Twin Executioners

アークスシップ「フェオ」の市街地、多くの人が住まうこの場所に、1人の少年が訪れていた。

「…ふぅ、エーテルお嬢様も人使いが荒いのは考えものです……。」

蒼く染まった髪と、同色のジャケットに身を包んだその少年・フェデルタは、かつて仕えていたエルドラド家の息女で、今はアークスとして同じチームに所属するエーテルに買い物を頼まれ、1人この市街地へとやってきたのだった。

「…このリストによると化粧品の類のようですが……ショップエリアでは手に入らないのでしょうか……。」

げんなりしながら、彼は街中を歩いていく。キャストではあるものの、整った顔立ちに落ち着いた雰囲気のせいか、取り立てて目立つこともなく目当ての物を探していく。普段から何かと要領の良いフェデルタであったが、それでもリストの物を全て手に入れた頃には日が暮れかけていたという事実は、エーテルの人使いの荒さを如実に表わしていた。

「とは言っても、エーテルお嬢様には何の悪気も無いんでしょうけれど…。」

誰ともなしにぼやきながら帰路を歩くフェデルタ。何気なく歩いていた彼だったが、やがて行き交う人の波に違和感を覚えて足を止めた。

「おや…何か揉め事…でしょうか。」

よく見ると、まるで1つの方向から逃げてくるかのように人々が歩いている。フェデルタはその人波から聞こえてくる会話の1つに耳を済ませてみる。

「…ねえねえ、さっきの何?」
「ダーカーの群れが来たらしいぜ。でも、1人で様子見に行ったさっきのガキ大丈夫か~…?」
「さっきの紫の子?何か余裕そうな感じだったけど、アークスなのかな?」
「あのチビがかぁ?まぁ、何にしても俺達にゃ関係無いか。」

すれ違いざまに聞いたその会話に、フェデルタは眉を顰めた。

「(…ダーカーの襲撃?なぜこんなところに…それより、さっきの話が本当なら、アークスらしい少年が危ない……!!)」

フェデルタは脚部に全力を込める。彼の身体はフォトンの輝きに包まれ、シンプルなジャケット姿から細身の蒼いパーツ体に切り替わった。そして、彼の姿は一瞬で最高速まで加速して市街地を駆け抜けた。



時を同じくして、ダーカーが突如発生したエリアに向かう1人の少年の姿があった。

「う~ん、ここらへんだと思ったんだけどなぁ~…」

少年はキョロキョロと辺りを見回している。何かを探している様子の彼の背後に、突如として《ダガン》が姿を現した。小型種ながら、ダーカーの一種であるその姿に、並の人間であれば恐怖を示すはずだったが。

「キャハハハハ!!やっと見つけたよぉ!!」

少年は、笑っていた。狂気すら垣間見えるその笑みを浮かべたまま、脚に備えた魔装脚にフォトンを込める。一瞬の内にダーカーに詰め寄ると、少年はそのまま《ダガン》を力いっぱいに蹴り上げた。

「くけけけけけ!食らえっ、ストライクガスト!!」

連続の蹴り上げを受けてたまらず四散する《ダガン》。しかし、気が付けば少年の周りには数え切れない程のダーカーが出現し、少年を取り囲んでいた。

「ふ~ん、随分と湧いてくるもんだねぇ!!」

絶望的な状況とも言える状況でなお、狂気地味た笑みを崩さない少年。実際、ダーカーの包囲などは彼にとっては窮地などではなく。目の前の敵を潰す感覚に歪な好奇心を膨らませていたまさにその時だった。

「撃ち砕け、デッドアプローチ。」

背後で響いた、鈍い打撃音。振り向くと、そこには無残に砕け散った《ディカーダ》の死骸と、双機銃を両手に握って息を切らせたフェデルタの姿があった。

「間に合いましたか…君、怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫だけど…きみ、だれだい?」

少年が聞き返した時、その背後から少年に襲い掛かる《エル・アーダ》の姿をフェデルタの両眼が捉えた。少年を躱すように前へ躍り出て、流れるような動作で《サテライトエイム》を放って《エル・アーダ》を撃墜する。

「…人に名を聞く時はまず自分から名乗るものですよ。僕はフェデルタ…フェデルタ・バトラーです。」
「あっ、そうかぁごめんごめん!!僕、ニーウって言うんだ!!」
「ニーウ…その名前…。」
「おや、僕の事を知ってるのかい?」
「…いえ、何でもありません。(どこかで聞いた気がするがあれは……)」

