ここはアークスシップ一番艦「フェオ」の居住区の一室。まだ薄暗いその部屋の中では、1人の少女が微睡んでいた。
「ん……ふぁ…………」
不意に、その少女は大きな欠伸をして起き上がる。小さな身体を目一杯伸ばしてから、枕元に置かれた眼鏡を手に取った。
「あれ……姉さんがいない……?」
少女はベッドから降りると、まだ覚束無い足取りで隣の部屋へと歩き出す。そして、自室のドアを開こうとしたその時だった。
「えくれあちゃんおはよおおおおおっ!!!」
ドアは少女の意図とは無関係に開き、反対側から長い金髪を靡かせた長身の女性が姿を現して声を上げた。
「…………あの、煩いんですけど……今何時だと思ってるんですか…………」
少女─えくれあは眠たそうに目を擦りながらその女性、姉のエーテルを見上げた。
「だってだってっ!今日はみんなでお買い物だよっ!!遅刻したら大変だもんっ!!」
「……姉さん、今日の集合は何時だか覚えていますか?」
「うんっ、お昼の12時集合だよっ!!」
「…………今は、何時ですか……」
「うんっ、朝の4時半だよっ!!」
「………………はぁ。」
えくれあの慌ただしい1日は、こうして始まった。
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その後、2人は惑星・地球の東京エリアに降り立っていた。時刻は、午前11時30分を少し過ぎている。
「到着っ!相変わらずすごい人の数だねぇ〜」
「えぇ…まだ、どなたも来ていないようですね。」
えくれあは時間を確認しながら辺りを見回している。しかし、彼女の身長では人混みの中で人を探すのは困難を極めた。
「あっ、えくれあちゃん見て見てっ!!」
「あれは……」
エーテルが雑踏の中から見慣れた人影を見出して叫ぶ。えくれあもそちらの方へ顔を向けて背を伸ばすが人混みに飲まれてしまい、結局その正体を認めることができたのは人影達が目前まで近付いて来てからだった。
「おはようございます、えくれあさん。」
「エーテルちゃんもはろろ~ん!!」
「わたしもいますけど!!えくれあちゃんもエーテルちゃんもおはよ~!!」
「すまないな、遅くなった。」
歩み寄ってきたのは、すずしろ・エオリア・フォン・シャルラッハ…「Re:Busters」の面々だった。
「おはようございます皆さん。私達も今来たばかりですので、どうかお気になさらず。」
「あぁ…しかし、どうもこういった場所は慣れないな…」
「えっへへ~それならわたしにまっかせなさいっ!!」
どこか居心地が悪そうに周囲を見渡すシャルラッハに向けて、エーテルが自慢げに胸を張った。
「私もこういった場所にはあまり来ないので…頼りにしていますね、エーテルさん。」
すずしろが大真面目な顔でエーテルに敬礼をしているのを見て、エオリアがくすりと笑ってからえくれあに向き直った。
「ヘイ、マスター!!今日は私達だけって感じー!?」
「あ、いえ…そろそろ来ると思うんですが……」
えくれあが自信無さげに答えた、ちょうどその時だった。
「お久しぶりですね。少し待たせましたか?」
「いえ、まだ余裕がありますよ。ご無沙汰してます……ネフェロさん。」
無表情でえくれあと会釈を交わしたのは、「Pastel*Gear」のマスターを務めるネフェロだった。
「ふふ、えくれあちゃんもエーテルちゃんも久しぶりだね。」
「2人とも元気そうで良かった!!一層頼もしくなったみたい!!」
「この前の防衛戦以来かしら?お招き感謝するわ。」
「ふじやまちゃんと梅ちゃんに枝さんもっ!!ひっさしぶり~っ!!」
エーテルが叫びながら飛び込んで行ったのは、同じく「Pastel*Gear」のメンバーのふじやまと梅、そして枝の3人だった。
「さて、これで全員揃いましたね……とりあえず、皆さん困ってるから姉さんはその辺で自重してくださいね。」
「ぶーっ!!けちーっ!!」
「変わってないね、2人共。」
