戸惑いの姉妹

生い茂る草と空を埋め尽くさんばかりにそびえ立つ木々、その隙間からは眩く大地を照らすであろう日差しが僅かに差し込んでいる。そんな晴天の惑星ナベリウスの森林エリアに、突如として大きな足音と、風を切るような音が響き渡った。

「あちゃ~…また外しちゃった…」
「姉さん、手を休めないで!何とか足止めしてください…!!」

声を発するのは、森を疾走する2人のアークスだった。銀髪の少女の厳しい声で、金髪で長身の女性アークスはのんびりとした所作で弓を構える。そして再び矢が放たれるが、何の手応えもなく森の奥へと消えていった。

「くっ…このままでは逃げられてしまいます……!!」
「あぅ~…ごめんねえくれあちゃん…」
「……謝るのはあいつを仕留めてからですよ、エーテル姉さん。」

銀髪の少女―えくれあは、隣を走る姉のエーテルに聞こえないように小さく溜息を付いて走る速度を上げていく。エーテルも妹の様子を伺いながら必死にその速さに付いていく。しばらく走っていた2人だったが、ふいにその足が止まった。

「崖……行き止まりですか。」
「おかしいねぇ、他に道なんて無かったのに…」

首を傾げる姉妹。しかし間もなく、その疑問に答えるかの様に、2人を巨大な影が覆った。

「なっ……!?」
「うそっ、降ってくるよっ!?」

慌てて2人が後方へ大きく飛び退ると、数刻前にえくれあ達が居た場所には巨大な影の主が地面に倒れ込んでいた。筋骨隆々の中型エネミー《ロックベア》はのろのろと立ち上がると、その双眸でえくれあとエーテルを睨み付けた。

「随分と手間を掛けさせられた上に一瞬ひやっとしましたが……」
「ようやく決着、だね……っ!!」

《ロックベア》が大きく腕を振り回しながら2人へ突進する。えくれあがその場で背中の愛剣《ブランノワール》を引き抜くとエーテルは大きく後方へ宙返りしながら《ラムダビッグボウVer2》を引き絞る。放たれた《シャープボマー零式》は見事に《ロックベア》の額に直撃し、うめき声を上げながら巨体が大きくぐらついた。

「えくれあちゃんっ!!」
「一気に行きます……!!」

その隙を見てエーテルが叫んだのと同時に、えくれあが急加速して《ロックベア》に斬りかかる。得意の《ディストラクトウィング》を見事に命中させたえくれあはそのまま《ヘブンリーカイト》で《ロックベア》の顔面まで斬り上げていく。

「斬り刻め……」

えくれあは両手の双刃に精一杯のフォトンを纏わせて一度後方に振り抜く。そして、目の前の巨体が身の危険を察してえくれあを握り潰そうと足掻くより早く、2本の刃は動き出す。

「ケストレルランページ……!!」

右から、或いは左から。2本の刃は無慈悲に、かつ繊細に《ロックベア》の巨体を斬り裂いていく。既に脱力したその身体の脳天に、止めのフォトンの奔流が降り注ぐ。そしてえくれあが着地すると同時に《ロックベア》だった何かは大きな音を立てて地面へ崩れ落ちた。



「やったねえくれあちゃんっ!!!!」
「そうですね…って姉さんやめてください…ちょ、苦し…」

《ブランノワール》を鞘に収めて一息付いたところにエーテルからハグという名のタックルをモロに受けて吹っ飛びながら倒れ込むえくれあ。余りの圧力に咳き込む彼女をよそに、エーテルは満面の笑みで妹を堪能していた。

「えっへへ~…」
「そろそろ…離れて、ください……!!」

漸く姉を引き剥がしたえくれあが肩で息をしながら立ち上がる。エーテルの方は未だににこにこしながらそこらをぴょんぴょん飛び跳ねている。

「それにしても、やりすぎちゃったかなっ?」
「まぁ、エネミーに手を抜いても仕方がないのでやり過ぎということは無いと思いますが……。」

確かに、現在のえくれあ達にとって、《ロックベア》程度であれば難なく倒せる相手であり、先のような全力攻撃は無駄と言えないことはない。しかし今回、えくれあ達の目論見は別にあった。

「…やっぱり、『今日も』大丈夫でしたね。」
「うーん、やっぱりえくれあちゃんが言ったとおり危ない目に遭わないとダメなのかな…っ?」

そう、彼女達の目的は再現…2週間ほど前に、惑星ウォパルの浮上施設や惑星リリーパの砂漠で2人の身に起こったフォトンの暴走について検証していたのだが、彼女達がこぼした通り大きな進捗は得られず、現在に至るのであった。

「とりあえず、戻りましょうか…。」
「そうだねぇ~っ!」



帰りのキャンプシップの中では、えくれあが武器の手入れをする横でエーテルが景色を眺めながら誰ともなしにぶつぶつと感想のような何かを呟いていた。

「へぇ~…うわぁ…っ!!ほぇ~……」
「…あの、姉さん。もう少しお静かにはできませんか?」
「えへへ…ごめんなさ~い…」

えくれあに窘められて大人しくなるエーテル。それでも視線だけはきらきらさせたまま、再び窓から景色を眺めていた。その時、えくれあの端末から電話通信を傍受した通知音が鳴り響く。

「電話……?もしもし。」
「うむ、えくれあか。任務の方は大事無いか。」
「ええ、おかげさまで無事に終了して、今は帰投している最中です。」
「そうか…。」
「…?どうかしましたか?」
「えっ?お父さんどうかしたのーっ?」

えくれあとエルディアの通話にエーテルが乱入し、いよいよえくれあの眉間に皺が寄り始める。

「姉さんは黙っててください…で、何かあったんですか。」
「…お前たちには、今からリリーパに向かってもらいたいのだ。」
「リリーパ…ですか?しかし、なぜ……。」
「実は、フェデルタがリリーパの奥地で妙なものを見つけてな、その調査に同行してもらいたいのだ。無論、私も今からリリーパへ向かう。」

エルディアの話を聞いて、えくれあとエーテルは顔を見合わせた。

「ねーねーお父さん、フェーくんは何を見つけたのっ?」
「…今は、話せん。」
「…どういう事ですか。」
「……見に行けば、いずれ分かる。今は、お前たちの力を借りたい。」

しばらくの、沈黙。しかし、その沈黙はえくれあによって打ち破られた。

「…………分かりました。今から向かいましょう。」
「えくれあちゃん、いいのっ?」
「別に疲れるようなこともしていませんし、『検証』を手伝ってもらいがてら、私達も調査に協力しましょう。」
「うんっ!!わたしもがんばるねっ!!」
「…助かる。では、現地で落ち合おう。」

通話が終わると、えくれあ達を運ぶキャンプシップは大きく向きを変えて再発進した。行き先はリリーパ。待つものは疑惑か絶望か、或いは真実か。何も知らない姉妹を乗せて、キャンプシップは進む。2つの小さな希望が、今、大きな運命の渦に飲み込まれようとしていた。