アークスシップ『フェオ 』に多数用意されたアークス達のマイルーム。朝日が気持ちよく差し込むちょうどその頃、とあるマイルームに小気味の良い包丁の音が軽快に響く。
「ふわぁ、何だか今日は眠たいねぇ〜...」
「おはようございます、姉さん。もう朝食の支度が終わるところですよ。」
「おはようえくれあちゃん、いつもありがとうねぇ〜...」
いかにも眠そうな様子でふらふらと寝室から出てきたエーテルに、えくれあが包丁を動かしながら挨拶を交わす。てきぱきとした所作でえくれあが朝食を食卓に並べた頃、エルディアとフェデルタがフィリアを連れて部屋に戻ってきた。
「えくれあお嬢様、エーテルお嬢様、おはようございます。」
「朝食か...いつも世話をかけるな。」
「おはようございます。わたし、ご一緒していいんですか?」
つまみ食いをしようとしたエーテルの手を叩きながら、えくれあが静かに答える。
「おはようございます。もちろん構いませんよ、もし足りなければこの行儀の悪い姉の分をお召し上がりください。」
「はぅ〜!?そんな、殺生だよえくれあちゃ〜んっ!?」
「...姉さん、『殺生』なんて難しい言葉よくご存知でしたね。」
「あ〜っ!?ばかにしてるねっ?えくれあちゃん、わたしのことばかにしてるねっ!?」
「馬鹿にしているというより、事実ですから。」
「はうぅ〜っ!!」
えくれあは姉を片手間であしらいながら、素早く全員分のコーヒーを淹れて席に着く。そんな姉妹の光景に苦笑いを浮かべつつ、フィリア達3人もまた、朝食の席に着いた。
「…父上、フェデルタさん。今日の調査では何か新しい情報は手に入りましたか?」
「いえ、耳寄りな情報は特には得られませんでした。」
「うむ、せいぜいナベリウスで中型ダーカーが複数暴れているという情報くらいだな。」
えくれあの問いにエルディアとフェデルタ物憂げな表情で答える。《ファルス・アンゲル》との戦闘以降、ルーサーに関する手掛かりが皆無となってしまったエルディア達は徐々に焦燥感を覚え始めていた。
「じゃあ、今日はみんなでそのダーカーを退治しに行くんですね!!」
「フィリアちゃん、もぐもぐ…随分、むしゃむしゃ…張り切ってるねっ?」
「当然です!少しでも多く活躍すれば、お兄ちゃんにも気付いてもらえるかもしれませんから!!」
「とりあえず姉さんは食べながら話をするのをおやめください…。」
「…今回の仕事は、お前達に任せようと思う。」
「父上…?」
エルディアの宣告に、えくれあは探るように問いかけた。
「私はもう少し情報を集めてみよう。今のお前達であれば、中型ダーカーの相手など容易いであろう?」
「…。」
えくれあは一瞬だけフィリアの方に視線を移し、再びエルディアに向き直る。
「……分かりました。ご期待に応えられるよう、善処します。」
「えくれあお嬢様は、何かご心配があるのですか?」
「気にしなくていいですよ、フェデルタお兄ちゃん。あの人、わたしの事を足手まといだと決めつけてるだけなんですから!!」
フェデルタがえくれあに問いかけると、フィリアがそこに割って入る。しかし、えくれあはフィリアの声など聞こえなかったかのように返した。
「いえ、確かに今の私達なら心配は無いでしょう…朝食が終わり次第、出発しましょう。」
それだけ言うと、すぐに食べ終わった食器を台所へ運んでいくえくれあ。
「えくれあちゃん、食べるの早いよ~もぐもぐ」
「というよりエーテルお嬢様の食べる量、皆さんの倍くらいありますからね…慌てずしっかり食べてくださいね。」
「…わたし、あんな人に負けないのに……」
フェデルタとフィリアも続いて片付けを始める。そして、エーテルがようやく朝食を終えて片付けを済ませた頃には、3人はもう出発の準備を済ませていたのだった。
惑星ナベリウスの最奥に広がる遺跡エリア。えくれあ達一行が足を踏み入れた時、そこには無数のダーカー達がひしめいていた。
「随分と歓迎されているようですね。」
フェデルタが溜息を付きながら双機銃《デュアルバード》を構える。
「ちょうど良い準備運動です!!早速行きます!!」
やる気満々のフィリアは既に《ノクスシュディクス》を抜いてダーカーの群れに《アディションバレット》を放っている。