ふじやまが微笑むと、和やかな空気が周囲にも伝播していくようだった。
「さて、出発しましょうか……おや?」
そう周囲に促した時、視界の端に紫色の影が走ってくるのが見えたえくれあは足を止めた。
「おーい!!!!みんなー!!!!」
「あれ…アイラクちゃんだっ!!」
エーテルが指を差して叫ぶと、他の面々も一斉に振り向いた。紫の少女・アイラクは、えくれあ達の元へ辿り着いて顔触れを認めると一層顔を輝かせた。
「すごい、みんないっしょなの!!きょうはなにかおしごとなの?」
「ふっふっふ…私がお答えしようッ!!なんとッ!!今からみんなで…ッ!!」
「クリスマスプレゼントを買いに行くんですよ。」
「ずてーん!!!何でさらっと言っちゃうのさーっ!?」
エオリアとすずしろのコント地味たやり取りを見たアイラクは反応に困ったのか、目を丸くしてオロオロしてしまう。
「……あの、何だかすみません…。」
「あ、あはは…だいじょうぶなの…」
「そうだ、アイラクちゃんも一緒にお買い物行こうよっ!!みんな良いよねっ?」
エーテルがアイラクと目を合わせてにっこり微笑んでから、今度は背後の仲間たちに振り返ってから再び微笑んだ。
「もちろん、異論は無い。」
「私も賛成です。」
「わぁ…!!みんな、ありがとう!!」
シャルラッハとネフェロが頷く。他の面々も、誰一人反対する者は居なかった。
「では、改めて出発しましょう…!!」
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それから数十分後、えくれあ達はいくつかのグループに分かれて各々の目当ての物を探し始めていた。
「このお洋服かわいいわね!!」
「わかるっ!!あっ、でもお高いねぇ~…」
「あ!あのお店何だか安そうですけど!!行くわよエーテルちゃん!!」
「おーーっ!!!」
「…あの2人、良く似てるね。」
「は、ははは……はぁ…」
怒涛の勢いで店を回るのは、フォンとエーテルの2人だ。その2人を見守るように、えくれあとふじやまが後を付いていく。
「ふじやまさんは、何を買う予定なんですか?」
「んー、特に決めてないけど…もし良いものが目に入ったらそれを買うことにしようかな。えくれあちゃんはどうするの?」
「私は…マフラーを買おうと思っています。姉さん、妙に寒そうな格好をするので…」
「そうなんだ…?」
「…何です?」
「ううん、彼氏とかじゃないんだな、と思って。」
「かっ!?……こほん、そんなものに現を抜かしている暇はありません。」
顔を赤らめながら必死に平静を装うえくれあ。それを見たふじやまは思わず吹き出した。
「……ふふっ、冗談だよえくれあちゃん。ほら、2人を見失っちゃうから行こう?」
「………むぅ、そうですね、行きましょう…!!」
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ちょうどその頃、別のエリアではエーテル達とは対象的な様子の女子グループも形成されていた。
「……クリスマスプレゼントとは、何を買うのだ。」
「さぁ。」
「…エーテルさん、どちらへ行かれたのでしょう。」
「(……うん、何だかそんな気はしてたわ…。)」
店のウインドウの前で硬直しているのは、シャルラッハ・ネフェロ・すずしろの3人。その様子を枝が苦笑いを浮かべながら眺めている。
「みんな、プレゼントを贈りたい相手は決まっているのかしら?」
「相手か……」
「……考えてもいませんでしたね。」
「私は、姉に何かを贈ろうと思っています。」
「なら、その相手に似合いそうな物を選べばいいんじゃないかしら?」
枝の言葉に、再びしばらくの沈黙が流れた。
「(さて、どうする…たまにはリアンに何か買ってやるか…)」
「(兄さんが喜ぶ物…?地球に槍など売っているでしょうか…)」
「(クロ姉…手袋とか喜ぶかな……)」
「え、ええっと…?」
