龍族が住まう星、アムドゥスキア。この星の玄関口とも言うべき火山洞窟エリアに、けたたましい咆哮がこだました。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

咆哮の主は、《ヴォル・ドラゴン》。火山洞窟の龍族達の長とも呼べる存在だが、その頭には鮮やかな紫色をした花型の侵食核が顔を覗かせていた。《ヴォル・ドラゴン》は我を忘れて、四方八方に火球を吹き出している。そこへ、2人のアークスらしい少女達が駆け込んできた。

「姉さん、行きます……!!」
「おっけーっ!!わたしも頑張っちゃうよっ!!」

《ヴォル・ドラゴン》が吐いた巨大な火球に、銀髪の少女は真っ直ぐに突き進んでいく。少女の両手には、それぞれ黒と白の直剣が握り締められていた。そして少女が2本の剣を左右に振り抜いた瞬間、火球は真っ二つに引き裂かれ、少女の道が開いた。

「それっ、ペネトレイトアロウっ!!」

と同時に、後方で弓を構えた金髪の女性が、青白く彩られた強弓《リカウテリ》から鋭い一射を放った。その矢《ペネトレイトアロウ》は先行する少女の横をすり抜け、《ヴォル・ドラゴン》の侵食核を的確に貫いた。

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「舞え、ヘブンリーカイト……!!」

《ヴォル・ドラゴン》の足元に辿り着いた少女が、舞った。敵を斬り上げながら地面を蹴って跳び上がるフォトンアーツ《ヘブンリーカイト》を《ヴォル・ドラゴン》の顎に叩き込むと、丁度かの龍と目が合う高さまで上昇した。

「覚悟……!!」

少女の呟きと共に、双剣がフォトンを纏って青く輝く。次の瞬間、蒼刃は幾度と無く振り下ろされ、《ヴォル・ドラゴン》の侵食核を切り裂いた。そして、最後の一振りと共に激しいフォトンの奔流が流れ落ちる。

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア……」

《ケストレルランページ》の26連撃が全て直撃した《ヴォル・ドラゴン》は、断末魔を上げながら火山洞窟の黒く固い地面に崩れ落ちたのだった。

「おおーっ、やったねえくれあちゃんっ!!」
「……姉さん、今更この程度の相手に音を上げているようでは困りますよ?」

銀髪の少女・えくれあは、背後から飛び掛かってくる姉のエーテルを半身で躱し、息1つ乱さずに呟いた。

「ぶーっ、別にわたしだってこれくらいなら楽勝だもんっ!!」
「…なら良いのですが。」

頬を膨らませて口を尖らせる姉に溜息を尽きながら、えくれあはそそくさと踵を返す。

「さぁ、用事は済んだし帰りますよ。」
「はーいっ!でも、あそこまでダーカーに侵食されちゃってても、殺しちゃうのはちょっと可哀想だねぇー…」
「……仕方のない事です。」
「うぅ、そうなんだけどさ~…」

がっくりと肩を落とすエーテルの同情をばっさり一蹴し、えくれあは己の手のひらを見つめてみる。

「(私も…一歩間違えば……)」



その後、姉妹がアークスシップ1番艦『フェオ』に帰投すると、見慣れた1人の男性が待ち構えていた。

「ふむ、無事に戻ったようだな。」
「お父さんっ!ただいまーっ!!」

短い白髪と髭を蓄えた精悍なその男・エルディアに、エーテルは年甲斐も無く抱き付いていく。

「父上、お迎えとは珍しいですね。何か急用でも?」
「ふっ、お前は察しが良いな…帰投早々だが、次の仕事だ。」
「ぶーっ!!お父さんもえくれあちゃんもけちんぼなんだからっ!!」

飛び込んでくるエーテルを造作もなく躱し、えくれあの問いに含み笑いを浮かべて答えるエルディア。エーテルはまたも頬を膨らませ、今度はエルディアをその大きな瞳で睨み付けていた。

「最近噂の、『アークス殺し』の話は知っているか?」
「えぇ、随分な数のアークスが殺られているそうですが…まさか、その調査任務ですか?」

えくれあが眉をひそめると、エルディアはゆっくりと頷いてみせる。

「そのまさか、だ。目撃情報があってな、今回はナベリウスに現れたらしい。」
「…分かりました、すぐに向かいましょう。姉さん、行きますよ?」
「…はーい」

えくれあが呼び掛けると、エーテルは口を尖らせたまま不服そうに声を上げた。

「おいエーテル、もしお前がこの仕事で活躍したら…えくれあがお前の言うことを1つだけ何でも聞くと行っていたぞ。」
「ふぇっ!?ほんとにっ!?」
「父上、何をふざけた事を…ってうわっ!?」