「よ~し、わたしも頑張るぞ~っ!フェーくんフォローよろしくねっ!!」
「え、エーテルお嬢様?」
エーテルはフェデルタの返事も待たずにダーカーの群れに突っ込んでいく。そして群れのど真ん中で《ビビット・ハート》を振りかざした。
「それっ、ゾンディールっ!!」
「なっ…!!」
「エーテルお嬢様……また無茶を……!!」
エーテルの強行策に度肝を抜かれたえくれあとフェデルタが慌てて駆け出す。エーテルは大きく飛び退って収束したダーカー達から逃れようとするが、既に《ゾンディール》から抜け出した数体の《ダーカッシュ》がエーテルに牙を剥こうとしていた。
「逃げた方はえくれあお嬢様に任せます。僕はゾンディールの方を仕留めます。」
「了解しました。」
2人は合図を交わすと一気に加速していく。
「散れ、サテライトエイム。」
フェデルタは渾身の《サテライトエイム》で収束したダーカー達を一瞬で屠っていく。
「舞え、ディストラクト…」
「遅いです!エイミングショット!!」
「!!」
えくれあがエーテルに迫る《ダーカッシュ》を仕留めようとした瞬間、背後からフィリアが放った《エイミングショット》が《ダーカッシュ》を捉えた。えくれあは慌てて踏み止まり、辛うじてエーテルの目前で急停止に成功した。
「えへへ、みんな相変わらずつよいねぇ~っ!!」
「強いねぇ~じゃありませんよ、もう少し無茶を控えて下さい…。」
「僕も、今の手はいささか感心できませんね。」
「は~い、ごめんなさ~い…。」
2人から叱責の視線を受けてしょんぼりするエーテル。そんな3人の元へフィリアが歩いてくる。
「思ったより遅かったから先に手打っちゃいました。邪魔してごめんなさい、えくれあさん?」
「…いえ、あれは好判断でした。お見事ですよ、フィリアさん。」
「確かに、瞬時の判断からの正確な射撃は立派でしたね。」
「本当ですか!!ありがとうございます、フェデルタお兄ちゃん!!」
フィリアは手のひらを返したようにフェデルタに飛び付いた。それを見たえくれあはしばし目を閉じた後、再び目を開き淡々とした様子で口を開いた。
「さぁ、情報の中型ダーカーの反応はこの先です。気を引き締めて行きましょう。」
やがて、えくれあ達は少し開けた場所に出たところで足を止めた。
「どうやらこの近くにいるようですが…。」
「えくれあお嬢様、あれを。」
フェデルタが指した方をえくれあが覗き込む。すると、遠くの方に1体の《ウォルガーダ》の姿が見えた。だいぶ距離があるせいか、まだこちらには気付いていない様子だ。
「この距離なら奇襲できます!!エーテルさん、弓の援護お願いしますね!!」
「えっ、あっ、が、がんばるよっ!?」
「ちょっと2人とも、待って下さい…!!」
えくれあの制止を無視して先行するフィリアに、エーテルが続いていく。
「先手はもらいました、行きます!アディションバレット!!」
「当たって、ペネトレイトアロウっ!!」
2人の奇襲に大きく怯んだ《ウォルガーダ》。すぐにフィリア達を認めて臨戦態勢に入ろうとするが、その時には既に2人の第ニ波の攻撃が迫っていた。
「これで決めます!!クライゼンシュラーク!!」
「行っくよっ!!ラストネメシスっ!!」
フィリアの《クライゼンシュラーク》は的確に《ウォルガーダ》のコアを撃ち抜いていく。瀕死となってよろけた《ウォルカ―ダ》の胸元に、続けてエーテルの《ラストネメシス》が炸裂し、《ウォルガーダ》は間もなく絶命した。
「やったねフィリアちゃんっ!!」
「はい…!!(ほら、わたしにだってできるんだ…あんな人に、負けてなんか…!!)」
勝利を確信した2人。しかし、そこに遠くから誰かの声が響く。
「お嬢様!!フィリアさん!!」
「逃げて下さい!!!」
2人が声に気付いて振り向くと、目の前の空間が歪んでいた。そしてその歪みから現れたのは、新たな《ウォルガーダ》だった。
「うわっ、2体目…っ!?」
「何…この侵食核……!?」
巨大な侵食核を伴った《ウォルガーダ》は、慌てて武器を構えるエーテルとフィリアに向かっていきなり右腕を振り回してきた。
「「きゃあっ!?」」
大きく吹き飛ばされて分断される2人。《ウォルガーダ》はフィリアの方に向き直り、今度は張り手を繰り出しながら突進を仕掛ける。