枝ははじめ、困惑した様子でシャルラッハ達を見守っていたが、やがて3人はそれぞれ無言のままバラバラの方向へ歩き出した。
「え、えぇ…?………まぁいっか。それより私も普段のお礼も兼ねて、PRETZくんに何か買ってあげようかしらね。」
一瞬呼び戻そうか逡巡した枝だったが、直ぐに吹っ切れた様子で自分の買い物をすべく目の前の店に入っていくのだった。
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「このお店、可愛いものでいっぱい!!」
「わぁ、おかしもおいてあるの!!とってもいいおみせなの!!」
「ううむ…こんなにかわいいものをショウちゃんに着せたら普通の女の子に…む、この服はアルちゃんに…いや、これはサイズが大きすぎるわね…特に胸元が。」
ファンシーな雰囲気の店の中には、アイラク・梅・エオリアの3人の姿があった。
「あっ、これ……ねぇうめおねえちゃん!!エオリアおねえちゃん!!これみてほしいの!!」
「これって…靴下?でも、2足もどうするの?」
梅が首を傾げると、アイラクはにっこりと笑って答えた。
「ニーウとおそろいではくの!!きっとニーウもよろこぶの!!」
「お揃いかぁ…ふふふ、いいね!!私もお兄ちゃんとお揃いの物を買おうかなぁ~…」
「お揃い……お揃い……!!その手があったかッ!!」
アイラクの選んだ靴下を見ていたエオリアが、何か閃いたような表情で店の奥へ消えて行った。そして、戻ってきたエオリアの手に抱えられていたものは……。
「サンタさんのいしょうなの!!とってもかわいいの!!」
「本当だ!!あれ、でもなんか布が少ない気が……ところで、3着買うんですか?」
「ふっふっふ、説明しよう!!アイラクちゃんッ!!っと…ええっと……」
「あ、ごめんなさい!!自己紹介がまだでしたね…私、梅と言います!!」
慌てた様子で自己紹介をした梅に、エオリアがどや顔で続ける。
「そうそうッ!!梅ちゃんッ!!説明しよう、なんと私は3姉妹の長女ッ!!妹達を贔屓せずに平等に扱う私は長女の鑑なのだッ!!」
「それで3着持ってたんですね…妹想いのお姉さん、かっこいいですね!憧れます!!」
「かがみ…?エオリアおねえちゃん、かがみなの?」
きょとんとした顔で尋ねるアイラク。それを見た梅はくすくすと笑い、エオリアは額に汗を浮かべた。
「と、とにかく!!これで私達3姉妹の絆を証明してやるって寸法よッ!!(ついでに胸囲の格差社会も…くっくっく。)」
「きっといもうとさんたちもよろこぶの!!わたしもはやくニーウにくつしたをわたしてあげたいの!!」
「私はあの暖かそうなセーターにします!お兄ちゃん、喜んでくれるといいなぁ……」
それぞれプレゼントを決め、買い物を終えて店を出て行くエオリア達。そんな時、アイラクが異変に気付いた。
「あれ、ゆれてる……?」
「そうかな……あ、本当だ。少し揺れてる……?」
足元の地面が、僅かに揺れている。徐々に、徐々に、その揺れは大きくなり…そして。
「…って!!2人とも、アレ見てアレ!!」
エオリアが素っ頓狂な声を上げる。エオリアが指差す方を見たアイラクと梅は、目を数度擦って目の前の光景を疑った。
「エスカ…ラグナス……!?」
「どうしてこんなところにいるの…!?」
地響きと共に現れた白き巨体。その正体は幻創種《エスカ・ラグナス》だった。
「どうしよう…!!」
「みんなと合流しましょう!!」
「そうね、カモンマスターーッ!!!」
突如現れた得体の知れない化物から逃げ惑う市民達の波。その波に逆らうように、3人は走り出した。
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「これは……」
「…えくれあさん、ご無事ですか。」
「すずしろさん…えぇ、私は大丈夫ですが…」
