魔王、邂逅

突如として現れた魔城『エルディーン』。その廊下を全力で疾走する、2人の姉妹。

「はぁ…はぁ…姉さん、大丈夫ですか?」
「うん、はぁ……大丈夫……それより、フェーくん…大丈夫かなっ?」

エーテルは息を切らしながら、自分が走ってきた廊下を振り返った。

「…あの人の事です、どうせ上手く立ち回っているでしょう……それより、問題は私達です。」
「えっ?」

きょとんとする姉に一抹の不安を覚えながら、えくれあは続ける。

「フェデルタさんが、何故私達を先へと進ませたのか……おかしいとは思いませんか?あのエキュウとかいう魔族と鉢合わせたのはまだ城の入口です、逃げようと思えば逃げられたはずなのに…」
「んー、外に逃げても暗闇ばっかりだから、エールアデに帰る方法を探そうとしたんじゃないかなっ?」
「それも考えましたが……明らかに敵の拠点であろう場所に別行動をしてまで入り込む必要があるのでしょうか…。」

結局、その後2人は口を開くこと無くしばらく走り続けた。迷路のような廊下を抜けた先に、えくれあ達はようやくさらに上の階へと繋がる階段を見出した。

「えくれあちゃん……」

不安そうに見つめてくるエーテルの視線を感じながら、えくれあはゆっくりと足を一歩踏み出した。

「…行きましょう、どの道今更引き返すこともできません。」
「うん…分かった、えくれあちゃんのこと信じるよっ!!」

そして、ぴったりと寄り添いながら、2人は階段を一歩ずつ登っていった。



階段を上がると、そこには玉座が2つ並んだ部屋が広がっていた。

「ここは……」
「王様のお部屋って感じだねぇ…2つ椅子があるから、お妃様もいるのかな?」

2人は辺りを見回しながらゆっくりと進んだ。暗い色合いながらも荘厳な装飾が施されたその部屋は、まさしく王の間という様子の一室だった。

「誰もいないのかなっ?」
「……いや、待ってください。」

何かに気付いたえくれあが足を止めた。薄暗い部屋の、玉座よりも奥の方に、何者かが立っている。

「……よく来たな、我が城に。」
「我が城…ということは、貴方が……!?」
「如何にも…私が、この城の主だ。」

そう告げながら、2mはあろうかという大男が奥の暗がりから現れた。短い白髪に皺が刻み込まれた表情、一見どこにでも居そうな風貌であったが。

「(この男…全く力量が掴めない…!?それに、この姿はどこかで……)」

えくれあが未知の恐怖と謎の既視感に襲われる中、エーテルが口を開く。

「この城の主ってことは、あなたが魔王…なのかな?」
「ほう…なぜそう思う?」
「だって、エールアデに出てきた裂け目…魔物がいーっぱい出てきたあそこに飛び込んだらこの城があったから…もしかしたらそうかなって…」

