ…。」

呆れたように溜息を付くえくれあをよそに、エーテルは呑気に鼻歌を口ずさみながら目的地への到着を待っていた。それからしばらく会話の無かった2人だが、小さな振動の後にエンジン音が停止したことを確認すると、えくれあが静かに立ち上がった。

「…さぁ、任務開始の時間です。」
「だねっ、がんばろーっ!!」



2人がシップを出て惑星リリーパの砂漠地域に降り立つと、そこにはうだるような熱気と視界を奪う激しい砂嵐が渦巻いていた。

「随分と悪天候ですね。」
「ダーカー、見付かるかなぁ?」

2人がそんな事を呟いていると、砂嵐の向こうから赤い点が2つ…どころではなく、えくれあ達を取り囲むように無数に現れた。

「…探すまでもありませんね。」
「囲まれちゃったけど、どうしよっか?」

エーテルが呑気に首を傾げていると、その横を黒い影が通り過ぎ、エーテルの頬に赤い一筋が浮かび上がった。

「ひゃっ!?」
「油断しないでください……!!」

えくれあは黒い影が過ぎ去って行った方へ大まかな狙いを付け、《ディストラクトウィング》で突っ込んでいく。間もなく、剣で空を切る音と共に、ドサリと何かが地面に崩れ落ちる音が聞こえてきた。

「えくれあちゃんっ!?」
「こっちは仕留めました。囲まれているのですから油断はしないでください。」
「うんっ、わかったっ!」
「本当に分かっているんでしょうか…。」

えくれあはぼそりと呟きながらも、エーテルと背中合わせに愛剣《ブランノワール》を構える。エーテルも右手に《ビビッド・ハート》を握り締めて腰を低く落とした。砂嵐の向こうから、大量のダーカー達が一斉にえくれあ達に襲いかかる。

「斬り刻め、ディスパースシュライク…!!」
「導いて、ゾンディールっ!!」

えくれあは得意の《ディスパースシュライク》でダーカー達をまとめて切り刻んでいく。エーテルも《ゾンディール》に吸い寄せられたダーカー達を愛杖で力いっぱいに殴り飛ばしていった。