たまたま《エスカ・ラグナス》の出現座標に最も近かったえくれあ達は、真っ先に現場に到着し様子を伺っていた。そこへすずしろ達が駆けつけ、やがて他の仲間達も次々に集まってきた。
「幻創種が居るんですけど!!」
「それは見れば分かる!!しかし、なぜ…?」
《エスカ・ラグナス》を見上げて叫ぶフォンにシャルラッハがツッコミを入れるが、流石に事態が掴めずに動揺の表情を浮かべていた。その時、何かに気付いたふじやまが声を上げた。
「……!!見てみんな、あそこにまだ人が…」
「何ですって…!!」
ふじやまが見つけたもの、それは《エスカ・ラグナス》の足元で震える1人の少女だった。枝は少女を認めると、素早くその地点までの間合いを計った。
「枝さん、私が陽動します。その隙にあの少女をお願いします。」
「えぇ、分かったわ。」
「…待ってください。」
えくれあが咄嗟に枝の判断を理解して身構える。その時、ネフェロが珍しく焦った様子でえくれあを制止しようと口を開いた。それを振り切ってえくれあが背中の愛剣《ブランノワール》に手を掛けようとしたが……。
「…剣が…無い…っ!?」
「あっ……!!」
違和感に気付いたえくれあが目を見開いた。枝も己の見落としにようやく気付いて声を上げた。
「そうか…私達は今日『任務で』東京に来た訳じゃないから……!!」
「…あああ!?じゃあもしかして武器の使用許可降りてないから…!?」
「…そうです。私達は今…丸腰です。」
梅とエオリアに答えるネフェロ。外見は冷静を装っていたが、声には確実に焦りが生じていた。
「私達が逃げるだけなら、十分なレンジです。ですが……。」
「あのこをほうっておけないの……!!」
アイラクが悲痛な声を上げた。すずしろも歯ぎしりをしながら《エスカ・ラグナス》を睨み付けている。今はまだそこに立っている『だけ』だが、もし一度動き出せば…。
「………!!」
「姉さん!?」
その時、突如エーテルが少女に向かって駆け出した。
「エーテルちゃん、無茶だよ…!!」
「そうだよっ!!だけど……っ!!」
ふじやまがエーテルを止めようと声を絞り出す。エーテルは一度立ち止まり、僅かに足を震わせながら背中越しに叫んだ。
「今一番怖いのは、あの子だもんっ!!」
「!!……うん!!私もそう思う!!」
エーテルの覚悟に応えたのは、フォンだった。エーテルの後を追い、止めようと伸ばされたえくれあの手を躱して少女の元へと飛び込んでいく。
「はぁ…はぁ…間に合ったっ!!もう大丈夫だよっ、お姉ちゃん達に任せてっ!!」
「っぐ……ひぐっ……ううっ……」
エーテルは一足先に少女の元へ辿り着き、その身体をそっと抱き抱える。その時、背後からフォンの声が響いた。
「エーテルちゃあああああああん!!!危ないかもーーーー!!!!」
「っ…!?」
エーテルの頭上には、遂に動き出した《エスカ・ラグナス》の左脚がまさに振り下ろされようとしていた。少女を抱き抱えながらその場にうずくまるエーテル。フォンもエーテルと共に少女を庇いながらうずくまった。
「姉さああああああああああん!!!!!」
突き飛ばされるようにえくれあが走り出す。しかし、もう間に合わない…誰もが最悪の事態を覚悟した、その時だった。
「俺と遊ぼうぜええええええッ!!!!!!!」
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高らかな雄叫びとともに、斬撃が飛ぶ。目で追えないほどの速さのその斬撃は、一瞬の内に《エスカ・ラグナス》の左脚を薙ぎ払い、吹き飛ばした。そして、エーテルの元へと走っていたえくれあの前に4つの人影が割り込んだ。
「……よぉ、助けに来てやったぜ……ッ!!!」
「あ、あなたは……!!」
「兄さん………ッ!?」
「けっ…久々に合って面倒に巻き込むんじゃねえよ、このへっぽこ姉妹!!」
「ピ、ピコーツくんっ!?」
「助けに来たぞ、フォン。」
「全く、無茶はするなとあれほど…。」