「くっ…グリムバラージュ…!!」
「凍てつけ、イル・バータ…!!」
フィリア達の元へ急ぐフェデルタとえくれあも何とか《ウォルガーダ》の気を逸らそうと試みるが、超ロングレンジからの双機銃の攻撃やバウンサークラスの攻撃テクニックでは有効打にはなり得ず、《ウォルガーダ》はそのまま突進していく。
「あぐっ、きゃああああっ!!!」
「フィリアちゃんっ!!!!!」
フィリアも剣形態での対応を試みたものの、おぼつかない所作で《ウォルカ―ダ》の強靭な両腕を防ぐことはできなかった。骨の折れる鈍い音とともに宙を舞ったフィリアを、エーテルが辛うじて受け止めた。
「お願い…レスタっ!!」
「っぐ……うぅ……」
エーテルは《レスタ》を放ってフィリアの応急手当を試みる。しかしフィリアは目を開くことはなく、小さく呻くばかり。そこへ《ウォルカ―ダ》が更に突進を仕掛けてきた。エーテルは立ち上がると《ビビット・ハート》を握りしめ、《ウォルカ―ダ》に向き直る。
「姉さん、まさか……!?」
「無茶だ、エーテルお嬢様…!!」
えくれあとフェデルタも決死の思いで走り寄る。間に合え、ただ、間に合えと。しかし2人の思いも虚しく、《ウォルカ―ダ》は地を這うように高速で突進し、次の瞬間、エーテルの身体は上空高くに打ち上げられる。
「お嬢様…!!」
「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
地面に叩きつけられたエーテルを見た瞬間、感情が振り切れたえくれあの身体中から紅く禍々しいフォトンが吹き出す。両眼の色は赤く染まり、両手に握られた《ブランノワール》もまた、紅いフォトンを帯びた。
「死ねえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
えくれあが一目散に《ウォルカ―ダ》に駆け寄り、《ヘブンリーカイト》で顔面を斬り上げていく。更に《ケストレルランページ零式》に繋げて一気に仕留めようとした、まさにその瞬間だった。
「3、体目……!?お兄、ちゃん……!!」
「何、だと……!?」
「うぅ…フィリアちゃん…だい、じょうぶ……?」
フィリアとエーテルを安全な場所まで避難させていたフェデルタが顔を上げると、侵食された《ウォルガーダ》を強襲するえくれあの背後に、新たな《ウォルガーダ》が出現していた。そして、無防備なえくれあの後頭部を、3体目の《ウォルガーダ》が強打する。
「あがっ……」
「え……?」
エーテルは、目を見開いてただ見ていることしかできなかった。小さな妹の身体が激しく地面に叩きつけられる、その一部始終を。そして、傷だらけのえくれあが再び武器を取り立ち上がった瞬間、エーテルの身体にも変化が起こった。
「あ…熱い……身体が…熱い……!!」
「エーテルお嬢様…まさか…!?」
「ぐっ…頭の中で、声が……ああ…いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
エーテルの身体からも膨大な紅いフォトンが発現し、間もなく考えられない程の速さで駆け出した。両眼を紅く染めたエーテルは、えくれあを殴り倒した《ウォルガーダ》に一直線に飛び込み、《リカウテリ》を引いて《バニッシュアロウ》を放つ。
「まだまだあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
エーテルは絶叫しながら矢継ぎ早に《ラ・グランツ》を放った。幾本もの光の矢に貫かれ、最期には《バニッシュアロウ》の誘爆さえも直撃した《ウォルガーダ》は無残に散っていった。しかし、肩で息をするエーテルの背後に、侵食されたもう1体の《ウォルガーダ》が迫る。
「エーテルお嬢様…!!」
「させるものかあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
すんでのところで、体勢を立て直したえくれあが割って入る。頭から流血しながらも、《ジャスティスクロウ》で《ウォルカ―ダ》を殴り飛ばし、その勢いのまま愛剣を大きく振りかざす。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
