プライド

ハイリヒトゥーム南東に位置するヴァスクイル地方。その中心部に設立されたアカデミー『シーケンス』に短期留学をすることになったえくれあとエーテル。2人は到着したその日に編入を許可され、さらに翌日には既に全校から注目を浴びる存在となっていた。

「…視線が落ち着きませんね……。」
「えへへ~、でもどうしてみんなわたし達がそんなにきになるのかなっ?」
「はっはっはっ!悪いな先輩達、留学生が物珍しいのもあるだろうが、多分半分は俺のせいだよ!」

ガイエルの言葉に首を傾げ、改めて周囲を見回す2人。よく見ると、彼女たちを取り巻く男子生徒達は単なる好奇の視線と言った様子だったが、女子生徒達はそれに加えて羨望と嫉妬の感情が見て取れた。

「ねぇ、なにあの人達。何でガイエル君と一緒にいるのよ。」
「何か留学生だって。馴れ馴れしくしちゃってやな感じだよねぇ…。」

えくれあ達は顔を見合わせると思わず苦笑いを浮かべた。しかし、野次馬の生徒達の中から聞こえたとある会話が耳に入ると、3人は即座に表情を変えた。

「おい、知ってるか?昨日キミーちゃんが死んだらしいぜ。」
「キミーちゃんって…実技の先生だろ?」
「何でも校内で殺されたらしいわよ。」
「マジかよ…それやばくね?」
「でもでも!代わりに新しい臨時講師の先生が来るんだって!」
「何それ、どんな奴?」
「なんかぁ、若くてちっちゃいけどすごいイケメンなんだってぇ~」
「へっ、そんな奴がセンコー務まんのかねぇ。」

えくれあはしばらく考え込んでからガイエルに問いかけた。

「…ガイエルさん、あなたは何か聞いていないんですか。」
「いや、俺も初耳だ。ううむ…キミーちゃんは俺の実技演習も担当してくれている優秀な先生だ、まさか校内で殺されるなんてことは…」
「新しいせんせーも来るって言ってたね、まさかその人が犯人だったりしてっ!!」
「…姉さん、そんなに物事が単純なら苦労はしませんよ。」

3人が思考を張り巡らせている時、1人の職員が中庭にいる学生達に大声で叫んだ。

「お~いお前ら!今から大講堂で集会がある!!全員急いで集合しなさい!!」

叫び声を聞いた学生達は、ぶつくさ文句を言いながらも大講堂の方へと流れていく。

「集会か、今の噂話と関係があるのか…?」
「とにかく、行ってみましょう。」
「大講堂ってあっちかなっ?」

結局疑問は解決しないまま、3人も学生達の波に流されるように大講堂へと向かっていった。



大講堂に入ると、既に壇上にパテルが待機しており、学生達が大講堂に揃うのを待っていた。

「校長直々にお話ですか…。」
「パテル先生、何か元気なさそうだねっ?」
「あぁ、俺にも何も伝えずに集会とは…よほど急を要することなのか…?」

しばらくすると学生達も揃ったらしく、パテルがゆっくりと口を開き始めた。

「…諸君、今日は急な呼び出しにも関わらずよくぞ集まってくれた。既に聞き及んでいる者もいるようだが、昨日、キミー先生が校内で亡くなられた。」

校長の言葉に、大講堂が一斉にざわつく。

「どうやら、何者かが侵入し、暗殺したらしい。非常に悲しいことだ。まずは、キミー先生の冥福を全校で祈りたいと思う。」

校長が言葉を止めて黙祷を始めると、学生達もそれに続く。えくれあ達も同様に倣って黙祷を捧げた。

「……皆、ありがとう。このような件は二度と起きてはならない。そこで今回、新たに優秀な講師の先生をお招きした。さぁ、どうぞこちらに。」

校長に手招きされて1人の人物が壇上に現れる。その瞬間、えくれあは目を見開き、エーテルは思わず叫び声を上げた。

「なっ………」
「えっ!?うそ、なんでっ!?」

一斉に大講堂中の視線がえくれあ達に浴びせかけられる。ガイエルは慌ててエーテルの口を塞いで周囲に目線で謝意を伝えた。

「…皆さんこんにちは。フェデルタ・バトラーです。臨時講師という事で、短い間ですが皆さんの指導に当たらせていただきます。どうぞよろしく。」
「フェデルタ先生には、高等部の実技教官及び校内の警備を担当してもらう。皆、失礼のないようにな。…では、今日の集会は以上とする。各自解散しなさい。」

