過去と未来

暗闇の中を、1人の少女が駆ける。行けども行けども先は見えず、その少女は宛も無くひたすら走り続けていた。

「ここは一体…姉さんもフェデルタさんも、どこに行ったのでしょう…。」

少女・えくれあは足を止め、周りを見渡した。すると突然、ある一点に光が差すのが見て取れた。えくれあは躊躇いもせず、その光の方へと再び走っていく。

「あなたは…フェデルタさん…?」

えくれあが見たのは、蒼い髪の毛に質素な服の後ろ姿。えくれあの声に応じて、その少年は振り返った。

「やはりあなたでしたか、ここは一体……!?」

えくれあが問いかけたその時、暗闇だった周囲が突如光を取り戻し、何やら神殿の様な風景が顕になる。そして、フェデルタの隣に居る白髪の長身男性の姿も現れた。

「その方は…誰です?」

えくれあの問いに、フェデルタは答えない。代わりにその男がえくれあへ振り向く。皺の入った肌に傷が散見されるが、表情の大半が霞がかかったようにぼやけている。しかし、その状態ですらはっきり分かるほどに、その男からは圧倒的な殺気が放たれていた。

「(ダメだ、この人には勝てない…逃げなければ……!?)」

えくれあはその男から離れるために足を動かそうとしたが、何故か微塵も動かす事は出来ない。じわじわと男が詰め寄ってくるが、どうすることも出来ないまま、えくれあは呆然と立ち尽くすしかなかった。やがて男がえくれあの目の前までやって来る。190はあろうかというその大男の右腕には妖気を溢れ出させた1本の刀が握られていた。

「くっ…来るな……」

その刀はゆっくりと振り上げられ、そして。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「えくれあちゃんっ!?」

えくれあは目を見開いて周囲を見渡す。先程までの大男も神殿も無く、そこにはテミリの街の宿屋の部屋と、驚いた様子でえくれあの顔を覗き込むエーテルの姿があった。

「ゆ、夢……?」
「えくれあちゃん、大丈夫…?」
「え、ええ…少し夢を見ていただけです、大丈夫……。」
「何やら叫び声が聞こえましたが…どうしました?」

えくれあが落ち着きを取り戻し、エーテルが安堵しているところへ、フェデルタが戻ってきた。どうやらえくれあの朝食を用意していたらしく、その手には湯気の立ったお粥が載せられていた。

「っ……!!」
「えくれあちゃん、どしたのっ?」
「あ……いえ、なんでも…」
「朝食を用意しましたので、どうぞ召し上がってください。」
「あ、ありがとうございます…。」

えくれあは恐る恐るフェデルタの作ったお粥を口に運ぶ。たちまち口の中に熱気と米のほんのりとした甘さが広がり、空腹を刺激された少女は次々にお粥をかき込んでいく。

「美味しい…。」
「でしょっ!わたしもさっきたくさん食べちゃったよ~っ!!」
「姉さんのたくさんって……。」
「ふふ、僕もまさか2回もお粥を作ることになるとは思いませんでしたよ。」

そう経たない内に完食したえくれあは、眠そうに目を擦って再び掛け布団を身体に乗せ始めた。

「また少し休みます…、何とか明日には出発したいものですが…。」
「無理しない方がいいよ、ゆっくり休んでねっ!!」
「はい、おやすみなさい…。」

そう言うと、えくれあはたちまち目を閉じて眠りの中へと落ちていった。先程までのうなされた様子はなく、幾分安らかな寝顔を浮かべている。

「……よしっ、えくれあちゃん寝たみたい…行こっかっ!」
「はい……って、どこへですか……?」
「まぁいいからいいからっ!!」

えくれあが寝たことを確認するが早いか、エーテルはフェデルタの手を掴んで走り出す。フェデルタは訳も分からないまま、彼女に引っ張られて宿屋を出ていくのであった。

2人がテミリの街を抜け出してデュルネー砂漠に着いた頃、日差しは随分高い南東の方角から大地を焦がしていた。

「こんな所に連れてきて…どうするつもりですか?」
「…ふぅ。えっとね、私にも教えてほしいんだ。」
「教える…?」
「うんっ、フェーくんが使ってた魔法弾…だっけ?わたしにも、教えてほしいの。」
「…昨日の相談とはその事ですか。」

フェデルタは合点が行った表情でエーテルを見返す。

「そうなんだ。ダメ…かなっ?」
「…なぜ、エーテルさんは強くなりたいんですか?」
「…うーんとね、話すと長くなっちゃうかもしれないんだけど…聞いてくれる?」
「ええ。」