2本の紅き刃が、舞う。えくれあの放つ《ケストレルランページ零式》は紅いフォトンを纏って幾度も《ウォルガ―ダ》の頭部を斬り裂いていく。紅いフォトンの奔流さえその身に受けた《ウォルガーダ》は、原型さえ留めずに絶命した。
「終わった……?」
戦闘の一部始終をフェデルタの腕の中で見ていたフィリアがそっと呟いた。
「(圧倒的な力だ……いくらウォルガーダ程度とはいえ、あれでは一方的な虐殺だ…)」
フェデルタはえくれあ、そしてエーテルの戦いぶりに呆気に取られていた。だからこそ、気付かなかった。まだ、終わっていないということに。
「お兄ちゃん……!!」
「バカな…!?」
《ウォルカ―ダ》を難なく撃破した2人だったが、暴走は収まらずに次の標的を見つけて襲い始めたのだ。標的となったフェデルタはフィリアを抱えたまま、間一髪でエーテルの《シャープボマー零式》を回避する。
「…フィリアさん、ここで待っていてください。」
「フェデルタお兄ちゃん…ダメだよ、そんな…」
しかし、フィリアには応えずにフェデルタは駆け出した。
「今のお嬢様方にどこまで通用するかは分かりませんが…。ここはアレを使うしかありませんね。」
フェデルタは小さく呟き、自身のサングラスに手を掛ける。すると、グラス部分に何かのデータが表示されていく。
「システムアクセス…ログイン。リミッターレベル3、解除。」
次の瞬間、フェデルタの動きが、加速した。
「始めましょう…ショウタイム。」
そして、フェデルタとえくれあ、エーテルが真正面からぶつかり合う。
「お嬢様方、お許し下さい……メシアタイム。」
刹那、フェデルタ周辺の時間の流れが変わる。迫り来るえくれあとエーテルの猛攻はスローモーションとなり、その合間をフェデルタは容易に掻い潜ってトリガーを引く。空間を飛び交う無数の弾丸は容易にえくれあとエーテルに直撃していく…かに見えた。
「っぐあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「!?」
えくれあはフォトンを爆発させ、力業でフェデルタの《メシアタイム》の支配から逃れた。そしてフェデルタに向けて《ディストラクトウィング》を構える。
「ちっ…グリムバラージュ。」
「あがあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
普段の数倍の速度と威力を持った《ディストラクトウィング》が、フェデルタの放つ《グリムバラージュ》と交錯する。2人はすれ違い、そして立ち止まる。
「あがっ……」
「はぁ…はぁ……流石は、えくれあお嬢様…!?」
フェデルタはパーツが潰れて半壊した左腕をさすりながら振り向いた。刺し違えるようになりながらも何とか気絶させたえくれあの奥から、《ビビット・ハート》を握りしめたエーテルが鬼の形相でフェデルタへと向かってきていた。
「(理性と意識が飛んでなお姉妹愛は消えない…か。見上げたものです、お嬢様方…!!)」
「やああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
紅いフォトンを蓄えた《ビビット・ハート》を振りかざすエーテルに、フェデルタは真っ直ぐ向き直る。
「御免…デッドアプローチ。」
エーテルの振り下ろした《ビビット・ハート》に、フェデルタは真正面から立ち向かった。フェデルタの額に《ビビット・ハート》が直撃したと同時に、フェデルタの《デッドアプローチ》もエーテルの腹に命中する。
「かはっ……」
「……っと。申し訳ありません、エーテルお嬢様。」
力無く倒れ込むエーテルの身体を、フェデルタはそっと受け止め、地面に寝かせる。そしてフェデルタもまた、力を使い切り地面に倒れ伏すのだった。
「わたしの…わたしのせいだ……」
全てが終わった後、フィリアは呆然とした表情で戦場を眺めていた。
「えくれあさんは…間違ってなんかなかった……わたしがしっかりしていれば…こんな事には……!!」
溢れる涙を抑えきれずに顔を覆うフィリア。すると、フィリアの端末が通話の通知音を響かせる。
「おい、フィリアか。お前達、今はどこにいる?」
「あ……エルディアさん………」
