晴天の少女フィリア

じりじりとした日差しが大地を灼く季節を迎えた惑星・ナベリウス。その森林エリアの奥まった辺りを歩く、3人のアークスの姿があった。

「ねぇねぇえくれあちゃ~ん…」
「何ですか、姉さん。」
「ちょっと休憩を…」
「駄目です。」
「ちょっとっ!?返事早すぎないっ!?」
「ふふふ、エーテルお嬢様は相変わらずですね。」

えくれあとエーテルの姉妹アークスは、今日も任務中にも関わらず呑気なやり取りを繰り広げている。その様子を、蒼い少年キャストのフェデルタがにこやかに眺めている姿も、気付けばお決まりの格好になっていた。


「…それにしても、平和なものです。」
「そうですね…。ちょっと前にダークファルスが復活したとは思えないほど…」
「あれっ?フェーくんそれ内緒なんじゃないのっ?」
「ははは、これは一本取られましたね。」

エーテルが無邪気に問いかけると、フェデルタは口を開けて爽やかに微笑んだ。確かに、1週間前に【敗者】と対峙したとは思えぬほど、えくれあ達の空気は平和そのものだった。尤も、ルーサーの復活は民間人どころか多くのアークスにも知らされていないため、不穏な空気が発生することは考えにくかった。

「…あれっ?えくれあちゃんっ?」
「…?何ですか。」
「あれぇ、ここにいるんだ…」
「何なんですか……。」

エーテルが不思議そうにきょろきょろしているのを、えくれあは怪訝そうな顔で見つめている。

「う~ん…何か物音がしたんだけど……気のせいかなっ!!」
「はぁ…。」
「まぁまぁ、えくれあお嬢様もそう怒らないで差し上げてください。」

大きく溜息を付いたえくれあに、フェデルタが苦笑いを浮かべて諭したその時、行く手に大きな影が2つ現れた。

「姉さん、危ない…!!」
「えっ、ちょ、うわぁっ!?」
「くっ…出遅れた…!!」

えくれあが咄嗟にエーテルの身体を抱き着くようにして突き飛ばし、フェデルタは咄嗟に後方へ飛び退る。木の幹から飛び降りてきた2体の原生種を挟むような形で、えくれあ達は分断されてしまった。

「くっ、ファングバンサーにファングバンシーですか…!!」
「フェーく~んっ!!大丈夫~っ!?」
「えぇ、こっちは大丈夫です!お嬢様方もご無事で…くっ!!」

不安そうなエーテルの声に答えようとしたフェデルタだったが、《ファングバンサー》の獰猛な爪に襲われて止む無くさらに飛び退る。

「ふん…いい気になるな…デッドアプローチ。」

フェデルタは着地の瞬間、双機銃《デュアルバード》を素早く両手に構え、一気に加速して《ファングバンサー》の懐へ潜り込む。

「貫け、サテライトエイム。」

フェデルタの放った2発の銃弾は見事にバンサーの腹を捉え、その四本足の体躯が大きく吹き飛んだ。そのまま仕留めようと、双機銃に更なるフォトンを込めたその時だった。

「フェデルタさん!!」

えくれあの叫び声がこだまする。フェデルタが疑問に思った次の瞬間には、その身体は大きく宙に打ち上げられ、そのまま地面に叩き付けられた。

「ぐっ…一体何が……。」

フェデルタが何とか身体を起こすと、まるで《ファングバンサー》を庇うかのように《ファングバンシー》が牙を剥いてこちらを睨み付けていた。

「すみません、私が足止めしきれなかったばかりに…油断しました……。」

歯軋りをして俯くえくれあの横では、エーテルが震える手で強弓《ラムダビッグボウVer2》を引き絞っていた。

「フェーくん……っ!!」
「姉さん駄目です、この射線でもし外したら…!!」
「で、でも…っ!!」

必死に食い下がるエーテルの手は、緊張のせいか大きくぶれていて、とても命中するようには見えない。

「(こうなれば、一か八か二体まとめて追い越して割り込むしか……でも、そうすれば今度は姉さんが孤立してしまう……!!)

