対峙

目が眩むような赤い警告灯に、鳴り響く不快なブザー。えくれあ・エーテル・フェデルタ・エルディアの4人が侵食された旧マザーシップに降り立った時には、既に周囲はダーカーに占拠されていた。

「なんて事です…。」
「ダーカーがこんなにいっぱいいるの、初めて見たよ~…」
「旦那様、これは…。」
「まだ、何とも言えんな。ひとまず、雑魚を散らしながら調べていくとしよう。」

エルディアの言葉を受けて、一斉に走り出すえくれあ達。するとたちまち、周囲はダーカーに取り囲まれる。

「雑魚に構う暇など…」
「ありません……!!」

えくれあの《ディスパースシュライク》がダーカー達を斬り刻み、フェデルタの《シフトピリオド》がその間を縫うように敵を貫いていく。瞬く間に周囲を取り囲んだダーカー達を消し飛ばした2人だったが、行く手からは更なる迎撃が待ち構える。

「ほう、ガウォンダとグウォンダか…面倒な。」
「うー……あっ!!お父さん、わたしに任せてっ!!」

隊列を組んで向かってくる《ガウォンダ》と《グウォンダ》に、エーテルは正面から駆け出していく。《ガウォンダ》らの剣が辛うじて届かないギリギリまで近づくと、エーテルは《ビビッド・ハート》を構えて《ゾンディール》を放った。一挙に吸い寄せられたダーカー達を確認して、エーテルは慌てて踵を返す。

「お父さんっ!がつーんとやっちゃってっ!!」
「……やれやれ。勇敢か、或いは向こう見ずか……。」

エルディアは溜息を付きながらゆったりとした所作で腰の《liberte》に手を掛ける。次の瞬間、目にも留まらぬ速さで駆け抜けたエルディアは一瞬の内に吸い寄せられたダーカー達の背後を取った。

「老練なる一太刀を見よ…一閃、グレンテッセン。」

繰り出されたのは、たった一振り。その一振りで、《ガウォンダ》も、《グウォンダ》も、1体残らず真っ二つに斬り捨てられる。エルディアは纏わり付いたダーカーの残滓を払うように抜剣を軽く振ると、静かに鞘へと収めた。

「流石は旦那様です。」
「くっ…たった一振りで…!!」
「焦るなえくれあ。お前の持つ飛翔剣とは、そもそも性質が異なるのだ……己を見失っていては、望む力は見出だせんぞ。」
「せーしつ……おのれっ?よく分かんないけど、お父さんもえくれあちゃんもフェーくんも強いからとっても安心だねぇっ!」

屈託のない笑みを浮かべるエーテルに苦笑するフェデルタ。えくれあは呆れたように大きな溜息を付き、エルディアは眉間に皺を寄せて複雑な表情を浮かべている。

「まぁ、何はともあれ先に進むとしよう。」
「はい、旦那様。この先もダーカーとの交戦が多数発生すると思われますが…。」
「ご心配には及びません。この程度で音を上げるつもりはありませんよ。」
「えっへへ~、どんどん頑張ろっ!!」

こうして4人は、旧マザーシップの奥地へと再び走り出した。



それから数時間、えくれあ達はくまなく旧マザーシップ内を駆け巡った。道中もまた、強力なダーカー達が彼女達の行く手を遮った。《ウォルカーダ》、《デコル・マリューダ》、《ダーク・ラグネ》に《ゼッシュレイダ》。いずれも強大なダーカー達だったが、エルディアとフェデルタの健闘の甲斐もあり、難なく打ち倒す事に成功していた。

「はぁ…はぁ……。」
「ふぇ~…ふぅ……」
「お嬢様方、大丈夫ですか?」
「うん、何とか大丈夫だよ~…」
「進む度に少し頭が痛むのが気になりますが…任務に支障はありません。」
「……旦那様。」
「どうしたフェデルタ。」

えくれあの訴えに眉を顰めたフェデルタ。すかさずエルディアの元へ駆け寄り耳打ちをする。

「お嬢様方の暴走状態が、また始まるかもしれません。」
「何だと…?」
「それに…奴が近いのかもしれません。」
「やはりそうか…しかし、お前は何故…」
「フェーくん、お父さん、何お話してるのっ?」

突然割り込んだエーテルに、フェデルタが慌てて取り繕う。

「いえ、なんでもありませんよ。お嬢様方に疲れが見えたので、少し休憩をしようか相談していたのです。」
「そんな気遣いは不要です、フェデルタさん。一刻も早く先に進みましょう。」