「そぉ…れっ!!」
「……ふう、大体片付いたでしょうか。」

大体のダーカー達を仕留めると、残党達は踵を返して逃げ出していった。えくれあとエーテルはほっと一息付いて武器を収める。

「でも、ここのダーカーやっぱりおかしいねっ?」
「…姉さんも流石に気付いていましたか。」
「うんっ、だってみんな侵食核大きかったもんっ!!」

エーテルは自慢げに胸を張って答えた。えくれあは無表情のまま、深く何かを考え込んでいる。

「……。」
「えくれあちゃんどしたのっ?」
「……いえ、何でもありません。とりあえず先に進みましょう。」
「うんっ!」



その後も順調にダーカー達を倒し続けた2人は、いよいよ砂漠の最奥地まで辿り着いた。

「さて…この辺りで一通りの反応地域は押さえた事になるはずですが…。」
「何もいないねぇ?」

両手を振りながらぴょんぴょんと広場の様に開けた地面をうろつくエーテル。えくれあもしばらく周囲を哨戒したが、結局何も見つけられずに帰投を考え始めたまさにその時。

「うわぁっ!?」
「姉さん!?」

エーテルの悲鳴に慌てて振り向けば、そこには地面から突き出て蠢く触手と、その出現に驚いて腰を抜かすエーテルの姿が映った。

「グワナーダ…!?姉さん、その触手を壊してください!」
「ふぇっ!?」
「いいから早くっ!!」
「う、うんっ!!」

エーテルは慌てて起き上がり、目の前の触手を叩き始める。えくれあも近くに出現した別の触手に向かって全力で斬り付ける。

「(次の触手はどこに……!!)」

えくれあが必死に辺りを見回して触手を探すが、どこにも見付からない。すると、エーテルが何故か血相を変えてこちらへ走ってくる。

「姉さん!早く触手を…」
「……て!!」
「え…今、何と……!?」

えくれあが聞き返そうとした時、自分が何かの影に覆われている事に気付いた。右方を見ると、そこには邪悪な大鋏がギロチンの様に大きく開いてえくれあを見下ろしていた。

「なっ……!!」
「逃げてっ!!」

思わぬ奇襲に一瞬反応が遅れるえくれあ。大鋏は既にえくれあを挟み込もうとしている。エーテルは走りながら右手を突き出し何かを詠唱している…そして。

グシャ。

「っぐ……。」

身体に大きな衝撃と痺れを受けて後方へ吹き飛ぶえくれあ。一度は死を連想したものの、目を開いてみればその四肢は今もなお健全に繋がっている。しかし、直後にドサッという何かが崩れ落ちる音がして、そちらを振り向いた彼女は信じられない物を目の当たりにする。

「え…姉、さん……?」

それは、到底理解できない光景。決して認識したくない光景。彼女が見たものは、大鋏から滴り落ちる夥しい量の鮮血と、地面に崩れ落ちた真っ赤な女性の身体。

「嘘…だ……。」

えくれあは首を必死に横に振りながら右手を伸ばす。そして大顎の主《グワナーダ》と目が合ったその瞬間、彼女の思考は途切れた。

「あああ……うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


えくれあの身体からは想像を絶するほどのフォトンが溢れる様に吹き出す。そのフォトンはそこら中に飛び散った血液の様に紅く、彼女の蒼い左眼も、フォトンや右眼同様に紅く染まっていた。

「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

えくれあは鬼気迫る勢いで《グワナーダ》に襲い掛かる。姉を襲った大鋏は、今度はえくれあを潰そうと大きく開いて待ち構える。

「そんなものでええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

えくれあは自分を真っ二つにしようと迫り来る大鋏に《ジャスティスクロウ》を放つ。紅い六芒星と衝突した大鋏は見るも無残に弾け飛び、《グワナーダ》は大鋏を砕かれた衝撃で腹部のコアを露出して大きく仰け反った。

「はあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

えくれあは紅いフォトンを自らの双刃に纏わせ、目にも留まらぬ速さで振るっていく。放たれた《ケストレルランページ零式》は見事に全段命中し、《グワナーダ》を瞬く間に粉々に砕け散らせた。

「あっ…がっ……」

莫大な量のフォトンを一気に放出した反動で全身に負荷がかかったえくれあは、そのまま前のめりに倒れ込んだ。息も絶え絶えながら、彼女は必死に地を這って手を伸ばす。

「姉、さん……姉…さん……。」
「……けほっ、ごほっ」
「…姉さん……!!」

えくれあは何とかエーテルの元へ辿り着くと、必死に身体を起こして姉の身体を抱きかかえる。

「姉さん…どうして……。」
「…えっへへ、けほっ…だって、あのままじゃえくれあちゃん、痛い思いしちゃうから…お姉ちゃんの、わたしが…かはっ、助けて、あげ…ないと……」

エーテルはそのまま再び意識を失い、長い金髪がだらりと垂れ下がる。

「姉さん、あなたはバカだ…どうして、私なんかの為に……」

えくれあはエーテルを抱きかかえたまま起き上がろうとするが、小柄な上に力も使い切った彼女にそんな余力があるはずもなく、その場に力なく倒れ込む。

「姉……さん………。」



えくれあが意識を失ってから数分程だろうか。2人が倒れている場所に、人影が1つ。

「…探しましたよ、お二人共……。」

その場に現れたのは、少年。蒼い髪とパーツ、サングラスに覆われて表情は分からないが、年の頃はえくれあとそう大差ないであろうその少年は、2人を両脇に抱えると、無言でその場を歩き去る。少年は敵か、或いは味方か。答えは、少年の行き着く先にある。