自信なさげなエーテルの答えに、その男はニヤリと笑みを浮かべた。

「もしそうであるならば…当然、覚悟はできているであろうな…?」
「っ…!?」

男の言葉にえくれあが身構える。

「この私と相対するに値する存在か…見せてもらおう……来たまえ。」

男が身構えた瞬間、その全身からおぞましい量の魔力が放たれ、2人を威圧する。

「くっ……!!」

最初に動いたのは、えくれあだった。背中の《ミスリルブレード》を引き抜き、《ソニックインサイト》で男に肉薄する。

「遅いな…話にならん。」
「かはっ……」
「えくれあちゃんっ!!」

えくれあの刃は男に触れることすらできず、魔力の圧に弾き飛ばされた。男は吹き飛んだえくれあに向かってゆっくりと歩み寄っていく。

「やめてっ!!」

エーテルは反射的に《パーシストアロー》を男に放つ。しかしそれも男には届くこと無く、瞬く間に反射されエーテルの足元に弾き返された。

「うぅ……」
「姉さん…!!」
「人の心配などしている場合かな…?」
「うぐっ…」

男はえくれあの首元を掴んで締め上げると、そのまま高々と持ち上げた。

「弱い…弱すぎるぞ……!!」
「ぐはっ、うぁ……」

ゴミでも放るかのように投げ飛ばされたえくれあの身体は、地面に叩き付けられて大きく跳ね上がった。

「…実に愚かしい。そのような醜態を、私に晒すというのか…この大魔王、エルディア・エルドラドに!!!」

その瞬間、えくれあとエーテルは痛みも忘れて硬直した。

「えっ……?」
「貴様……今、なんと……!?」

エルディアはその紅い瞳を冷酷に光らせて2人を見下ろした。

「聞こえなかったか…我が名はエルディア・エルドラド…この世の遍く魔族を統べる魔族の王だ……」
「エルドラドって……わたし達と同じ……?」
「まさか…偶然です…そんな事が、ある訳が……」

目を見開いて動揺するえくれあとエーテル。そんな2人に追い打ちを掛けるようにエルディアは言葉を続ける。

「何故驚く…?お前達のその瞳の色は魔族の王族、その直系にのみ伝わるもの……それだけではない、お前達は己に人ならざる力を感じたことがあるはずだ………」
「それって……!?」

エーテルはえくれあに目を向ける。えくれあは言葉を失って自分の両手を見つめ、茫然としていた。

「私が……?」
「さぁどうする?そのまま無様に死に行くかね…?」
「待ってっ!?あなたの話が本当なら、あなたはわたし達の…お父さん……?ねぇ、どうしてこんなことするのっ!?」

エーテルの悲痛な叫びにも、エルディアは表情一つ変えはしない。

「…我が魔族の王たる血に、弱い者は必要ない……それだけの事だ。」
「そんな………っ!!」

それだけ言い捨てて、エルディアは再びえくれあに向き直った。

「さて…まだあがくかね?」
「私は…死ぬ……?こんなところで……?」
「…ふん、もはや心ここに在らず、か。」

エルディアが諦観の表情で右手を振り上げる。その右手に悍ましい魔力が纏い、えくれあに振り下ろされる、まさにその瞬間だった。

「……嫌だ…!!」
「ほう…?」

えくれあの右手が力強く閃いた。その手に握られた《デモンズエッジ》が、エルディアの右手を大きく弾き返す。

「私は、小さい頃からずっと姉さんと2人で生きてきました…いつか2人で賞金稼ぎとして名を挙げて、どこかにいるはずの家族を探す為に…今日まで、ずっと2人でやってきたんです。」
「えくれあちゃん……」
「それがいきなり父親を名乗る男が現れて、しかもそれが魔族の王だなんて……訳が分かりません……まだ知らないこと、分からない事、たくさんあるのに………」

えくれあは左手にも《ミスリルブレード》を握り直し、立ち上がる。

「こんなところで、死ぬ訳には……行きません!!」

えくれあの叫びと呼応するように、デモンズエッジから膨大な魔力が溢れ出す。その魔力がえくれあを包み込むと、彼女の左眼が右眼と同じ真紅に染まった。

「なるほど……さて、どこまでできたものか…」
「えくれあちゃん……っ!?」
「…姉さんは、そこで見ててください。絶対に、私が守ってみせます……!!」

次の瞬間、えくれあの姿が消えた。その姿は瞬時にエルディアの背後に現れ、2本の剣が魔王を襲う。

「ツインロザリオ……!!」
「少しは速くなった…が、まだ遅い。」
「くっ…!?」

エルディアはえくれあの初撃を魔力の圧で弾き返し、振り向きざまに2撃目を左手で弾いた。

「流石は魔王…小手先は通じませんか……!!」
「ふん…見くびってもらっては困るな。」
「ならば……!!」

えくれあは、今度は真正面からエルディアに剣を振るう。《クイックロンド》の7連撃が矢継ぎ早にエルディアを的確に狙うが、その全てが嘲笑うかのようにいなされていく。

「あの速さでも……!?」
「あの速さ?いや、まだだ。まだ遅い…!!」

エルディアが反撃に動く。えくれあが反応しようとした時には、既にエルディアはえくれあの眼前に迫り、右手が繰り出されていた。何の仕掛けもない、純粋な掌底に為す術もなく、えくれあの小さな身体がゴムボールのように跳ね飛んでいく。

