暗躍

ハイリヒトゥームの南東に広がるヴァスクイル地方。えくれあ達が長い森の中を抜けて、その中心部にある街『ローカシム』まで辿り着く頃には夜が明けて東の空に朝日が浮かんでいた。

「やっと着いたね~…。」
「そうですね。では手始めに…」
「朝ごはんだねフェーくんっ!!」
「武器の調達に決まっているでしょう。」
「うぅ~えくれあちゃんの鬼ぃ~」
「鬼で結構。フェデルタさん、行きましょうか。」

そう言うとえくれあの横に立って何やら地図を広げ始めるフェデルタ。

「どうやら街の外れに腕の立つ剣匠が居るようです…ここへ向ってみましょうか。」
「…ってちょっとっ!?置いてかないでよ!!わたしも行くってば~!!」

早朝のローカシムに響くエーテルの叫び声に溜息を付きながら、一行は街の外れへと歩き出したのだった。



街の東部にある小さな森の中、一軒の小屋を見つけたえくれあ達は扉の前で顔を見合わせた。

「ここ…でしょうか?」
「地図を見る限りでは間違いありませんが…。」
「ん~、聞いてみればいいんじゃないかなっ!お~い!!ごめんくださ~いっ!!」

尻込みする2人をよそに、エーテルはコンコンと扉を叩いて中に呼び掛ける。すると、開いた扉から現れたのは幾分小柄な1人の老人だった。

「……なんじゃお前らは。」
「えーっと、お爺ちゃんが『けんしょー』って人?」
「…あぁ?」

老人が怪訝な顔をしたのを見たえくれあは、咄嗟に姉の足を踏みつけて割り込んだ。

「ったぁ~!?えくれあちゃんなんでいっつも私の足を踏むのっ!!」
「(いいから姉さんは静かにしていてください…!!)あの、大変失礼致しました。私達は、こちらに優秀な剣匠が居るとの噂を聞きつけてやってきたのですが……。」
「…何だ、お前ら剣が欲しいのか。どいつの剣だ。」
「はい、私ですが……。」

えくれあが答えると、老人はえくれあの顔をぐっと覗き込んできた。自分より少し大きいくらいの老人の背格好であったが、その瞳の奥に力強いものを感じたえくれあは思わず一歩後ろへと引き下がる。

「………ほぅ、お前さんは……。」
「あ、あの……?」

しばらく覗き込んでから何かを得心したように頷いた老剣匠と、おそるおそる聞き返すえくれあ。しかし、老剣匠から放たれた言葉は意外なものだった。

「…帰れ。」
「えっ…どうしておじいちゃんっ!?」
「…こんな弱いガキに俺は剣を作らん。帰れ。」
「ぐっ……。」

突然の拒否に困惑の声を上げたエーテル。さらに続く辛辣な言葉にえくれあの表情が歪むと、その困惑は怒りの感情へと変わっていく。

「おじいちゃんっ!!えくれあちゃんはとっても強いんだよっ!?アカデミーを卒業してすぐなのに色んな敵をやっつけて…!!えくれあちゃんはっ、」
「エーテルさん、帰りますよ。」
「なんで止めるのフェーくん!?」
「エーテルさん…!!」
「……分かったよ…。」

フェデルタの強い視線に、納得しないながらも引き下がるエーテル。えくれあが無言で一礼すると、3人はその老剣匠の家を後にした。

「…えくれあちゃん、気にしなくていいよあんな頑固おじいちゃん…っ!!」
「…いえ、あの人の言っていることは全て事実です。」
「えっ…?」

ここで足を止めてえくれあは拳を握り締める。

「…私は自分の器用さに溺れていたのかもしれません。剣技も魔法も勉学も、同学年どころかアカデミーにいた頃は誰にも負ける気がしませんでした。でも、そのせいで慢心していなかったと言えば、恐らく嘘になります…。」
「……。」
「事実、サンシャインを出た後の戦いはどれも私一人の力で勝てたものではありませんでした。姉さんやフェデルタさんが居なければ、私は今頃ここには立っていないでしょう…。」
「それはわたしだって…っ!!」
「恐らく先程の老人にはそれを見抜かれたのでしょう…だから、私達はもう一度自分を見つめて、磨き直そうと思います。それで、それからもう一度あの剣匠に会いに行きます。」
「そ、それは…」