通話の主は、エルディアだった。その落ち着いた声にフィリアの瞳からこぼれ落ちる雫の量はますます増えていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わたしのせいで……」
「おい、何を言っている?今どこにいるのか教えなさい、すぐに向かおう。」
「遺跡の一番奥で……えくれあさんと、エーテルさんが…フェデルタお兄ちゃんは、止めようとして……」
「…!?分かった、すぐに向かおう。お前はそこで待っていなさい。」
通話が終わった後も、フィリアは止め処なく流れる涙を拭って嗚咽を漏らすことしかできなかった。
それから1時間ほど経った頃、現場に到着したエルディアがキャンプシップを直接乗り付け、えくれあ達を無事にシップに運び込んだ。
「…事情は分かった。お前が気に病むことは無い。安心しなさい。」
「でも…わたしがえくれあさんの話を聞いて、ちゃんと近接戦闘の訓練をしておけば…」
「フィリアさん…」
「気休めはやめてお兄ちゃん!!わたしがしっかりしていればエーテルさんはわたしを命がけで庇わなくてすんだしえくれあさんだってあんな風になることもなかったの!!全部わたしが悪いのよ!!」
「いい加減にしなさい!!」
帰路のキャンプシップの中、大声で喚くフィリアを、エルディアが一喝した。
「お前の気持ちは分かる…だがな、えくれあはお前の態度を見てなお、お前の任務の同行を認めた。それはな、お前が自ら気付き、変わることを期待してのことだったのだろう。そのためなら、自分の危険も省みず戦うと…そう考えていたはずだ。」
「どうして…わたし…えくれあさんに失礼なことばかり言っていたのに……」
「えくれあお嬢様は、あなたを認めていたのでしょう。だからこそ、あなたが自ら気付く事を信じて、何も言わずにあなたを同行させたのだと思います。」
「っ…そんな……わたし…!!」
再び涙をこぼすフィリアに、エルディアが今度は落ち着いた声色で語りかける。
「今のお前にできること、それはお前自身が一番わかっているのではないのか?」
「…………はい、分かっています。」
「それが分かっているのならば、これ以上何も言うまい。」
「…エルディアさん、フェデルタお兄ちゃん。お願いがあるんです。少しの間だけ……ここを離れさせてください。」
フィリアの突然の申し出にフェデルタとエルディアは顔を見合わせた。
「どういう風の吹き回しです?」
「わたし、ちゃんとえくれあさんに言われたことを直したくて……会いに行きたい人がいるんです。今のわたしは1人じゃきっと間違えちゃう気がするから……」
「…分かった。好きにするといい。」
「ありがとうございます、エルディアさん…」
「でも、エーテルお嬢様の応急手当のおかげで命に別状はありませんでしたが、大怪我しているのは間違いないんです。ゆっくり休んで元気になってから、出発はその後でなければ僕は認めません。」
「フェデルタお兄ちゃん…ありがとうございます。でも、お兄ちゃんの腕は、大丈夫なんですか…?」
フィリアは、力無く垂れ下がった左腕を恐る恐る覗き込んだ。
「えぇ、恐らくメディカルセンターに行けば代替パーツがあるでしょう。ここはキャストの優位性ですね。」
「そっか、良かったです…」
事も無げに言うフェデルタを見て、フィリアの顔にもようやく安堵の表情が浮かんだ。
「あ、それと…フェデルタお兄ちゃん、あんなに強いなんて知りませんでした!まさかあのえくれあさんとエーテルさんを1人で倒しちゃうなんて、びっくりです。」
「そういえば…フェデルタよ、お前よく1人で娘達を制圧できたものだな。」
「……えくれあお嬢様もエーテルお嬢様も既に傷を負っていましたから。僕はそこを上手く突かせてもらっただけですよ。」
「そうか……。まぁとにかく、お前達4人は全員シップに帰投し次第メディカルセンター行きだ…数日は出てくるなよ。」
「はい…」
「承知致しました、旦那様。」
こうして、波乱の任務が幕を下ろした。えくれあとエーテルの再びの暴走、フィリアの決意、そしてフェデルタの見せた異常な戦闘力。大きな変化をもたらした1日がゆっくりと終わろうとしていく。しかし、この任務が彼らにとって重要な意味を持つことになることは、この時誰も気付いてはいなかったのであった…。