「うぐぁ……」
「ここまで、か……」
「まだです……!!」

えくれあは掌底を受けた腹部を押さえながら立ち上がり、両手の剣に魔力を込める。

「燃え上がる闘志よ、閃く刹那の双刃よ…」
「…ふん、見せてもらうとしよう……!!」

エルディアはえくれあの詠唱を止めることはせず、右手に魔力を込めて待ち受ける。

「焼き払え……フレイムエッジ!!」

炎を纏った双剣を両手に、えくれあは真っ直ぐエルディアに突進していく。振り下ろされた2本の炎剣を、エルディアは右手で受け止めた。

「ほう、面白い……が、所詮は戯れだな。」
「ぐあぁっ!?」

エルディアは右手で《フレイムエッジ》を抑え込むと、そのまま握り締めて剣ごとえくれあを放り投げた。

「最後は少しは期待したのだが……所詮『人の血』ではこの程度か。」
「何……!?」
「さて、終わりにしよう……」
「やめてええええええええええええっ!!!」

地に這って悶え苦しむえくれあに、エルディアがじりじりと詰め寄っていく。そこへ、エーテルが渾身の力で《パーシストアロー》を放った。しかし、魔力の光を纏って突き進む一射は、虫でも払うかのようにエルディアにはたき落とされた。

「…この期に及んで片鱗すら見せられぬ、か……哀れだな。」

エルディアは苦い表情を浮かべ、今度は足を止めてエーテルへと向き直った。

「矢という媒体を通して尚、その質ではな…魔力の照射とは、こうやるのだ……!!」

エルディアの右手から、黒い魔力の閃光が迸る。エーテルは避ける間も無く直撃を受け、声も上げずにその場に倒れ伏した。

「あ……ああ………」
「……どうした、次はお前の番………ん?」
「よくも、姉さんを………」

えくれあはふらふらと立ち上がり、そのまま覚束ない足取りでエルディアの方へと歩いていく。

「これは……なるほど………」

エルディアは何かに察した様子で、えくれあを待ち受けた。ふらふらと歩くえくれあの身体を纏っていた魔力は、徐々に両手に握られた剣に集中していく。

「よくも姉さんを……許さない……絶対に、許さない………!!」

えくれあは、少し離れた位置から右手の剣を奮った。到底とどくはずのない距離だったが、振るわれた剣からは魔力の刃が飛び出してエルディアを襲う。エルディアはまたも右手を構えて防ごうとするが、魔力の圧すら切り裂いた刃は、エルディアの右手から鮮血を吹き出させた。

「面白い……『その剣』、どこで見知った…?」
「知った事か……そんな事はどうだっていい………」

虚ろな目をしたえくれあが握っていた《デモンズエッジ》と《ミスリルブレード》は、黒と赤の細い刀身の剣と、白く輝く刃に黄金の装飾が施された剣に姿を変えていた。魔力のせいか、輪郭がわずかにぼやけたその2本の剣を、えくれあはエルディアに向けて振るっていく。

「むっ……」
「姉さんと同じ目に…貴様も合わせてやる……!!」

次々と放たれる魔力の刃に、エルディアは先程までより強靭な魔力の圧で応戦する。しかし、えくれあの放つ斬撃に徐々に圧倒され、エルディアはついにその膝を付いた。

「…くくく、これは想定外だったぞ。そうか、お前は既に目覚めつつあるのだな……」
「うるさい…耳障りな声を出すな……!!」

えくれあは紅い虚無の眼でエルディアを睨み付ける。

「まだ制御には至っていないようだが……これならば生かしておく価値もあろう……!!」
「うるさい…黙れ……!!」
「そういきり立つな…安心しろ、お前の姉は死んではおらん。」
「…!?」

その言葉を聞いた瞬間、えくれあの眼に光が戻る。と同時に剣の輪郭がさらに歪んでぼやけていった。エルディアはそれを見逃さず、えくれあの背後に回り、その後頭部に拳を叩き付けた。

「がっ………」
「お前が全てを知りたければ…強くなれ。そして、私を追い、再び私の前に姿を現すがいい……私に力を示すことができた暁には、お前にすべてを教えてやろう……」
「待……て………」