パテルとフェデルタが壇上から消えると間もなく、学生達も大講堂を後にしていく。空っぽになった大講堂に、呆然とするえくれあとエーテル、それを困惑した表情で見つめるガイエルだけが取り残されていった。



それから間もなく。教務棟を歩くフェデルタの元へ2人の学生が騒々しく駆け寄っていった。

「ち、ちょっとフェーくんっ!?」
「あなた、こんな所で何をしているんですか…!?」
「ふふふ、お2人とも早速目立っていましたね。」
「笑ってごまかさないでください、あなた一体何を…」
「言ったじゃないですか、調べたい事があると。調べていくうちにここに行き着いた、それだけですよ。」
「でもでもっ、何でフェーくんが学校の先生なのっ!?」
「あれ、言ってませんでしたか?僕、教員免許持ってるんですよ。」

事も無げに言うフェデルタに、えくれあとエーテルは開いた口が塞がらないと言わんばかりの表情でフェデルタを見返している。

「あの…あなた、何者なんです…?」
「そういえばわたし達の事も前から知ってるような感じだったよねっ?」
「いい質問ですね。ですが、それはまた今度…いずれお話する時が来ますから。」
「いずれ、ですか……。」
「まさか、フェーくん……」

突然真剣な表情を浮かべたエーテルに、えくれあはどきりとしてその表情を見つめる。フェデルタも表情から余裕が消え、その右手が僅かに腰へと動く。

「……実はわたし達よりとってもおじいちゃんだったりしてっ!?だから先生もできるしわたし達の事も知ってるんじゃないかなっ!?」
「……一瞬でも姉さんを見直そうとした私が馬鹿でした……。」
「……っくく、本当にエーテルさんは面白い人ですね。」
「あれっ!?わたしそんなに変な事言ったかなっ?真面目なつもりだったんだけどっ!!」
「さっきの推理もそうですけど、いい加減な事を言うのはもうお止めください。」
「さっきの推理、ですか…?」
「キミーって先生が死んじゃったって聞いた時、てっきりわたし新しく来た先生が犯人だと思ったんだっ。でも、フェーくんが新しい先生だったら全然間違いだったね~っ!」
「……本当に、面白い人だ…。」
「……?」

フェデルタの妙な反応に違和感を覚えたえくれあ。その時、えくれあ達の元にもう1人学生がやってきた。

「ほう、先輩達と新しい先生は知り合いなのか。」
「あっ、ガイエルくんっ!!」
「ガイエル…貴方が生徒会長の…噂は聞いていますよ。」
「はっはっはっ!俺も校長から聞いたぞ、先生は俺よりも年下だそうだな!!全く人は見た目によらないものだ!!」
「あなたがそれを言いますか……。」

溜息を付くえくれあには気付かずに、ガイエルはえくれあ達に告げた。

「それより、この後先輩達の歓迎授業だ!!校長が急いで闘技場に来いって言ってたぞ!フェデルタ先生にも講師として参観してもらいたいそうだ!」
「歓迎授業…?聞いていませんが……。」
「急に決めたんだとよ、どうも校長の様子が変なんだが…まぁそれはいい!急いできてくれよな、先輩達!!」
「は、はぁ……。」

そう言い残して颯爽と闘技場へと走っていったガイエル。

「なんかガイエルくん、楽しそうだったねっ?」
「面倒な事にならなければいいのですが…とりあえず、行きましょうか。」
「……。」
「フェーくん…?」
「…あぁ、失礼しました。行きましょうか。」

