First Contact

冬が終わり、春の陽気がほんのりと香る頃。アークスシップ『フェオ』のロビーに佇む1人の少女の姿があった。

「…これから、どうしましょうか……。」

アークスの少女えくれあは、途方に暮れた様子でぼんやりとロビーのベンチに佇んでいる。時々、行き交うアークス達の方に目をやりながらも、その評定はどこか虚ろだった。

「今までチームを転々としてきた私ですが…まさか、自分がマスターとしてチームを設立することになるとは……。姉さんに乗せられて、迂闊なことをしたものです…。」

えくれあは誰ともなしに呟きながら、数日前の姉・エーテルの言葉を脳裏に思い起こす。

(「簡単だよえくれあちゃんっ!!チームをとっかえっこするのが嫌だったら、えくれあちゃんのチームを作っちゃえばいいんだってっ!!」)

「…何がいいんですか……私にそんな真似ができる訳が……」

えくれあが言いかけたその時、人の流れを遮って動くが一つ。その人影はえくれあの元へ真っ直ぐに歩み寄り、立ち止まった。

「…?(誰でしょう、この人は……?)」

白い短髪と端正な顔立ち、そしてえくれあより幾分か背の高い、その女性。そう、全てはここから始まった。これは、彼女とえくれあが初めて出会った日、そして名も無き反逆者達の、始まりの物語である。



「あの……私に何か御用が?」

えくれあは、目の前に直立したまま自分をじっと見据えるその女性に恐る恐る声をかける。すると女性は、表情を変えぬままにゆっくりと口を開いた。

「あなたがえくれあさんですか?」
「え、あ、はい、そうですが…?」
「では、貴女が『Re:Busters』のチームマスターに相違ありませんか?」
「はい……。」

えくれあは困惑を表情に出さぬよう、何とか押し隠しながら質問に答える。

「では、私を貴女のチームに加えていただけませんか?」
「!?」

今度は内心を隠し切ることができず、驚嘆の表情を浮かべるえくれあ。

「あ、あの…」
「…あ、そういえば自己紹介をしていませんでした。私はこういう者です。」

言うなり、女性はアークスカードを取り出してえくれあに差し出した。そこには彼女の名前とクラスが示されていた。

「すずしろさん…ですか。ブレイバーのクラスの方なのですね。」
「はい…何か、不都合などがあるでしょうか?」
「いえ、不都合はないのですが…どうして私の事が分かったんです?それにチームの事も…まだ、私含めて2人しかいないチームなのに…。」

えくれあは率直な疑問をぶつけてみる。しかし、すずしろは涼しい顔をして事も無げに応えた。

「チームの事は募集掲示板に情報が載せられていたことで知りました。チームマスターの名前も表示されていたので、貴女の事は少しだけ調べさせてもらっただけです。」
「そうでしたか…。」
「…それで、チームには加えていただけるのでしょうか。」

えくれあは腕を組んで思案し始める。

「(いざこうして加入希望の方が来るとどうしたものか…人間性も実力も測れぬまま引き入れるというのは……)」

しばらく考え込んだ後、えくれあはゆっくりと口を開いた。

「…分かりました。あなたの入団希望を承認します…ただし。」
「ただし…何でしょう。」
「私と一度任務に同行して頂けますか?あなたがどんな人か、知りたいんです。」

すずしろは、ゆっくりと頷いた。それを見たえくれあもまた、頷いてからクエストカウンターへと歩き出した。



1時間後、えくれあとすずしろは惑星ナベリウスの凍土エリアに足を踏み入れていた。

「…相変わらず、ここは寒いですね……。」
「そうですね。」
「(…やりづらいですね、これは……。)」

えくれあの発言に淡々と返事をしてそそくさと歩き出すすずしろに、えくれあは内心舌を巻いていた。

「(とても上手くやっていける気がしないのですが……)」
「えくれあさん、敵影です。」
「!?」

すずしろが腰に据えた抜剣を構えたのを見て、えくれあも反射的に愛剣《ブランノワール》に手を掛ける。すると、遠くの方から《マルモス》の群れがこちらに向かってくるのが見え始めた。

「この距離で索敵を…?」
「…この程度は造作もありません。」
「(実力はかなりのものですね…恐らく、私よりも…。)」

やがて《マルモス》達もえくれあとすずしろを認めると、その歩みを速めて怒涛のように迫ってくる。

「…戦闘体勢に入ります。」
「お手並み拝見です……!!」

先行するすずしろの後にえくれあも続く。迫り来る《マルモス》達の先頭の1体をすずしろが《グレンテッセン》で両断すると、えくれあも《ディストラクトウィング》で隣の1体を屠った。