エルディアはそう言い残し、再び闇の奥へと消えていく。えくれあは地を這いずりながら必死に追い縋ろうとするが、やがて力尽きて再び倒れ伏した。

「姉さん……姉…さ、ん………」

薄れゆく意識の中でエーテルを呼び続けるえくれあ。しかし、伸ばした手は届くこと無く、そこで意識は完全に途切れた。



城の入口に広がる大広間。エルディアはそこを音も立てずに歩いていく。

「…随分と派手にやったものだな。」
「……陛下。」
「エキュウと互角に渡り合ったか。長い任務の中で随分と成長したものだ。」
「…まだ、陛下の期待に添える次元ではありません。」
「そう、か……。」

意識が戻ったフェデルタといくつかの言葉を交わしたエルディアは城門の方へと向かっていった。

「…娘達は、もうしばらく人間の元へと送り返すつもりだ。」
「……かしこまりました。」
「お前もよくやってくれたな、今後は別の任を……」
「お言葉ですが、陛下。」

フェデルタはしっかりと立ち上がり、エルディアに敬礼した。

「…もうしばらく、今の任務を続けさせてはいただけないでしょうか。」
「何?」

エルディアの眉が僅かに動き、フェデルタを振り返った。

「お二人を……お嬢様達を、もう少し見守りたいのです。お二人が陛下の望む力を身に付ける…その時まで。」
「……しかし、娘達はもはやお前を疑っておろう。お前は、あまりに『誘導』し過ぎた……。」
「はい、ですから……。」

フェデルタは腰の《メタルハンドガン》を抜き、真っ直ぐにエルディアへ向けた。

「……何故、そこまで拘る?」
「…分かりません。ですが……」

フェデルタは、晴れやかに笑って答える。

「お二人との旅は、僕の人生で一番充実した時間だったように感じます。あれが……楽しい、ということなのでしょうか…。」
「……お前に任せよう。」

エルディアは右手をかざして念じ始める。やがて、その右手に禍々しい気配を漂わせた刀が出現した。

「妖刀ムラサメ……まさか、この目で拝める日が来るとは思いませんでした。」
「お前の覚悟に敬意を表するものだ……逝け、『裏切り者』よ。」

エルディアは、真っ直ぐに《妖刀ムラサメ》を振り抜いた。音も無く、フェデルタの身体は縦に斬り裂かれ、傷口からは鮮血が止め処なく溢れ出した。フェデルタが地面に倒れた時、その音で同じく広間で倒れていたエキュウもようやく目覚めた。

「む……これは……。」
「エキュウよ、お前もしてやられたものだな。」
「陛下……!!」

エキュウはエルディアの姿を認めると、慌てた様子で頭を垂れる。

「裏切り者の小僧は、私が始末した。」
「陛下のお手を煩わせてしまうとは……して、連れの娘達はもしや……?」
「…取るに足らん人間の小娘達だ。裏切り者の小僧に何を吹き込まれたのか知らんが、お前が気に留めるようなものではない。」
「では、処分を……」
「その必要はない。」

エキュウの言葉を、エルディアが威圧感のある一言で制する。

「お前にはすぐに別の仕事をしてもらう…人間の小娘に構っている暇など無い。我々には…時間が無いのだ。」
「…承知。」
「この裏切り者は仮にも私の顔に泥を塗ったのだ。この手で処分をせねば気が済まん……小娘共も同じだ、人間の分際で我が玉座の間に立ち入ったのだ……。」
「…確かに仰る通り。して、次の目標は……?」
「……サンシャイン。」
「承知。」

エキュウはエルディアに敬礼し、右手で空を切る。するとそこに空間の裂け目が生じ、エキュウはそこへ飛び込んで姿を消した。それを確かめたエルディアは両手を身体の前で合わせ、静かに念じた。すると、フェデルタの身体がふわりと浮き上がり、やがて消えた。

「…次はあやつらだな……。」

そう呟くと、老年の魔王は静かに階段を上がり、えくれあ達が倒れる玉座の間へと戻っていく。エルディアの目的、そしてフェデルタの正体、そしてえくれあ達姉妹の運命……その全てが明らかにならぬまま、エルディアは闇の奥へと姿を消していった……。