えくれあが葛藤していたまさにその時、戦場に1発の銃声が響いた。次の瞬間、《ファングバンシー》の身体が大きく仰け反った。

「フェデルタさん!?」
「いえ、今のは僕では……!?」

フェデルタが言い切るより早く、彼の前に1人の少女が舞い降りた。蒼いボブヘアーの下に幼さを滲ませた顔、髪の色と同化するような蒼いパーカーに身を包んだその少女は、右手の銃剣《ノクスシュディクス》を構えて叫ぶ。

「助けに来たよ…お兄ちゃん…!!」



《ファングバンシー》に睨まれたフェデルタを、突如として現れて援護した少女。それを見たえくれあとエーテルは戦闘の事も忘れてぽかんとした表情を浮かべていた。

「あ、あの、えくれあちゃんっ?わたしの聞き間違いかなっ?今あの子…」
「…お兄ちゃん?何です、あの少女は……。」

そんな2人をよそに、戦闘は再開する。

「君は、一体……?」
「大丈夫です、お兄ちゃんはわたしが助けます!!」
「だから、そのお兄ちゃんと言うのは…?」

フェデルタの問いに、少女は答えない。少女は《シュトレツヴァイ》で猛突進しながら斬り掛かり、《ファングバンシー》の脚を斬り裂く。その刹那、ようやくノロノロと起き上がった瀕死の《ファングバンサー》越しにえくれあと目を合わせる。

「……。」
「…?」
「お兄ちゃんが弱らせた『そいつ』なら、いくらお兄ちゃんの足を引っ張るあなたでも倒せますよね。そっちはお任せしますから!!」
「!?」

何故か悪意のある雰囲気を滲ませた少女は、えくれあに笑顔で吐き捨てる。そのまま銃剣を構え直した。

「行きます、クライゼンシュラーク!!」

斬撃が、銃弾が、幾度となく《ファングバンシー》の頭部を強襲する。止めの銃弾が打ち込まれた後、《ファングバンシー》は力なくその場に倒れ伏した。

「(この少女、まだフォトンの力は弱いし動きも荒削りですが…)」
「お兄ちゃん、大丈夫ですか!!」
「…えぇ。(正確にバンシーの頭を撃ち抜き続けたのは見事な腕前ですね。)」

立ち上がったフェデルタの手を、少女はにこやかに握りしめた。その背後では、起き上がった《ファングバンサー》にえくれあとエーテルが対峙していた。

「あっ、お嬢様…!!」
「えっ、助けるんですか…?」
「当然です。僕の使命ですから。」

そう言って駆け出すフェデルタの背中を、少女は寂しそうに見つめていた。



ようやく起き上がった《ファングバンサー》は番を失った怒りに咆哮し、その
獰猛な牙をえくれあ達に向けていた。

「…たしかに、先程足止めに失敗したのは私の手落ちですが。」
「あんな言い方しなくてもいいよねっ!!」
「…見たところまだ経験の浅いアークスのようでしたね。私もまだ修行が足りない身ではありますが、ここは一つ…」
「先輩の意地をっ!!」
「見せて差し上げましょう……!!」

エーテルは《リカウテリ》を大きく引き絞り、《バニッシュアロウ》を放つ。その直後、えくれあは瞬時に《ファングバンサー》に駆け寄り、《ヘブンリーカイト》で風前の灯火となったバンサーの眼前まで斬り上げた。

「…ふぅ、たまには姉さんに見せ場を譲るとしましょうか。」
「おっ、それならわたしも頑張っちゃうよ~っ!!」

えくれあの言葉を耳にしたエーテルは、表情一杯に笑顔を浮かべて接近する。

「当たって、ラ・グランツ!!」

エーテルの手から、光の矢を放つ攻撃テクニック《ラ・グランツ》が放たれる。何度も、何度も、フォトンが尽きるまでエーテルは《ラ・グランツ》を撃ち続けた。やがて、先程放った《バニッシュアロウ》が誘爆し、《ファングバンサー》の頭部が弾け飛んだ。



「で、結局あなたは何者なんですか?」
「どうしてわたしがあなたに自己紹介するんですか?」
「この娘は……!!」
「ちょ、えくれあちゃん落ち着いてっ!?」
「では、僕に自己紹介をしてもらいましょうか。」

やけに攻撃的な少女にピリピリとした感情を隠さないえくれあを、エーテルが必死になだめている。フェデルタが少し冷ややかな表情で少女に問いかけると、少女はようやく語り始めた。