「え、ブレイズさん!?カタリさんも!?」
絶体絶命の局面、それを一瞬の内に打開したのは、ヴァシム・ピコーツ・ブレイズ・カタリの4人だった。
「ちょ、ちょっと何で武器使えるの!?そんなのズルじゃんよーッ!!」
「あぁッ!?俺達は『任務』で来たんだから当たり前だろうがッ!!」
エオリアの謎の逆ギレに、ヴァシムが笑みを浮かべながら言い返す。
「そこの虫妹が出てったすぐ後に、東京に幻創種が出やがったって情報が入ってな。俺はパスするつもりだったんだが、このクソ緑がうるさくてな…仕方なく来てやったんだ、ありがたく思いやがれ!!」
「…虫妹?誰の事です?」
「へっ、さぁてな…!!」
ピコーツの散々な言い回しに、ネフェロは助けられた恩を綺麗に忘れて睨み返していた。
「ヴァシムとピコーツがフェオを出ようとした所へ、たまたま俺とカタリが通りかかった、という訳だ。」
「…間に合って良かった。」
ブレイズとカタリが短く息を吐き、それぞれ腰の抜剣、双小剣に手を掛ける。ピコーツもそれに倣い、隣のヴァシムに吐き捨てる。
「ってな訳でアイツは俺らで仕留める、てめぇは後からのんびり着いて来な!!」
「っんだとテメェ……ッ!!」
ヴァシムが言い返そうとした時には、既に3人は凄まじい勢いで《エスカ・ラグナス》の元へ飛び込んでいた。
「お前が不運だったのは…!!」
「俺達が来たことってワケだ!!食らいやがれ!!」
「「サクラエンド!!」」
《神刀スサノオ》《神剣・天叢雲》、2本の抜剣が風に吹かれた桜吹雪の如く吹き荒れた。速く、美しく、そして強靭に放たれた2発の《サクラエンド零式》は、それぞれ《エスカ・ラグナス》の右後脚、左後脚を引き裂いた。
「これで…お前も動けまい……」
2本1対の双小剣《Liberte》が、蝶のように舞い踊る。強かに蹴り上げ、優雅に左右から切り裂いていく…舞踊の如き華麗な《ファセットフォリア》は、《エスカ・ラグナス》の右前脚を切り刻んだ。そして、4本の脚を全て失った巨大幻創種は、その場に崩れ落ちながらもその口に粘液のようなものを溜め込み始める。
「往生際が………」
そんな《エスカ・ラグナス》の頭部へ、ヴァシムが跳び上がった。その右手には鮮やかな紫が閃く魔槍《アルマゲスト》。刹那、ヴァシムはその愛槍を神業の如き速さで突き出した。
「…悪いんだよッ!!!!!」
無数の突きが、容赦なく《エスカ・ラグナス》を穿ち、砕き、貫いた。長槍の奥義《ティアーズグリッド》にその頭部を潰された巨大幻創種が、最期の地響きと共に崩れ落ちていった。
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「姉さん、フォンさん……!!」
「えくれあちゃん……っ!!」
「流石はお兄さん達ね!!おかげで助かったわ!!」
駆け寄ったえくれあに、満面の笑みを見せるエーテルとフォン。
「皆さん、ご無事ですか。」
「当ったり前だろうがッ!!俺達を誰だと思ってやがるッ!!」
「いや、お前のことじゃねえよバカ緑。」
「ぬああああんだとおおおおおおおッ!?」
ネフェロは、会話の発端となった自分を差し置いていがみ合いを始めたヴァシムとピコーツをジト目で睨み付けていた。
「む、そういえばフォン、その子は大丈夫なのか?」
「あ、そうだった!!」
フォンはブレイズの声で我に返ったように自分とエーテルに抱えられた少女を見つめた。先程の戦闘でショックを受けたのか、少女はエーテルの腕の中で気を失っていた。
「…とりあえず怪我はないようだな。」
「おうッ!!後は応援のアークス連中に任せて、俺らは帰るとしようぜッ!!」
カタリの言葉に応じたヴァシム。その笑顔に、そして彼らの圧倒的な実力に、後で見守っていた少女たちは皆、安堵していた。すずしろやシャルラッハのように歴戦の者でさえ、気が僅かに緩んでいた……だからこそ、気付かなかった。背後で起こっていた、その異変に。