かくしてえくれあ達も、ガイエルに言われるがままに闘技場へと向かったのだった。



「……やはり、面倒な事になりましたね………。」
「うわぁ、人がすっごいたくさんっ!!」

闘技場に入るや否や、観覧席に敷き詰められた学生達の歓声を浴びてがっくりと肩を落とすえくれあ。隣ではエーテルが子どもの様にはしゃいでいる。

「改めて、ようこそシーケンスに!!」
「あれ、ガイエルくんっ?」
「…なるほど、そういう事ですか。」

きょとんとしているエーテルだったが、えくれあは何かを察した様子で新調した《ブロード・ソード》に右手を掛ける。それを見た生徒会長が満足気に声を上げた。

「今日の授業は実技演習!!それも全校生徒と全職員の前で俺と勝負だ!!サンシャイン卒業生の実力、見せてもらおう!!」
「歓迎授業ってそういう事かーっ!ふっふっふ、でも残念だねガイエルくん、まだ学生のガイエルくんと卒業生のわたし達じゃ…」
「…姉さん、油断は禁物ですよ。」
「えっ?」

エーテルが隣を見ると、えくれあは今までくぐり抜けて来た戦闘の時と同じ真剣な表情を浮かべていた。

「お忘れですか、彼が私達の前に初めて姿を見せた時…私は彼の気配に気付くことができなかった…。彼は、間違いなく強い。」
「さぁ先輩達、2人まとめてかかってきてくれ!!シーケンスの底力、見せてやろう!!」

ガイエルは叫びながら背中の長槍《パルチザン》を構える。えくれあはそれに応えるように2本の直剣を構え、エーテルも《ライトボウ》に矢を番えた。

「さぁフェデルタ先生。シーケンスの戦いをご覧に入れましょう…!!」
「……。(恐らく個の力はガイウスさんが上…どうしますか、えくれあさん、エーテルさん。)」
「…フェデルタ先生?」
「…まぁ、高みの見物と行きましょうか。」

やがて闘技場は静まり返り、学生も教員も3人が動き出すのを固唾を呑んで見守っていた。最初に動いたのは、ガイエルだった。

「はっ!!それならありがたく先手は頂こう!!猛き戦士の本能よ!!目覚めよ、アグレス!!」
「くっ……」
「いきなりっ!?」
「悪いな先輩、初っ端から飛ばすのが俺流でね!!行くぜ!!」

ガイエルは雄叫びを上げながら、まずはえくれあに向かって駆け出していく。身構えるえくれあに向け、迷うこと無くまっすぐに槍を突き出した。

「行くぜ先輩!!バーチカルスタブ!!!」
「はっ!(早い…この前の賞金稼ぎと同じか…それ以上……!!)」

えくれあはガイエルの放った《バーチカルスタブ》を右へステップを踏んで躱して両手の剣を構える。

「ですが、いささか『素直』ですね…!!」
「ほう、やるな先輩!!」

鋭い刺突の一閃を躱されたガイエルは、反撃を試みるえくれあに向かって正対して身構える。

「二刀流…ツインロザリオ…!!」

えくれあの《ツインロザリオ》の十字を描く2連撃は、目にも留まらぬ速さでガイエルを襲う。しかしガイエルはえくれあの初撃を軽く受け止め、時間差で襲う2撃目さえも反応して受け流した。

「ちっ…(反応速度が速過ぎる…!!)」
「アグレス込みの俺の速度に付いてくるとは、これがサンシャインか!!」
「わたしも忘れてもらっちゃ、困るんだからっ!!」
「おおっと!!エーテル先輩、次はそっちだ!!」
「ば…姉さん!!迂闊に動いてはダメです!!」

エーテルがガイエルの視覚から《パーシストアロー》で奇襲を仕掛ける。ところが、ガイウスはまるでそれが見えているかのように難なく躱してエーテルに向き直った。

「貫け、スラッシュスパイク!!」
「させない…!!」

ガイエルはエーテルに向けて長槍を突き出しながら猛突進を仕掛ける。その《スラッシュスパイク》の動きに反応して、えくれあも《ソニックインサイト》で食らい付く。

「うおっ!?」
「あなたの相手は私です…!!」

自分の後方から追いついたえくれあに長槍を弾かれて驚いた表情のガイエル。えくれあは必死にエーテルとガイエルの間に割って入るが、その額には汗が浮かび、呼吸で肩が揺れ始めている。

