たったひとりのための英雄

惑星リリーパの地下坑道。フィリアを説得し、ついにその出口まで辿り着いたえくれあ達。しかし、そこに待ち受けていたものは、余りにも大き過ぎる試練だった。

「えくれあちゃんっ、どうしよう…っ!?」
「どうするもこうするも……」

巨大なるダーカー《ダーク・ビブラス》。えくれあがその巨体を見上げると、大きな角を備えた邪悪な顔と目が合う。

「やるしか…ありません……!!」

えくれあが《ブランノワール》を抜いて駆け出した。《ダーク・ビブラス》の足元まで辿り着くと、そのままその巨体を駆け上っていく。

「斬り裂け、ヘブンリーカイト…!!」

えくれあは勢い良く跳び上がって《ダーク・ビブラス》の顔面を斬り上げた…しかし。

「っが……」
「えくれあちゃんっ!!」「えくれあさん……!!」

えくれあの斬撃を意にも介さない《ダーク・ビブラス》は、そのまま右腕でえくれあをはたき落とした。えくれあは為す術無く、エーテル達の眼前の地面に叩き落される。

「……っぐ、…かはっ………」
「えくれあちゃんっ!!しっかりしてっ!!」

咄嗟にえくれあを抱き抱えて《レスタ》を放つエーテル。しかし、えくれあはエーテルの手を掴んで声を絞り出した。

「…姉さん、逃げて…ください……フィリアさんと、一緒に……」
「えくれあちゃんも……っ!!」
「私は……ダメです…今の衝撃で、足を…やられた、みたいです……なんとか時間は稼ぎますから…早く……」
「そんなっ!?」

エーテルが悲痛な叫びを上げた。フィリアも涙を浮かべてえくれあを見つめている。

「すみません…フィリアさん、偉そうに言っておきながら…私は、ここまで…みたいです……」
「えくれあさん……」
「でも、あなただけは…必ず、生きて帰って……!?」

えくれあは朦朧とした意識の中でフィリアに呼びかけていた。しかし、ぼやける視界に映った光景に目を見開いた。

「2人とも…何を……!?」
「何って…決まってるよ、そんな事…っ!!」
「えくれあさんがしてくれた事を…私達もするだけです……!!」

エーテルとフィリアが、えくれあを庇うように《ダーク・ビブラス》に立ち塞がった。その手には、それぞれ《ビビッド・ハート》と《ノクスネシス》が握られている。

「バカな…無理です、あなた達では……」
「そうかもしれません……だけど」

フィリアはそう言うと一歩前へ踏み出した。エーテルもそれに倣って前に歩み出る。

「あなたを置いて逃げるなんて……」
「できるわけないっ!!」

エーテルとフィリアが身構える。そして《ダーク・ビブラス》がゆっくりと動き出した、まさにその時だった。

「あれは……」

えくれあは、一瞬視界の端に何かを捉えた気がした。そして次の瞬間、ダーク・ビブラスは何かに突き飛ばされるようにバランスを崩す。

「えっ……」
「まさか……っ!?」

それは、まるで蒼い閃光のように。瞬く間にフィリア達の前に現れ、《ダーク・ビブラス》に立ち塞がった。

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突如現れた、蒼い人影。それは、3人がよく知っている人物だった。