えくれあは大きく深呼吸をすると、エーテルとフェデルタへ向き直った。

「私、シーケンスに行きます。」
「…なるほど、ヴァスクイルのアカデミーですか。」
「えぇ、サンシャイン卒業生であれば、短期留学カリキュラムを適用できるはずです。そう長居は出来ませんが、逆に短期間であればテミリでの報酬で賄えるかと。」
「うぅ、もう一回勉強か……でも、強くなるためだもんね…っ!私も行くよえくれあちゃんっ!!」

エーテルの発言に、えくれあは意外にも表情を緩ませる。

「…そうですか、ありがとうございます。慣れない場所で1人というのは心許ないので、助かります。」
「…失礼ながら、短期間というのであれば僕はしばらく別行動を取らせていただいても宜しいでしょうか?」

フェデルタの回答にきょとんとした表情を浮かべるエーテル。

「一緒に来ないんだ…っ?」
「えぇ。少し調べたい事もありまして、お暇を頂こうかと。手に入ればお二人の旅にもお役に立つ情報だと思いますから、どうかご容赦を。」
「分かりました。しばしの別れですね。」
「うぅ~、寂しいねぇ~…。」

2人が少しだけ表情を暗くすると、フェデルタはにっこりと笑った。

「…ふふ、大丈夫です。多分、そう遠くないうちに再会できますから。」
「えっ…?」
「いえ、何でもありません。では、これで一度失礼します。またお会いしましょう。」

そう言い残して、振り返りもせずに去っていくフェデルタ。

「…行っちゃったね。」
「彼の実力なら単独行動そのものは心配無いと思いますが…?」
「思う…けど?」
「……いえ、それより私達もシーケンスに向かいましょう。」
「うん…そだねっ!」

そうして姉妹もまた、街の中心部にあるアカデミー『シーケンス』へ向かって歩き出す。太陽は未だ、彼女たちを照らしながら天の頂へじわじわと登り続けていた。


えくれあとエーテルの2人がフェデルタと別れてから1時間程後、2人は『シーケンス』の正門に立っていた。

「ここがシーケンス…。」
「意外とサンシャインと変わらないくらい大きいんだねぇ…っ!!」
「まぁ、言ってしまえばこの地域自体がきな臭い地域ですからね、アカデミーもその気風の影響を受けているんじゃないですか。」
「わりぃな、きな臭い学校でよ!!」

突然の声に振り返ると、そこには大柄な体躯に似合わない少年のような笑顔を浮かべた男が立っていた。

「(こいつ…気配がまるで……!!)」
「おうどうしたお嬢ちゃん、そんな怖い顔するなよ!新入生かい?」
「ううんっ!わたし達サンシャインの卒業生だよっ!短期留学がしたいんだけど…」
「おいおい、あのサンシャインの卒業生がうちにか!?これは嬉しいねぇ!俺はガイエル、この学校の生徒会長だ!!」
「が、学生…ですか……?」
「おう!こう見えて16歳だ!!」
「えぇ~っ!?」
「わ、私より…年下……っ!?」

遥か年上だと思っていた眼の前の大男が、なんと自分たちより年下であると知って驚愕を隠せないえくれあ達。

「え、まさかあんた達先輩かっ!!てっきり飛び級のしすぎで実技演習が足りないから来たのかと思ったら違ったんだな、これは申し訳ない!!」
「い、いえ…お構いなく…。」
「よし、俺が校長と掛け合って頼んでやるぜ!」
「えっ、ガイエルくんそんな事できるのっ!?」
「まぁ一応生徒会長だからな、任せてくれよ先輩!」

ぽかんとしながら顔を見合わせるえくれあとエーテルの手を引きずるようにして、ガイエルは2人を『シーケンス』の校長室へと導いていった。



「ん…誰かね?」
「俺だよ校長!!」
「はぁ…またお前か、ガイエル。」
「そう嫌な顔するなよ校長!今日は留学生を連れてきたんだ!」
「留学生だと…?」

おずおずと校長室へ入り、これまた大柄な初老の男性と話すガイエルの後を、えくれあとエーテルはこそこそと付いて行って小さく礼をした。

「あ…初めまして。えくれあと申します。この度は貴校に短期留学のお願いをしたく、参りました。」
「えっと、エーテルですっ!えくれあちゃんはわたしの妹で、えっと、わたし達サンシャインの卒業生なんですっ!!」