「あのえくれあという学生、些か体力に不安があるようですなぁ…」
「…致し方ありませんよ。」
「致し方ない、と言いますと…?」
「…。」

パテルはえくれあの様子を見て顔をしかめる。フェデルタもえくれあの消耗に気付くが、特に不安さを滲ませることも無く、無表情で戦況を見守っている。

「えくれあちゃんっ!!」
「(このままではジリ貧…ここは私も強化魔法で…)姉さん、頼みます…!!」
「うんっ!癒しの風よっ、ここにそよげ…リェチーチ!!」
「えっ!?姉さん、回復ではなく強化を……!!」

姉の想定外の行動にえくれあ。しかしそれをよそに彼女の疲労はたちまち回復し、呼吸は落ち着きを取り戻していく。

「強化は…わたしっ!!猛き戦士の本能よっ!目覚めよ、アグレス!!」
「ほう…!!」
「姉さん!?」

エーテルはえくれあではなく自身に《アグレス》を放ち、再び矢を番えながらガイエルに向けて走り出した。

「はっはっはっ!エーテル先輩は面白い人だ、いいだろう!!真っ向勝負だ!!」
「馬鹿な…ソニックインサイ…」
「えくれあ先輩、野暮はよそうじゃないか!!大地の息吹よ!!駆け抜けろ、アンゲスト!!」
「うわああああああああ!!!」

エーテルに向かって走り出したガイエルに割り込もうとするえくれあ。しかしガイエルは走りながら風属性の基本魔法《アンゲスト》を唱え、生じた突風でえくれあを大きく吹き飛ばす。

「さぁ先輩!!また俺を射抜いて見るかい!!」
「……ふふっ」
「……?」

互いに向かっていくエーテルとガイエル。ガイエルとしてはエーテルを挑発したつもりだったが、対するエーテルはその口元に笑みを浮かべていた。

「パーシスト……」
「ふっ、来るか……!!」

エーテルの矢が光輝くのを見て、ガイエルは《パルチザン》を構えて防御姿勢を取った。だが、しかし。

「…何、止まらない…!?」
「姉さあああああああああん!!!」
「……スラッシュっ!!!」
「ぐあああああ!?」

エーテルは矢を放たず、それどころか弓から外して右手に持ったままガイエルに向かって突っ込んだ。完全に間合いをずらされたガイエルは、やむなく長槍でエーテルの《パーシストスラッシュ》の一突きを受け止めようとする。しかしその一撃は彼の想像を超えて重く、ガイエルは防御姿勢のまま数m後方へと突き飛ばされていく。

「姉さん、今のは……!?」
「わたし不器用だから、上手に狙ったりとか、色んな魔法使ったりとかできないけど……」
「……っははは、これは参ったなぁ…!!」
「『ゼロ距離』だったら、下手なわたしでも絶対外さないからっ!!」

エーテルの奇抜な奇襲に、学生や職員達からもどよめきが起こる。パテルも口をあんぐりと開けて驚いていたが、フェデルタは口角を少し上げてその様を眺めていた。

「(本当に、面白い人だ。案外、彼女の方が先に……ん?)」

フェデルタは何かに気付いて視線の向きを変える。その先では、えくれあが両手の剣をぶら下げながらふらふらと歩いていた。

「(そうだ…姉さんだって、姉さんなりに必死に頑張っているんだ…だったら……)」
「エーテル先輩、今のは効いたぜ!!だが、そんな奇策が俺に2回と通用するとは…ん?」
「(私だって…!!)猛き戦士の本能よ……」
「えくれあちゃん…?」
「…これは驚いた、まさかこんな力が……!!」
「目覚めよ、アグレス……!!」

強化魔法を自身に放ったえくれあは、全身から魔力を放射しながらゆっくりとガイエルへと向かっていく。

「(えくれあさんが今まで強化魔法をエーテルさんに委ねていたのは、恐らく魔力の消費をできるだけ抑えて継戦能力を維持するため…それを自身で行ったということは…)」

ガイエルはえくれあの鬼気迫る様子に息を呑みながらも、再びえくれあへと向き直った。

「全く、先輩達は怖い姉妹だ…!!俺も本気を出さなければならないらしい……!!」
「姉さんに偉そうなことを言っておきながら、甘く見ていたのは私だったようです…学生だとか、授業だとか、そんな事は関係ありません…。」
「あぁ、そうだぜ先輩…目の前の敵には…絶対…」
「えくれあちゃん…っ!!」
「「勝つ!!」」