えくれあがフェデルタの発言を一蹴したその時、禍々しい気配が辺りを覆った。気配はやがて形を成し、えくれあ達の前に立ち塞がる。

「ブリュー…リンガーダ……!!」
「ふえっ、何かこわそうだよ…っ!!」

えくれあとエーテルが武器を構えながら息を呑む。

「…行けるか、フェデルタ。」
「はい、お任せください。」

そう答えた瞬間、フェデルタの身体が加速する。一気に《ブリュー・リンガーダ》に駆け寄ると、勢いそのままに《デッドアプローチ》を叩き込んだ。

「うわぁ…フェーくんの攻撃食らってもびくともしないなんて…」
「…呆けている場合ではありません、私達は周りの雑魚を……!!」

えくれあはそう言って取り巻きのダーカー達に突っ込んでいく。エーテルもそれに続いてダーカー達へ向けて強弓《ラムダビッグボウVer2》を引いた。

「当たって…シャプボマーっ!!」

放たれた矢は、えくれあの背後に群がろうとしたダーカーの群れに命中し、大爆発を起こす。えくれあはそのまま前方のダーカー達に斬りかかっていった。

「斬り刻め…ディスパースシュライク…!!」

無数のフォトンの刃が、ダーカー達を薙ぎ払う。手下を殲滅されて怒り狂ったのだろうか、《ブリュー・リンガーダ》がえくれあに向けて激しく突進を仕掛けた。

「くっ…。」

体勢が整わないえくれあが何とか武器で受け止めようと身構えた時、エルディアが素早く両者の間に割り込んだ。

「ふん…敵に背を向けるとは愚かなダーカーめ…。」
「旦那様、挟撃で仕留めましょう。」

フェデルタの合図で、エルディアが《liberte》にフォトンを込める。そして、空気を切り裂く鋭い音と銃声が響き渡る。

「闇を拓け…一閃、サクラエンド。」
「貫け、サテライトエイム。」

《ブリュー・リンガーダ》の翼が切り裂かれ、撃ち抜かれる。やがてその体躯がぐったりと地面に倒れ伏した時、エルディアとフェデルタは静かに武器を収めた。

「…お見事ですね。」
「2人ともかっこい~っ!!」

えくれあとエーテルが賛辞を送りながらフェデルタとエルディアに歩み寄る。しかし、彼女達に返事をしようとした2人の表情が、突如固まった。理由は明快、えくれあ達の背後に見えた1つの影。その姿を捉えたその瞬間から、フェデルタとエルディアは視線を『それ』に奪われる。

「くっくっく、待っていたぞ…!!」

かつてアークス達を陥れた敗者の姿が、そこにあった。



突然の男の声に、えくれあとエーテルは驚いて振り返る。

「あれっ!?この人って……」
「ルー…サー……だと…!?なぜここに…!!」

驚愕の表情を浮かべるえくれあに、ルーサーは邪悪な笑みを浮かべながら答える。

「そんな顔をするな…全知たるこの僕が、貴様らに真実を告げてやろうというのに。」
「真実…ですって…!?」
「えくれあ!!その男の言葉に耳を貸すな!!」

ルーサーに詰め寄ろうとするえくれあを、エルディアが制する。

「ふん、エルダーに届きもしない脆弱者が僕にそんな口を利くか…ならば、面白いものを見せてやる……!!」

ルーサーはその表情にさらなる邪悪さを含ませて、右手に結晶のような何かを取り出してみせた。

「さぁ…開放しろ、内なる力を……!!」

結晶が、妖しく輝き出す。すると、えくれあとエーテルの身体に異変が起こった。

「あぐっ…ぐああああああああああああ!!!!!」
「えくれあお嬢様!?」
「あうっ…身体が、熱い……っ!!!!!」
「エーテル……お前…!?」
「「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」」