フェデルタが頷いたのを見ると、エーテルは深呼吸を一つして、ゆっくりと話し始めた。

「昔、まだアカデミーの初等部だった頃なんだけどね。今とは違ってえくれあちゃんはとっても明るくて、友達もたくさん居たんだっ!反対にわたしは勉強も苦手で運動もできなかったし、背だけは高くてよくクラスの子にからかわれてたんだ…えへへ、そこは今でもあんまりかわんないかなっ?」
「あのえくれあさんが、ですか…こう言っては失礼ですが、意外ですね。」
「でしょ~っ!それである日ね、いつもみたいにわたしの事からかってた男の子達が、わたしに石を投げたの。きっと悪ふざけだったと思うんだけど、たまたま私の頭に当たっちゃって。わたしどんくさいから避けられなくて、えへへ…そこをね、えくれあちゃんが見つけちゃったんだ。」

フェデルタは目を閉じ、静かにエーテルの話に聞き入っている。

「そしたらえくれあちゃんすっごく怒ってね?『私の姉ちゃんに何するんだ!!』って男の子達に突っかかったの!わたしびっくりして何にも出来なくて。でも、わたしと同い年の男の子達だったから、いくらえくれあちゃんでも大勢相手じゃ勝てなくって、反対にえくれあちゃんまで虐められちゃって…」
「そんなことが…。」
「でもね、その時変だったんだ。えくれあちゃん色んなとこ怪我してたんだけど、突然両眼が紅くなって大きな声出したと思ったら、気が付いたら男の子達の方が大怪我してて、泣きながら帰っていったの。」
「…それは…!!」
「う~ん、わたしもよく分からないんだけど…ただ、その日からわたしがいじめられる事はぱったりなくなって、友達もちょっとずつ増えてきて。代わりにえくれあちゃんは男の子達を1人でやっつけた噂が広まって段々一人ぼっちになって…その頃からなんだ、えくれあちゃんがわたしにまで敬語で話すようになっちゃったのは…。」
「そう…でしたか……。」

エーテルは再び深呼吸をすると、いつになく真剣な表情でフェデルタを見つめる。

「だからね、わたし強くなりたいの。昨日盗賊と戦った時のえくれあちゃんが、昔と同じような感じがしたから…また、1人で無茶して遠いとこまで行っちゃうような気がしたから……っ!!」
「…分かりました。」
「それじゃあ…っ!!」

エーテルは目を輝かせたが、フェデルタの表情は至って冷静そのものだった。

「ですが、昨日のエーテルさんの動きや魔力を見させていただいて、はっきり分かることがあります。正直に言いましょう、エーテルさんが魔法弾及びそれに準ずる技術を会得することはまず不可能です。」

その瞬間、エーテルの表情がみるみる内に沈痛なものへと変わっていく。

「そんな…どうして……っ!!」
「魔法弾は高等技術です、僕も3年の年月をかけてようやく扱うことができました。えくれあさんがいとも簡単に魔法剣を放ってみせたのは、ひとえに彼女の才能の賜物と言っていい…その彼女ですら一発放つのがやっととなればエーテルさん、あなたでは…」
「分かってるっ!!分かってるよっ!!わたしがどれだけダメな子かなんて、わたしが一番分かってるよっ!!!!でも…これ以上、えくれあちゃんにばっかり…辛い思い、させたくないよ……!!」
「…話を最後まで聞いてください。僕は確かに『魔法弾は』扱えないと言いました。ですが、あなたが強くなる手助けができないとは言っていませんよ。」
「それって…?」
「どうなるかはエーテルさん次第、ですがね…。あなたが最後に放ったパーシストアロー、あれは驚異的な威力でした。まだ相当不安定でしたが、アレを安定させつつエーテルさんの得意なものを付加して撃ち放つ事ができれば…エーテルさん、それはあなただけの武器になります。」
「わたしだけの…武器…」
「そうです。だから僕の方から手取り足取り、という訳には行きませんが…相談とアドバイスくらいなら、できないこともないでしょう。」

フェデルタの言葉で、徐々に目に光を取り戻した始めたエーテル。涙を服の裾で拭うと、そこにはいつもの屈託の無い笑顔が戻っていた。

「ありがと、フェーくん!!正直、わたしにできるか自信無いけど…頑張ってみるっ!!」
「その意気ですよ、エーテルさん。早速始めますか?」
「うんっ!!えくれあちゃんが起きるまでに戻らなきゃだから、ちょっとだけだけどっ!!」

そうして、未熟な1人の賞金稼ぎが小さな1歩を踏み出した。その小さな一歩は、彼女に取って大きな意味を意味を持つ一歩だが、今の彼女には知る由もない。2人が特訓を終えてテミリの街に戻った頃、空の最も高い場所から、突き刺すような日差しが彼女達を照らし出していた…。