えくれあとガイエルは、一斉に駆け出した。それぞれの武器が魔力を纏って輝き出す。

「燃え上がる闘志よ、閃く刹那の双刃よ…」
「吹き荒れる一陣の風よ、貫く鋼の長槍よ…」

そして、燃え上がる爆炎と吹き荒れる陣風が、交錯する。

「焼き払え、フレイムエッジ…!!」
「穿て、ウィングスラスト!!」

次の瞬間、闘技場には大きな爆発が起こり、その場に居た全員の視界を奪った。

「ど、どうなったんだ…フェデルタ先生、今のは…って、フェデルタ先生?」
「うぅ…えくれあちゃん、ガイエルくん、どうなっちゃったの…?」

エーテルは爆発で吹き飛ばされた身体を何とか起こし、砂煙の奥に居るであろう2人を視界に捉えようと目を凝らす。すると、そこにはえくれあとガイエル、そしてフェデルタの姿があった。

「うっ…あれ……?」
「俺は…どうなった……?」
「……全く、全力で戦うのは結構ですが、2件目の人命沙汰はご遠慮したいものです。」
「フェデルタ先生か、今何が起こったんだ…?」
「…(馬鹿な、あり得ない……)」

フェデルタの乱入に目を見開くガイエル。えくれあはフェデルタの姿を認めると、眉間に皺を寄せて顔をしかめる。

「(観覧席から乱入したとしたら、とんでもない移動速度ということに…しかも、ガイエルさんとぶつかる直前に一瞬だけ見えた『彼』の動き…)」

えくれあは脳裏に僅かに残る映像を必死に脳内に映し出す。

「(空中で翻りながら私達の武器だけを正確に狙って弾いて軌道を逸した…?あの動きの中でそんな事ができるとしたら……)」

フェデルタはその間に、ガイエルを助け起こし、今度はえくれあの方へと向かってくる。

「(到底、人間業じゃない……)」
「…えくれあさん、大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です。」

えくれあは差し出されたフェデルタの手は借りずに自ら起き上がった。そこへ、エーテルがふらふらと駆け寄ってきた。

「えくれあちゃんもガイエルくんも大丈夫っ!?っというか、何でフェーくんがここに…?」
「…ふふ、一応僕も臨時とはいえ教官ですからね、生徒の命は守らないといけませんから。」
「それにしても、流石は先生だ!!俺には全く動きが見えなかったぜ!!」
「……そうですね。私にも、何も見えませんでした。」

えくれあはフェデルタから目を逸らして呟いた。フェデルタはその様子を見逃さなかったが、言及すること無く3人全員に向けてこう告げた。

「確かに3人とも高い潜在能力を感じさせる戦いぶりでしたが…まだまだ荒削りどころの話ではありませんね。僕が在籍している間、きっちり鍛え直して差し上げましょう。」
「うぅ~、なんかフェーくんが恐く見えるよ~…」
「へへ、望むところだぜ!!頼むぜ先生!!」
「…はい、よろしくお願いします。」

そう言ってフェデルタに向けて堅苦しく礼をしようとするえくれあ。しかし、頭を下げた彼女は突然ふらつき、その前に倒れ込んでしまう。

「…あ…?うっ…」
「えくれあちゃんっ!?」
「おい先輩、どうしたんだ!!」
「落ち着いてください。エーテルさん、盗賊戦の後と同じですよ。魔力の使いすぎです。」
「そう…なの…?」
「えぇ。えくれあさんは僕が医務室へ運びます。2人も必要な手当を受けて今日は直ぐに休んでください。」

そう言うと、フェデルタは受け止めたえくれあの身体をそのまま抱え上げて歩いて行く。

「…だ……けて……姉、さん…」
「……。」

フェデルタの背中の上で、うわ言のように呻くえくれあ。薄れゆく意識の中で必死にもがこうとするが、限界を超えたその身体は僅かに指先が動くばかりであった。激しい疲労感と新たな疑惑に飲まれながら、少女は深い眠りに落ちていく。そして、姉妹に大きな変化をもたらす激動の2週間の初日が、ゆっくりと幕を閉じていったのだった。