新たな土地

ハイリヒトゥームの南西に位置する、巨大な市場街テミリ。その正門から街を後にする、3人の賞金稼ぎの姿があった。

「それにしても、依頼主のおばちゃんすごいお金持ちだったねーっ!!」
「えぇ、盗まれた宝石類から推測はしていましたが、まさかここまでとは……。」
「十分な資金に、武器の整備、大きな収穫ですね。」

えくれあ・エーテル・フェデルタの3人は、南東の街ローカシムへと向かうところであった。盗賊退治で多額の報酬を手にした彼女達はそれぞれ装備を新調し、エーテルの背中には《ライトボウ》が、フェデルタの腰には《メタルハンドガン》が備えられていた。

「えくれあちゃんは新しい武器買わなかったんだーっ?」
「えぇ、私はこれが気に入ってますから。」

えくれあはそう言うと、背中の《ブロードソード・ノーブル》に手を掛ける。臙脂色の鞘に包まれた2本の直剣は、丁寧に手入れを施され新品の様な光沢を保っていた。

「ところでえくれあさん、次の目的地ですが。」
「ローカシム、ですか。随分と厳格な指導者によって統治されているという噂だけは聞きましたが...。」
「みんなで仲良く暮らせばいいのにねーっ!!」
「そう簡単な話ではないのかもしれませんが、エーテルさんの言うようにできたら...それが1番いいのでしょうね。」

そんな話をしながら歩くえくれあ達が、アシュヴィツアル地方からヴァスクイル地方へと渡る関所に辿り着く頃には、日差しは南から西へと傾き始めていた。

「おい、お前達。」
「...?何でしょうか。」
「何だも何もない、通行証を見せろ。」
「通行証...ですか。」
「そんなの持ってないよーっ!」
「では通す事はできん。さっさと引き返せ。」

関所を通ろうとした3人を、屈強そうな門番が無愛想に追い返す。当然、通行証など持たないえくれあ達は困ったように顔を見合わせた。

「どうしますか、えくれあさん。」
「しょうがないよ、皆できょうこーとっぱで...っ!」
「1番頼りにならない人が滅多な事を言わないで下さい。...少し試してみます。」
「きょうこーとっぱ!?」
「違います……はぁ。」

目をまん丸に見開いた姉に内心で頭を抱えながら、えくれあは再び門番の元へと向かった。

「すみません、私達は先日アカデミーを卒業した賞金稼ぎなのですが...。」
「ほう?」
「研鑽の為、またヴァスクイル地方の治安維持に少しでも貢献する為、通行を許可していただきたいのですが...。」
「なら証拠を見せてみろ。」

するとえくれあは、背中の愛剣を取り外して門番に差し出す。臙脂色の鞘の中心には、『サンシャイン』の校章が刻まれていた。

「お前、サンシャインの卒業生か。それにこの色...主席だな。」
「...随分とお詳しいのですね。」
「ふん...俺は以前ヴァスクイルのアカデミー『シーケンス』の教員をしていたんだ。それくらいの事は分かる。」
「そうでしたか...では、この関所は...。」

ここで暫く険しい表情をしていた門番だったが、やがて諦めたように口を開いた。

「...好きにしろ。ただし、ここはルーキーが易々と通れる程楽な場所じゃない...行くなら相応の覚悟をしていく事だな。」
「...はい、ありがとうございます。」

えくれあはぺこりと門番に一礼すると、後ろの2人を振り返って目配せをした。

「すごいねえくれあちゃんっ!れごしゅれったーだねっ!」
「は……?」
「……あぁ、エーテルさんもしかしてそれ、ネゴシエーター、ではありませんか?」
「おお!それそれっ!フェーくん詳しいんだねーっ!!」
「………………。」

もううんざりと言わんばかりに頭を抱えるえくれあをよそに、エーテルは誰よりも楽しげに新たな地へと足を踏み出していったのだった。



それから数十分歩いた一行は、岩場に囲まれた街道から森林へと足を踏み入れていた。

「見晴らしが悪いですね……。」
「そうですね。殿は僕が引き受けますから、えくれあさんは前方をお願いします。」
「言われずともそのつもりです...姉さん、大丈夫ですか?」
「うぅ〜、何とか大丈夫だよ〜……」