フェデルタが首を傾げていると、先程までの倍以上に増加したダーカーの群れが、じりじりと2人の命を奪おうと詰め寄ってきた。

「…ところでニーウさん。どうやらこいつら、僕達の命を狙っているようですが。」
「だろうねぇ、人間どころか命あるものなら何でも取って食っちゃうような奴らだし。」
「間違いありませんね……で、どうされますか。」
「どうするって…そりゃあ決まってるじゃん!!」

フェデルタとニーウは、互いに一瞬だけ目を合わせる。次の瞬間、双機銃と飛翔剣をそれぞれ手に取った少年達は、不敵に微笑んだ。

「邪魔する奴は……」
「ぶっ潰してやるよぉ!!」



ニーウの叫び声を皮切りに、戦闘は再開した。《ダガン》の群れが先陣を切ってニーウ達へと飛びかかる。

「くけけけけけ!!そんなんじゃ甘いよぉ!!」

ニーウは待ってましたと言わんばかりに《ディスパースシュライク》で迎撃する。《ダガン》達はたちまち蒸発し、後には禍々しいフォトンの残滓だけが残る。

「あっ、あいつ卵なんか産んでる!!」

ニーウが指差した方を見たフェデルタは、後方で《ブリアーダ》が卵のような物を放出している瞬間を目撃した。

「ふん…小賢しい真似を。」

フェデルタは力強く《ブリアーダ》へ向けて駆け出す。途中で数体の《ディカーダ》が行く手を阻もうとするが、華麗な前方宙返りで難なく妨害を躱すと、そのまま大きく跳び上がった。

「貫け、シフトピリオド。」

フェデルタは四方八方に銃弾を乱射し、滞空させて壁を作る。そして、一気にその壁を撃ち放つと、周囲の《ダガンエッグ》は母体の《ブリアーダ》諸共、たちどころに空中で消滅していく。

「わっ、フェデルタ危ない!!」
「ちっ…!!」

大半の卵を撃ち抜いたフェデルタだったが、唯一難を逃れた1つが孵化し、《エル・ダガン》となって落下してくるフェデルタを待ち構えていた。

「させないよぉ!!ディストラクトウィング!!」

咄嗟に《ディストラクトウィング》を放ったニーウが《エル・ダガン》に肉薄した。十字に切りつけられた《エル・ダガン》は大きく怯んだが、絶命には至らない。

「助かりましたよ、ニーウさん…!」

フェデルタは怯んだ《エル・ダガン》の真横に着地すると、力を溜めて大きく蹴り上げた。フェデルタの放った《エリアルシューティング》は見事に《エル・ダガン》のコアを捉え、打ち砕いたのだった。

「やったぁ!!やるじゃないかフェデルタ!!」
「いえ…君も中々の実力ですね、ニーウ。」

白い歯を見せて笑うニーウと、静かに微笑するフェデルタ。2人は軽くハイタッチを交わすと、周囲を見回して異変に気付く。

「おや…あれほど居たダーカー達が…。」
「見当たらないねぇ、僕達にビビって逃げ帰ったのかなぁ!!」

ケラケラと笑うニーウの横で、フェデルタは顎に手を当てて思考を回転させる。

「(…妙だ、軽く迎撃してやったとはいえ敗走するような状況じゃない。だとすれば、撤退の意味は……!!)」

その時、辺りが急に暗くなり始める。ふと上を見上げたニーウが大声で叫んだ。

「えっ、うわああああああああああ!?」
「ニーウさん………!?」

上空から降ってくる何かに気付いた2人は、後方へ飛び退って間一髪で下敷きを免れる。その降ってきた物体は、禍々しいフォトンを纏いながらこちらを振り向いた。

「ダーク・ラグネ…そうか、奴らが逃げたのは『こいつ』のせいでしたか…。」
「親玉ってところかな?楽しくなってきたねぇ~!!」

突如出現した《ダーク・ラグネ》は、フェデルタとニーウを見つけるなり前脚を振り上げ、黒いフォトンの刃を無数に飛ばしてきた。

「随分とご挨拶ですね…。」
「くけけけけ、相手にとって不足は無いねぇ!!」

ニーウは目を爛々と輝かせながら魔装脚に力を込める。放たれた《グランウェイブ》は《ダーク・ラグネ》の額に直撃した。

「キャハハハハハハ!!この蹴り飛ばす感覚が最高だよぉ!!」
「あまり褒められた嗜好ではないと思いますが……。」

フェデルタはニーウの発言に小声で苦言を呈しながらも、目の前の巨大なダーカーを倒さんと追撃を試みる。《デッドアプローチ》からの《エリアルシューティング》で脚の1本をへし折ると、そのまま跳び上がって《ダーク・ラグネ》の眼前へと躍り出た。