エーテルの言葉を聞いた時、校長と呼ばれた男性の眉がぴくりと動いた。

「なるほど…。分かった、話は聞いているよ。我がシーケンスは君達を歓迎しよう。」
「ほんとにっ!?やったねえくれあちゃんっ!!」
「(話は聞いている…!?一体誰に……?)」

会話の違和感に考え込むえくれあの背中を、ガイエルの大きな手が叩く。

「やったな先輩!短い間だけどよろしく頼むぜ!!」
「っ…あ、はい。よろしくお願いします。」
「私からもよろしくお願いするよ。改めて、校長のパテルだ。」
「はーいっ、パテル先生よろしくお願いしまーすっ!!」
「はっはっは、君は元気がいいな。ところで…えくれあくんと言ったね?どうやら武器を持っていないようだが…?」
「あ、はい。ここへ来る道中で壊れてしまって…。」
「そうか、それなら支給品を持ってこさせよう。ガイエル!」
「おう!えくれあ先輩は何を使うんだ?」
「あ…では、片手剣を2本…。」

えくれあの要求にパテルとガイエルが眉をひそめる。

「2本…君は…」
「あ…サンシャインでは二刀流の扱いを学んでいたのですが…もし認めていただけないのであれば1本でも構いません。」
「いや、持ってくるぜ!!いいよな校長!!二刀流使いはうちの学校には居ないからびっくりしたけどよ!!」

ガイエルの推しにパテルもすんなり承諾した。

「うむ、うちの学生達にも刺激になるだろう…武器は格納庫にある、ガイエルに付いていきなさい。」

そうして仮ながら武器の目処が立ったえくれあは、安堵の表情を浮かべながらガイエル、エーテルと共に校長室を後にした。



えくれあ達が退室してから数分が経った頃、、入れ違いで1つの人影が校長室に入ってきた。

「……今回は、随分と急な話ですな。」

パテルはそう言うと、人影にソファを勧める。

「これは失礼。ですが、了承していただけると思っていましたよ。」
「あなたの頼みとあっては……しかし、なぜ?」
「何がです?」
「…全て、ですな。」
「それはあなたが知る必要のない事です。」

その瞬間、人影から圧倒的な殺気と死そのものではないかと思わせるほど邪悪な魔力が吹き出し、校長は恐怖に慄きながら頭を垂れた。

「出過ぎた発言でした……。しかし、本当によろしいのですか?」
「…何がです。」
「あの2人です…貴方が直々に面倒を見ていただけるのは助かりますが、それで報酬まで頂いては…」
「構いません。その代わり、僕の校内での活動を許可して貰う約束ですからね。」
「至れり尽くせりですなぁ…短い間ですが、よろしくお願いしますぞ…!!」
「……ふん。」

恭しく再度頭を下げたパテルに、その人影はにこりともせず鼻を鳴らして校長室を去っていく。その人影が校長室の扉を開けた時、1人の教員が飛び込んできた。

「見つけたぞ!!侵入者め!!」

教員が振り下ろした長剣を、人影は無駄のない動きで躱す。その際人影の美しい青髪がひらりと舞ったが、人影は意にも介さず腰の拳銃に手を掛ける。そして。

「ぐあぁ…。」
「ふん…二重の意味で教育がなっていない……。」
「こ、これは大変な失礼を……!!」

パテルが慌てて人影に駆け寄ると、人影はパテルの額にも銃口を突き付ける。

「確認しておきますが、校長。僕のことは他の職員や学生には…?」
「もちろん、誰にも口外しておりません……!!」
「…なら結構です。」

人影は静かに拳銃を腰に収め、改めて校長室を後にした。冷や汗をだらだらと流しながらへたり込むパテルと、何かを知ってしまった1人の教員の亡骸を、その場に残して……。