一行は決して快適とは言えない視界と足場の中を慎重に進んでいく。すると突然、鋭い物音と共に1本の矢が飛んできて、えくれあの足元の地面へと突き刺さる。

「えくれあちゃんっ!?」
「大丈夫です...しかしこれは...?」

えくれあ達が矢の飛んできた方を見据えていると、その方向から3人の人影が歩いてきた。

「お前達……賞金稼ぎか?」
「ええ、そうですが...この矢はあなた達が?」
「悪いなぁ、晩飯の獣と間違えちまってよぉ!!」
「う〜...何か感じ悪いねぇ〜...」
「それより、あなた達も賞金稼ぎ…ですか?」

フェデルタの鋭い視線に、突如男達の表情が一変する。

「...あ?だったらどうしたってんだぁ……?」
「ふん、こいつら見たところまだ新米みてえだな。」
「丁度いい、先輩への接し方ってヤツを教えてやるか...!」

急激に殺気を漲らせる賞金稼ぎ達に、えくれあは咄嗟に2本の《ブロードソード・ノーブル》を構える。

「やる気ですか……!!」
「なんでっ!?同じ人間同士なのに……!」
「性善説ばかり唱えている訳にもいかない世の中という事でしょう...来ますよ!」

武器を構え、雄叫びを上げて襲い掛かってくる男達に、えくれあ達も応戦する。

「先手必勝です……!!」
「ふん、舐めんじゃねぇ!!」

えくれあの《ソニックインサイト》は先頭の男目掛けて一直線に突き進むが、惜しくも男の持つ《ハルバード》に防がれて届かない。

「それならば、これで……!!」
「ぐおぁ!?」

今度は左手にも力を込めたえくれあが、十字を切るように双剣を振り抜く。放たれた《ツインロザリオ》は斧槍の防御を掻い潜り、男の右肩を切り裂いた。

「ほらよ糞ガキ!脇が甘々だぜッ!!」
「させると思うか、雑魚が……。」

振り抜いた反動で反応が遅れたえくれあに、別の男が長剣《ロングソード》を振り上げて襲い掛かる。しかしそれを見逃さないフェデルタも、長剣の男を目掛けてすかさず弾丸を放つ。音速で突き進んだ弾丸《ソニックバレット》は、えくれあに斬り掛かろうとした右腕を的確に貫いた。

「チッ……糞ガキ共が舐めやがって……!!」
「指一本だって触れさせるものか……ぐっ!?」
「へっ、運の良い奴め!!」

長剣の男を抑えた事で一瞬隙が生まれたフェデルタの脇腹を、少し離れた位置にいた3番目の男が弓で射抜いた。辛うじて直撃は避けたものの、矢が触れた脇腹からは鮮血が滲んでいる。痛みに跪くフェデルタを、今度は長剣の男が睨み付ける。

「さっきはやってくれたな...!!ソニック……」
「くそ、油断した...!」
「インサイトォ!!」
「だめええええええっ!!」
「ぐおおおおお!?」
「ごふっ……」

男が左手に長剣を握り直し、大きく後ろに引き下げる。それを見たエーテルは咄嗟に背中の弓を構えて祈るような思いで《パーシストアロー》を放つ。放たれた矢は狙った長剣の男から大きく逸れたものの、その余りの魔力量に驚いた男はフェデルタから少しずれた方へと突っ込んでいった。そして逸れた矢は陰からえくれあを狙っていた弓使いの男の胸に命中し、激しく血を撒き散らしながら貫通していった。

「いやっ……!!」
「怯んではだめです姉さん、殺らなければ殺られます...!!」
「その通りだぜ糞ガキィ!!」
「ぐぁっ...!!」

自ら放った矢が起こした惨状に動揺するエーテルの方へ一瞬気を取られたえくれあを、《ハルバード》の一振りが襲う。咄嗟に防御姿勢を取るえくれあだったが、男の渾身の一撃に、小柄な彼女は大きく吹き飛ばされてしまう。

「これでトドメだ...大いなる母なる大地よ……」
「(詠唱...!?しかも聞いたことのない...まさか、魔法剣!?)」
「その猛々しい隆盛を以て、愚かなる生命に……」
「(今の私に魔法剣は...ならば、詠唱の隙を...行けるか……?)」
「裁きを...下さん...」
「(やるしかない……!!)」