「……遅くなってしまい、申し訳ありません。えくれあお嬢様、エーテルお嬢様…フィリアさん。」
「フェーくんっ!!」
「あっ……」

エーテルの目が大きく見開かれる。フィリアはその場で絶句して立ち尽くしていた。

「フェデルタさん、それは……」

えくれあが問うたもの。それは、フェデルタの背中に備わった見慣れない剣だった。

「……使うつもりは、無かったのですが。緊急事態…ですから。」

フェデルタはそう呟くと、手に持った《デュアルバード》を腰に納めた。

「システムアクセス…ログイン。リミッターレベル10、解除。」
「それって……!!」

フィリアは思い出した。以前、えくれあとエーテルが暴走した時にフェデルタが同じような事を呟いていたことを。

「…以前とは、少し違いますよ。」

フェデルタはそう言うと、背中の《セイカイザーソード》に手を掛けた。

「……その身に刻め、フラッシュオブトリック。」

刹那、フェデルタの姿が消えた。と、ほぼ同時に《ダーク・ビブラス》の頭部がアッパーを食らったように打ち上がった。

「…敗北を刻め、ライジングエッジ。」

立て続けに、フェデルタは神速の速さで剣を振るった。《ダーク・ビブラス》が抵抗できないほどに、速く、鋭い斬撃が幾度となく降り注いだ。

「すごい…あんな動き…っ!!」
「あれは…まさか、ヒーロー……?」
「ヒーローって……?」

聞き慣れない単語に、フィリアが疑問を浮かべた。

「私も噂でしか知りませんが、今認可の申請をしているらしい新クラスですよ。あの異常な動き、他には考えられませんが…しかし、何故フェデルタさんが……?」

えくれあが流血する腹部を押さえながら呻く。すると、丁度《ダーク・ビブラス》がフェデルタを叩き落とそうと右腕を振り上げていた。

「フェーくんっ!!」
「…無為と知れ、ヴェイパーオブバレット。」

フェデルタは手からフォトンの弾のような物を撃ち出しながら後方へと飛び退る。間一髪、《ダーク・ビブラス》の腕を躱したフェデルタは、背中越しにフィリアへ言葉を紡いだ。

「…僕は、迷っていました。旦那様から今回の一件について聞いた時…僕が君の前に姿を現して、本当に良いのだろうか…と。」
「あっ……」
「僕は……君の兄じゃない。例え奴の言ったように、この身体が君の兄の物だったとしても……僕は、フェデルタ・バトラーというこの人格は、外でもない僕自身のもの……けれど。」

フェデルタは《セイカイザーソード》を背中に収め、再び《デュアルバード》をその手に握って歩き出す。

「時々、僕以外の誰かの存在をこの身体から感じることがあった。それが何なのか、初めは分からなかった……でも、今なら分かる。」
「私…私は……!!」
「フィリアさん……いや、フィリア。僕は、君の兄じゃない。けれど、君の兄がそうしたかったように、僕も………君を守りたい。今は、そう思う。だから僕は、ここに居るんだ。」
「フェデルタ…お兄ちゃん……!!」
「……ありがとう、僕を『兄』と呼んでくれて。」

そして、フェデルタは走り出す。《ダーク・ビブラス》が発射した巨大な赤黒いエネルギー弾に真っ直ぐ駆け寄り、当たる寸前で身を翻す。その勢いを保って地面を蹴って跳び上がったフェデルタは、《デュアルバード》の銃口を迷いなく《ダーク・ビブラス》に向けた。

「この銃弾で…僕は、『妹』の未来を照らす…ブランニュースター……!!」

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それから数十分後、えくれあ、エーテル、フェデルタ、フィリアの4人は救護にやってきたキャンプシップに収容されていた。

「ふふっ、フィリアちゃんぐっすりだねっ!!」
「えぇ、おかげで到着するまで僕は動けそうにありません…えくれあさんは、傷の様子はいかがですか。」
「えぇ、何とか…かなり痛みますが。不思議なものですね、さっきは命を捨てる覚悟さえあったのに…今はとにかく痛みを和らげたくて仕方ありません。」
「えっへへ~、えくれあちゃんもわたしの膝で寝ていいんだよ~っ?」

フェデルタに抱き抱えられながら眠るフィリアを指差したエーテルが、冗談交じりに笑う。するとえくれあは言われるがまま、自分の頭をエーテルの膝に預けた。

「そうですね、私も少し休みます。着いたら起こしてください……」
「ふぁっ!?ちょっとえくれあちゃんっ!?」
「…ははは、えくれあお嬢様もそれだけ頑張った、ということです。」
「そりゃあえくれあちゃんはいっつも頑張ってるよっ!!でも、わたしに素直に甘えてくれるなんて……明日は雪だねぇっ!!」

エーテルの少しズレた発言に突っ込むこともなく、フェデルタはキャンプシップの窓から外を眺めた。

「雪……ですか。悪くないかもしれませんね。」

気が付けば彼らのキャンプシップは、アークスシップ一番艦『フェオ』の目前まで辿り着いていた。

「さて…2人を起こす……のも可哀想ですね、このままメディカルセンターまで運びましょう。」
「うんっ!!足がもつれないように頑張るよっ!!」

エーテルが鼻息荒く腕まくりをしてみせる。それを見たフェデルタがくすりと微笑む。そんなのんびりとした日常がその空間に流れる。けれど、彼らは知っていた。その日常が、当たり前ではないことを。そして、取り戻した日常を繋ぎ止め、そして明日を切り拓くため、少年少女はキャンプシップを降り、希望に満ちた新たな一歩を歩んでいくのだった………。