「あれ、何だか暗い……?」
「……しまった…!?」
最初に梅が異変に気付くと、枝もその異変の正体に気付いた。
「嘘、そんなこと……!?」
ふじやまも目を見開いて空を見上げた。そこには、頭が半分潰れたまま、大きく跳び上がった《エスカ・ラグナス》の姿があった。
「潰される……ッ!?」
《エスカ・ラグナス》の巨体ががえくれあ達をまさに圧し潰そうという、その瞬間だった。
「ふん………」
吐き捨てるように、誰かが鼻を鳴らす音。そして、同時にどこからともなく放たれた《フォメルギオン》が空中の《エスカ・ラグナス》を襲い、たちまち跡形も無く溶かしていった。
「今のは一体……!?」
「フォメルギオン……しかし、誰が……」
「…みっともない奴らだなぁ…腹が減ってたら今すぐ食ってやるのに」
姿を表したのは、黒い髪の少年だった。しかし、その背中には明らかに異形である赤い翼が備わっていた。
「うめ!!どうしてここにいるの!!」
「……あんまりうるさいと殺すよ。」
「あう、ごめんなさいなの…」
少年の元へと駆け寄って抱き着こうとするアイラクを、少年は少しだけ面倒臭そうに振り払う。
「アイラクさん、お知り合いですか?」
「うん!!うめはわたしのだいじなともだちなの!!」
アイラクが少年を「うめ」と呼ぶ度に、エオリアの後で梅が僅かに身を震わせる。
「……レミーだ。」
レミーと名乗ったその不機嫌そうな少年は、そのままぷいっと振り向いてその場を立ち去っていく。
「あれ、もういっちゃうの?」
「ボクは美味そうな匂いがしたから来ただけだ…おいお前ら、次にそいつを危ない目に遭わせたら…お前らまとめてボクが食ってやる」
それだけ言い残して、レミーはすたすたとその場を立ち去って行った。
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その晩、無事に『フェオ』に帰投した一行はそのまま解散し、えくれあ達も自室に着いて早々に身体をベッドに潜り込ませた。
「それにしても……とんだクリスマスになってしまいましたね。」
「えっへへ~、でもわたしは楽しかったな~っ!!」
「……私は生きた心地がしませんでしたよ。」
えくれあは溜息を付いてエーテルに背中を向ける。
「……ねぇ、えくれあちゃんっ?」
「…何です?」
「また来年も、みんなでクリスマスやりたいねっ!!」
「そうですね……」
えくれあは背中を向けたまま、ゆっくりと目を閉じて言葉を紡ぐ。
「姉さんの言う通りですね、今回は結局皆さんとゆっくりお話する場もありませんでしたし。」
「クリスマスと言わずに、もっと早くてもいいよねっ!!」
「…まぁ、そうですね。予定が合えばいいですが。」
そう言いながら、えくれあも口元に微笑を浮かべた。
「…そうだっ!今度はあのレミーって子も呼んであげようよっ!!」
「え、呼ぶんですか…あまり穏やかな方には見えなかったのが不安ですが……」
「んー、きっと仲良くなれると思うんだけどなぁ~…」
エーテルは眉を八の字にしながら口を尖らせた。
「…まぁ、縁があればまた会うこともあるでしょう。その時に、また考えればいいんじゃないですか。」
「そうだね~…あっ、そうだえくれあちゃんっ、ちょっとこっち向いてっ!!」
「何ですか…?私、もう眠いんですけど……」
「まぁいいからいいから~っ!!」
えくれあは内心は面倒臭がりながらも仕方なくエーテルの方へ寝返りを打つ。その瞬間、えくれあは自分の額に温かく柔らかい感触を感じた。
「……えっへへ~、買ったプレゼントは戦ってる時にどこかに行っちゃったから…わたしからのプレゼントねっ!!おやすみっ!!」
「………っ!?」
その感触が姉の唇だと気付いた時には、もう既にその口からは寝息が聞こえてきていた。えくれあは全身が熱くなるのを感じながら慌てて掛け布団を深く被ったが、結局その日は東の空から薄明かりが差し込むまで眠れなかったという………。