えくれあは吹き飛ばされて転がった体勢からバネが飛び跳ねるように立ち上がり、一瞬の内に加速する。そして、斧槍の男が詠唱を済ませようとしたまさにその瞬間、えくれあは男の眼前まで駆け寄り両手の《ブロードソード・ノーブル》を振り抜いた。

「ロックストライク!!!」
「クイックロンド……!!」

大岩を纏った斧槍が、えくれあの頭上へと振り下ろされる。えくれあが踊るように双剣を振り回し、それを何度も弾いて押し返す。7度目の衝突が起こった時、男の《ロックストライク》は消滅し、《クイックロンド》を放ち切ったえくれあもふらりと前へよろめいた。

「やるな糞ガキ...だが足元がお留守だぜ……?」
「くっ...この程度で……!」
「えくれあさん、よく魔法剣を防いでくれました...これだけあれば、十分……!!」

足元がふらつくえくれあに、再び《ハルバード》を叩きつけようとする男。しかし、それを見ていたフェデルタが、漸く脇腹を押さえながらも立ち上がり、二丁の拳銃を構える。

「燃え上がる炎よ、全てを焼き焦がす炎弾となれ…フレイムバレット!!」

フェデルタの拳銃から、爆炎に包まれた銃弾が解き放たれる。それらは一直線に斧槍の男へと突き進み、やがて男を火達磨と化した。

「がっ...あがぁ……」
「フェデルタさん、助かりました...。」
「えくれあさんもご無事で何よりです。さてこれで……」
「バカな……俺達が、こんなガキ共に……!?」
「3対1となれば、勝負は火を見るより明らかですが.........これは失礼、洒落にもなりませんね。」

えくれあは未だに火に包まれた斧槍の男を指指して吐き捨てるように言い放つと、冷めた目で長剣の男を見下した。

「えくれあちゃん、フェーくん...わたし...!」
「...この世界で生きていれば、こういう事は決して珍しい事ではありません。むしろエーテルさんの感情と戸惑いは人としては好ましいものですが...生き残りたいのならば、捨てるべきです。」
「う……」
「姉さん、私達は何のためにあの学校に通い、卒業したのですか。」
「それは...わたしたちはお父さんもお母さんも居なくて、生きてくためには賞金稼ぎに……」
「その通りです。生きていく為には戦って勝つしかないんです。それに...姉さんは気にならないんですか?」
「えっ...?」
「私達は物心付いた時には既に孤児院の中...身寄りもなく、アカデミーでは寮で過ごしました...では、私達を生んだ父は、母は……今どこで、何をしているのか……」
「そ、それは……」
「私は知りたいです。私の、私達の知らない事を...だから、それを知るまでは……」

ここで言葉を切ったえくれあは、もはや戦意を完全に失った長剣の男に《ブロードソード・ノーブル》の剣先を向けた。

「死ぬ訳にはいきません。相手がエネミーであろうと……人であろうと。」
「ぐっ……!!」
「...僕達の前から去れ。二度と姿を見せるな。半端な覚悟しか持たない者が、いたずらに力を振るうんじゃない……。」
「畜生…畜生……!!」

男は《ロングソード》を拾い上げ、よたよたとその場を離れていく。えくれあが一呼吸付いて愛剣を鞘に納めようとした時、何かがひび割れるような音が響いた。見ると、2本の《ブロードソード・ノワール》に大きなヒビが入っており、やがてぽきりと折れてしまった。

「あ……」
「無理もありません。まさかアカデミーも卒業したてのルーキーが、あんな連続技や魔法剣を中心にした戦い方をするなんて想定していないでしょうからね。」
「えくれあちゃん、元気出して...?」
「...今の姉さんに励まされるほど落ち込んではいませんよ、大丈夫です。ですが、武器は調達しないと……。」
「では、急いでローカシムに向かうとしましょう。今から走れば、何とか日の出くらいには辿り着けるはずです。」
「うぅ、走るのか〜……。」
「そうですね、行きましょう。」

走ると聞いて余計に落ち込むエーテルを励ましながらフェデルタが立ち上がる。えくれあも壊れた愛剣に後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、立ち上がって2人の後を追う。西の空からは燃えるような夕日が輝き、反対側からは白く光る月が顔を覗かせていた。