姉妹の身体から、邪悪な紅いフォトンが溢れ出す。両眼はフォトンの色と等しい真紅に染まり、身体を捩らせながらもがき苦しんでいる。

「演算終了……さぁ、殺せ……!!」

ルーサーが低い声で叫ぶ。えくれあとエーテルは何かに弾かれたように、勢い良くフェデルタ達に向かっていく。

「くっ…馬鹿な……。」
「貴様…娘達に何をした…!!」

ルーサーの支配を受けて暴走するえくれあとエーテルを抑えながら、エルディアが怒りを滲ませて声を荒げる。

「くくく…既に解は示された。これ以上の演算など必要はない…!!」
「ふざけた事を…。答えろ、お嬢様達に何をした…!!」

フェデルタも怒りを隠さずに叫ぶが、ルーサーは答えない。

「貴様らには知る必要も無いことだ。だが安心しろ、お前達が探し求めていた女は間もなく『完成』するぞ…!!」
「完成、だと……!?」
「まさか…本当に、奥様を……!!」

エルディアとフェデルタが怒りと絶望の入り混じった表情を浮かべる。その時、えくれあ達に新たな変化が生まれた。

「……それは、本当……ですか。」
「……何?」
「お母さんの…居場所、知ってる…の…っ?」
「イレギュラー、だと…!?こいつら……!?」

えくれあとエーテルが攻撃の手を止め、ルーサーに向き直る。組み合っていたフェデルタとエルディアは、2人の変化に戸惑いを隠せずに顔を見合わせた。

「質問にっ!!」「答えろおおおおおおおおおおおおお!!!!」

叫びながら武器を構える姉妹を、ルーサーは憎らしげに睨みつける。

「アークス如きが…抵抗をするな!!!」

ルーサーの身体が、変異する。人間の身体が崩れ、フォトンを纏いながら新たに形作られていく。その強靭な肉体に6本の翼を携え、《ファルス・アンゲル》は叫ぶ。

「全事象演算終了、解は出た……!!」
「黙れ!!母上はどこだ……!!!」

猛突進してくるえくれあに、【敗者】は再び右腕を掲げて煩わしそうに告げる。

「ふん、下らぬ抵抗だ…。」
「ぐああああああああああああ……おのれ、ルーサー……!!!!」

全身を駆け巡る激しい苦痛に表情を歪ませながらも、えくれあは這いずるように前へと進む。

「えくれあちゃんをっ!!苦しめないでえええええええっ!!!!!」

エーテルはえくれあに駆け寄りながらも弓を引き、【敗者】めがけて《ペネトレイトアロウ》を放つ。

「お見事…。」
「あぐうううううあああああああああっ!?」

エーテルの渾身の一撃も虚しく、【敗者】は涼しい顔で右腕を掲げる。そしてエーテルもまた、限界を超えた苦痛に悶絶し、絶叫しながらその場に倒れ込んだ。

「このままでは、お嬢様達が…。」
「…答えろルーサー、我が妻は…エリアはどこにいる…!!」
「答えると思うのか、アークス風情が…!!」

【敗者】の嘲笑にえくれあとエーテルが反応し、再び立ち上がる。

「答えないのなら…力ずくで答えさせるまで……!!!」
「お母さんを…返して……っ!!」

エーテルが《イル・ゾンデ》で一気に《ファルス・アンゲル》へと肉薄する。間髪を入れず、エーテルは次なる法撃を構えた。

「当たってっ!!!!!ラ・グランツっ!!!!!!」
「馬鹿な…!?」

怯んだ隙を見て、えくれあも《ディストラクトウィング》で間合いに入り込み、愛剣《ブランノワール》を大きく振り上げる。

「ケストレル、ランページ……!!!!!!」
「この僕に逆らうな…!!この、【敗者】に…!!!!」

えくれあの放った紅い《ケストレルランページ零式》を、《ファルス・アンゲル》は怒り狂って受け止めた。

「もっと……もっと速く……!!!」
「どうしたッ!!解は無駄に収束しているぞ!!!」

全力の一撃を受け切られ、歯軋りをするえくれあに、【敗者】の反撃が迫る。

「ビッグクラン・プロジェクト…終わりは、斯く示された。」

【敗者】の放った《グラン・ギ・メギド》が、逃げる隙すら与えずえくれあ、そしてエーテルに襲いかかった。

「ああああああああああああああ!!!!」
「きゃああああああああああああっ!!!」

至近距離からのレーザー攻撃を受け身すら取れずに直撃し、大きく吹き飛ばされる2人。【敗者】が勝利を確信し、最後の一撃を加えようと詠唱を続ける。

「僕は原初、僕は終末…万事は此処より始まりて、是にて……ぐああッ!?」