「貫け、サテライトエイム。」

フェデルタの渾身の《サテライトエイム》は見事に《ダーク・ラグネ》の頭部に命中し、大きく怯んだ。しかし、その巨体は決して倒れることなく、反撃の雷撃を構える。

「(仕留めきれないか……ならば…!!)撃ち砕け、デッドアプローチ。」

全身に鞭打って、フェデルタは追撃を試みた。《デッドアプローチ》をもろに食らった巨大ダーカーは、その衝撃にふらふらとその場にへたりこんだ。

「ニーウさん、今です…!!」
「キャハハハハ!!遠慮なくトドメはもらうよぉ!!」

ゆっくりと自由落下するフェデルタと入れ違いに、ニーウは《ヘブンリーカイト》で《ダーク・ラグネ》の脳天目掛けて斬り上げる。そしてそのまま両手の飛翔剣に全力のフォトンを込め、振り上げた。

「吹っ飛べ、ケストレルランページ!!」

狂気の笑みと共に、双刃が閃いた。ニーウの《ケストレルランページ零式》は豪快に、そして残虐に《ダーク・ラグネ》のコアを切り刻んでいく。フォトンによって巨大化した飛翔剣の最後の一振り、そして降り注ぐフォトンの奔流が余すことなくコアに叩きつけられたその瞬間、この世のものとは思えぬ絶叫と共に《ダーク・ラグネ》の巨体が地に倒れ伏した。



それから数時間後、フェデルタとニーウは無事にアークスシップ『フェオ』のロビーへと帰還していた。そんな2人を迎え入れるのは、3人の少女たち。

「ニーウ!!かえりがおそいからしんぱいしたの!!」
「いやぁごめんごめん、つい面白そうな気配を見つけちゃってさぁ!!」
「ダーカー反応を面白がるとは、ニーウさんも相変わらずですね…それにしても。」
「まっさかニーウくんとフェーくんが一緒に居たなんてびっくりだねぇっ!!」
「僕も、このニーウさんとお嬢様方がお知り合いだとは驚きましたよ。」

紫色の長髪を靡かせる少女・Ailakは、小さな頬を目一杯膨らませてニーウに文句を言っている。その横では、2人の様子を苦笑いで見つめながらフェデルタと会話を交わすえくれあとエーテルの姿があった。

「それにしてもさぁ、フェデルタもえくれあ達の知り合いなら先に言ってくれればよかったのに!!」
「無茶言わないでください、僕がそんな事知るはずないじゃないですか…。」
「そうだよニーウ!!むりをいっちゃだめ、なの!!」
「まぁまぁ、Ailakちゃんもその辺にしといてあげてっ!ニーウくんも悪気があったわけじゃないんだしっ!」

エーテルに窘められて、漸く頬をしぼませたAilak。

「それより、僕おなか減っちゃったよぉ、皆で何か食べに行かない?」
「それは名案ですね。お嬢様方、いかがでしょう?」
「いいねぇっ!!そういえば、この前唐揚げ定食の美味しい店がオープンしたって……。」
「……姉さん、何定食と仰いました?」

エーテルの何気ない発言に、何故か食いつくえくれあ。Ailakは何かを察したのか、慌てて話題を変え始める。

「あ、ええっと、わたしカレーがいい!!カレーがたべたいの!!!えくれあもエーテルおねえちゃんも、それでどう?」
「Ailakはいつもカレー食べてるじゃないかぁ~」
「ちょっとニーウはしずかにしててほしいの!!あの、フェデルタ…は、カレーはきらい?」

Ailakはおそるおそるフェデルタに問いかけた。声が若干緊張しているのは、フェデルタが完全な初対面だからだろうか。

「…いえ、僕もカレーは好きですよ。お嬢様方に、たまにスパイスから調理させて頂く事もある程度には理解があるつもりです。」

フェデルタの返答を聞いた瞬間、Ailakの表情がぱぁっと明るくなった。

「……!!ほんとなの!!わたしも、こんどたべさせてもらいたいの!!じゃあフェデルタもいっしょに、みんなでカレーたべにいくのっ!!」
「結局こうなるんだなぁ…でもAilak、随分フェデルタに突然愛想良くなったじゃないか?」
「うん!!だって、カレーずきのひとにわるいひとはいないの!!」
「(Ailakさん…それでいいんですか……。)」
「えくれあちゃん、微妙な顔して、どしたのっ?」
「え、ああいや、なんでもありません。それより、早速向かいましょうか。」
「「「おーっ!!!」」」

えくれあの声にAilak・ニーウ・エーテルが元気よく反応し、5人は揃って歩き始める。こうしてニーウとフェデルタ、2人の少年の出会いの1日が、ゆっくりと幕を降ろしていったのだった…。