「見事な腕前ですね、すずしろさん。」
「えくれあさんも、チームを設立なさるだけのことはあるようですね。」

2人はそのまま、群れの合間を斬り裂くように駆け抜けていく。やがて群れの最後尾まで駆け抜けた時、2人の背後には《マルモス》達の死体が累々と横たわるのみであった。

「制圧完了ですね。」
「えぇ…先に進みましょうか。」

すずしろが再び早足で歩き出すのを、えくれあも何とか足並みを揃えようと追いかけていくのだった。




30分ほど進んだ頃、大きく開けた場所に出たすずしろが突然急停止する。すぐ後ろを走っていたえくれあも慌てて停止し、周囲を見回した。

「えくれあさん…。」
「えぇ、いますね。それも結構な『ヌシ』が……!!」

やがて、広場の向こう側から大きな足音が響く。ドシン、ドシン、と地面を揺らしながら、その巨体が姿を現した。

「対象確認…デ・マルモスの討伐を開始します。」
「…えくれあ・エルドラド、行きます…!!」

えくれあは体勢を低くし、走りながら《ブランノワール》を抜き出した。前方のすずしろは、えくれあが名乗りを上げた瞬間に一瞬だけ眉を顰めたが、後ろを行くえくれあには気付かない。

「…グレンテッセン。」

すずしろが素早く《デ・マルモス》の前脚に斬りかかる。巨象は一瞬怯むが、すぐに鼻を振り上げてすずしろに殴りかかった。

「……!!」

すずしろは鼻が振り下ろされる刹那、フォトンを纏った抜剣を構えて《デ・マルモス》の一撃をいなした。その瞬間、すずしろの身体と抜剣は青白いフォトンに包まれた。

「私も負けていられません…!!」

えくれあも負けじと《ヘブンリーカイト》で巨象の頭頂部を斬り上げる。身体を振り回して逃れようとする《デ・マルモス》から、えくれあはすぐさまフォトンの刃を放ちながら滑空して退避する。

「一気に決めます……!!」

えくれあは再び《デ・マルモス》に肉薄すると、《ザンバース》を素早くチャージする。しかし、その隙を見逃さない巨象の大きな鼻がえくれあに襲い掛かった。

「しまった…!!」
「…援護します。」
「すずしろさん…!!」

えくれあの脳裏に、自身が《デ・マルモス》の強打で全身を砕かれる映像が浮かび上がったその時だった。すずしろが一瞬の内にえくれあと《デ・マルモス》の間に割り込み、再び抜剣を構えて鼻の一撃を防いだのだ。それと同時に、えくれあの《ザンバース》が発動し、周囲には風をまとった空間が展開される。

「…一気に決めるのでしょう。」
「っ…ええ……!!」

えくれあとすずしろは、巨象の足下でニヤリと微笑んだ。そして、次の瞬間2人の身体は高速で《デ・マルモス》の巨体を取り巻いた。風のように舞い上がった2人はそのまま《デ・マルモス》の背中に着地し、それぞれの武器を振りかざす。

「斬り刻め…ケストレルランページ……!!」
「…ハトウリンドウ。」

美しい一振りから放たれる剣圧が、そして白と黒の二振りから放たれる無数のフォトンの刃が、《デ・マルモス》の頭頂部に降り注ぐ。僅かな希望さえ許さない清白と純銀の猛攻が巨象を穿ち、その巨体は大きな音を立てて無残に倒れ伏した。




「…今日はありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ声をかけていただきありがとうございます…それと。」

帰路を飛ぶキャンプシップの中で、えくれあはすずしろの謝辞に応えた。そして大きく息を付いてからゆっくりと続ける。

「…あんなに心地よく他の方と連携を取れたのは初めてです。これからも…『Re:Busters』の仲間として、よろしくお願いします。」
「…こちらこそ、よろしくお願い致します。」

言い終えてから、2人は照れ隠しのように再び微笑んだ。そして静かな時間の流れの中、アークスシップへの到着を待った。これが、えくれあと後に『Re:Busters』のマネージャーとなるすずしろの最初の出会い。しかし、この出会いから全てが始まり、やがて大きな反逆の渦へと飲まれていくことを、2人はまだ知る由もないのであった…。