「…わたし、フィリアって言います。お兄ちゃんを探す為にアークスを目指して、先月卒業したばっかりです。よろしくお願いしますね!」
「先月卒業っ!?でももうわたしより戦うの上手いかも~…」
「僕を『お兄ちゃん』と呼んでいたのは、どういう理由です?」
「どうって、お兄ちゃんと同じ顔してるからですよ!!」

フィリアの返答にえくれあ達は顔を見合わせる。

「あの、フィリアさん…。」
「フェーくんはキャストだよっ?きみはヒューマンだから、フェーくんの妹っていうのはおかしいんじゃないかな~…?」
「そもそも、僕には家族なんて居ませんよ。」

フェデルタ達の言葉に、フィリアの表情が凍り付く。

「えっ…お兄ちゃんじゃ、ないの…?」
「当然、そうなりますね。勝手に勘違いした挙句に挑発してくるとは、とんだ新人も居たものです…。」
「…ねぇフィリアちゃんっ?フィリアちゃんのお兄ちゃんとフェーくんって、そんなに似てるのっ?」
「…はい、瓜二つって言ってもいいくらいです。」

一行は沈黙し、しばしの時間が流れる。

「…フェデルタさん、何か心当たりは?」
「残念ながら何も…しかし、そこまで似ていると言われると、無下にもできませんね。」
「…やっと、やっと会えたと思ったのに……」

フィリアの目から、とうとう雫がこぼれ落ち始めた。気まずい空気が流れる中、えくれあが諦観した表情で口を開いた。

「…分かりました。フィリアさん、あなたを私達のチームに招待しましょう。」
「えくれあちゃん、いいのっ?」
「もし本当に容姿が酷似しているのなら、何か関係があるのかもしれませんからね。それに、この調子では一度突っぱねたところでストーキングでもしてきそうな勢いですし。」

えくれあの提案に、フィリアは涙を拭いながら承諾した。

「…君が兄と出会えるまで、僕達も可能な範囲で協力しましょう。どうか、そんなに気を病まないでください。」
「ありがとうございます…あ、あの!!」

優しく声をかけるフェデルタに、フィリアは突然大声を出して叫んだ。

「あの…ふぇ、フェデルタお兄ちゃんって、呼んでもいいですか…?」
「…まだ夢の中にいるつもりなら、起こして差し上げましょうか。」
「だからえくれあちゃんっ!乱暴はだめだってばっ!!」

苛々を隠さずに鞘に収まったままの《ノワール》に手を掛けたえくれあを、エーテルが慌てて羽交い締めにする。フィリアは気にもしない様子でフェデルタに抱き付いた。

「ありがとうございます!フェデルタお兄ちゃん!!」
「…何だか、妙な気分ですね。」

フェデルタはフィリアの反応にたじたじとするばかり。えくれあは漸く落ち着いたのか、冷静な声色でフィリアに再度問いかけた。

「一つだけ、教えてください。あなた、さっきから何でそんなに私に敵意剥き出しなんですか…?」
「わたし、お兄ちゃんにそっくりなフェデルタお兄ちゃんをたまたまシップで見かけてから、色々調べてたんです…本当にお兄ちゃんだと思ってたから。そしたら、何だか知らないけどあなたはやたらお兄ちゃんと距離近いし、それにさっきだってお兄ちゃんの足引っ張って迷惑かけてたから…」
「…何だか私、すごい悪者に聞こえますね…。」
「あ、ははは…フィリアちゃん、お兄ちゃんのこと大好きなんだねぇ~っ!」
「だから、お兄ちゃんのこと取られたくなくて…!!」

フィリアの声が再び大きくなったところでえくれあがすかさず遮る。

「分かりました。とにかく、私とフェデルタさんはあなたが妄想しているような関係ではありません。元々フェデルタさんは私達の家の使用人をしてくださっていただけで、それ以上でもそれ以下でもありませんから。」
「本当に…?」
「本当です。それは僕からも保証させていただきます。」

えくれあとフェデルタの言葉に、フィリアの表情が再び明るくなった。

「そうですか、それなら安心ですね!!これから、よろしくお願いします!!」
「何が安心なんですかね…まぁ、よろしくお願いしますね。」
「うんうんっ!!よろしくね~っ!!」

こうして、えくれあ達は新たな仲間を加えてキャンプシップへと歩き出した。晴天のナベリウスに突如現れた少女フィリア。しかしこの少女もまた、悲哀な運命を背負っているという事実を、この時はまだ誰も知らなかった…。