《グラン・メギド》が間もなく完成するその瞬間、《ファルス・アンゲル》の身体が大きく揺れる。驚いて振り返った先に見えたものは、蒼きキャスト。

「殺らせるものか、お嬢様達だけは……!!」

フェデルタは今しがた《ファルス・アンゲル》を吹き飛ばした《サテライトエイム》を再び撃ち放つ。さらに体勢を崩したところに、今度はエルディアが迫る。

「娘達は、死なせはせん……!!」
「馬鹿な…僕の演算の、どこに間違いが…!!」

エルディアが抜剣を頭上高く振り上げ、フォトンを込める。その横には、痛みで表情を歪めながらも立ち上がった、えくれあとエーテルが並ぶ。

「お母さんをっ!!!!」
「返せええええええええええええええええっ!!!!」
「行くぞお前達…私達の平和を…!!」
「取り戻す…それが、僕の務め……。」

紅と蒼、4人のフォトンが入り混じり、鮮やかな紫となって周囲に渦巻いていく。

「打ち砕け、ジャスティスクロウ…!!!」
「吹きとばせっ、シャープボマーっ!!!」
「闇を祓え…一閃、カザンナデシコ。」
「滅ぼせ、シフトピリオド。」

4方向からの攻撃が、《ファルス・アンゲル》の身体で交錯した。次の瞬間起こった現象は、爆発。

「違う、これは、僕が望んだ解では……!!」

えくれあ達の一斉攻撃で半壊した《ファルス・アンゲル》の肉体は、爆発と同時に四散し、消滅していく。その様を、4人は静かに見守っていた。

「はぁ…はぁ…」
「うぅ…けほっ…」

ばたん、という鈍い音と同時に、えくれあとエーテルの身体が崩れ落ちる。フェデルタとエルディアがそれぞれ駆け寄って抱き抱えると、先程までの紅いフォトンの気配は消え去り、その双眼は普段のオッドアイに戻っていた。

「大丈夫ですか、えくれあお嬢様。」
「えぇ、ですが……。」
「お母さんの居場所、聞き出せなかった…。」
「無理もあるまい、あのような強敵に打ち勝ち、生き残ったのだ…十分な結果だ。」

悔やんだ表情の2人をフェデルタとエルディアがそっと激励した。

「しかし…まさかルーサーが再び現れるとは。それにあの姿…」
「あぁ、ダークファルスの力を取り戻しているようだったな。おまけに奴の発言を考えると…。」
「ええ。旦那様の推測通り、エリア奥様はルーサーの手の中にあると見て間違いないでしょう。」

フェデルタの発言に、3人は口をつぐんだ。しばらくの後、口を開いたのはえくれあだった。

「…彼は、ルーサーは死んだのでしょうか。」
「いや、恐らく私達が倒したのは複製体だ。本体がわざわざこちらに出向くとは考えにくい。」
「じゃあ…もっと、強くならないとだね…。」
「エーテルお嬢様…?」

えくれあとエーテルはゆっくりと、それでいて確かな足取りで起き上がる。

「今のままじゃ、またあいつが出てきた時に勝てないし…お母さんも救えない。」
「どうやら私達の身体の異変についても、ルーサーは何か知っている様子でした…この謎を解く為にも、私達はもう1度あの男に辿り着かなくてはなりません。」
「……覚悟は、できているのか。それはつまり、ダークファルスと戦うという事だぞ…?」

エルディアの問いに、えくれあとエーテルは、真っ直ぐな視線で答える。

「覚悟ならここに…アークスになった、その日から。」
「お母さんのこと助けたいし、えくれあちゃんを危ない目に遭わせたくない…その為だったら、何だってするよ。」

未熟で不安定な2人が放つ言葉から、確かな意志を感じ取ったエルディア。やがて、老練なその剣士は口を開く。

「…まだ幼い子供だと思っていた。巻き込む訳にはいかん…とな。」
「僕や旦那様が知らぬ内に、立派にご成長されたのですね。」

フェデルタの言葉に、エルディアは微笑を浮かべて頷いた。

「…さぁ、ひとまずは帰るとしよう。ルーサーを探すにしても、まずは身体を休めねばならん。」

エルディアがそう言って歩き出すと、えくれあ達もその後に続く。歩きながら、エーテルはえくれあの手をそっと握って呟いた。

「…頑張ろうね、えくれあちゃん。」
「……はい。」

それから1時間後、4人はようやくキャンプシップに辿り着く。えくれあ達が中に入り込むと、まるで現状を暗示するかの如く、薄暗い船内に窓から一縷の朝日が差し込んでいたのだった…。