えくれあの言葉を遮ってエーテルがその右腕を掴み、その華奢な身体をずるずると引きずっていく。

「姉さん離して下さい!!くっ、父上…図りましたね……」
「…ふっ、吉報を待っているぞ。」
「もちのっ、ろんだよっ!!さぁ行くよえくれあちゃんっ!!アークス殺しだろうが何だろうが、わたし達の手でけちょんけちょんにしてやるんだからねっ!!」
「わ、分かりました…ちょ、痛いから引っ張らないで……!!」

抵抗虚しく姉に引き摺られていくえくれあを、エルディアは微笑を浮かべながら、その姿が視界から消えるまで見送っていた。



紫色の空に支配された土地、ナベリウスの遺跡エリア。えくれあとエーテルはその地に降り立って間もなく、異変に気付いて首を傾げた。

「……あれっ?えくれあちゃん、これって……?」
「…流石の姉さんも気付きましたか。えぇ、以前来た時にあれだけ感じたダーカーの気配がきれいに無くなっています…これは一体…?」

不気味なほどの静寂さに警戒心を抱きながら、2人はゆっくりと足を踏み出していく。ダーカーの気配さえ恋しいと感じるほどの静けさの中をひたすら歩いていくと、いつしかその足は遺跡の最奥地へと辿り着いていた。

「……ねぇえくれあちゃん、あそこに誰かいるよ……っ!!」
「アレは……どうやら、いきなり大本命のようですね。」

両目に手を翳して目を凝らすエーテル。その横でえくれあは背中の《ブランノワール》を引き抜いて身構える。すると、開けたその場所を2つの人影がゆっくりと近付いてきた。

「よう……遅かったじゃねえか。」
「アタシら待たせるとか、いい度胸してんじゃんかあんたら…ッ!!」
「…一応お伺いしましょう。あなた達は何者です…!!」

不敵に微笑んだのは、紫色の衣を纏った2人の男女。えくれあは顔をしかめ、愛剣を握るその手に一層の力を込める。

「…俺の名はフレイ。こいつは妹のフレイヤだ。そうだな……お前らが言うところの『アークス殺し』、とでも言えば分かりやすいか…?」
「じゃああなた達が……どうしてそんな事するのっ!?」
「うるっさいわねこのアホ面女ッ!!あんたらぶっ殺す為にわざわざ悪目立ちしてここで待っててやったのよ、大人しく念仏でも唱えときなさいよッ!!」

エーテルが珍しく語気を荒げると、緑髪を2つに結んだ少女・フレイヤもけたたましい怒号を上げてみせる。えくれあは咄嗟に半歩進み出て右手の《ブラン》でエーテルをかばう仕草をするが、それを見たフレイは嘲笑を浮かべて姉妹を見下し、口を開く。

「噂は聞いてんだ…お前ら、あのルーサーを倒したんだろ…?」
「貴様、何故それを……!!」

えくれあの鋭い視線とフレイの嘲りの視線が、見えない火花を立ててぶつかり合う。

「俺達が何故それを知ったのかはどうだっていい……俺達はお前らにお礼がしたいんだよ……よくも俺達が殺す筈だったあの野郎をぶち殺してくれやがったってなぁ……!!」
「まさか兄ちゃんの言う通りにアークスの連中ぶっ殺してたらほんとにノコノコやってくると思わなかったけどねッ!!さぁ、覚悟しなさいッ!!」

フレイはもう堪えられないと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべて黒い細身の刀身を持つ大剣《アポトーシス》を構える。フレイヤもまた、邪悪な笑みを浮かべて白く輝く飛翔剣《ZodiacSign》を両手に握った。

「あなた達は、ルーサーとどんな関係があるというのですか…!!」
「それは…お前らと一緒だよ……!!」
「一緒……ああっ!?」

エーテルは目の前で起こった変化に思わず声を上げた。それはフォトンの励起と共に起こったフレイとフレイヤの僅かな外見の変化だった。

「眼が紅く……っ!?」
「尤もあたしらのは『後付け』だけどね…あんた達と違ってさッ!!」

双眼を紅く光らせたフレイヤは、目にも留まらぬ速さで地を這うようにえくれあに迫った。振り下ろされる白銀の飛翔剣を、えくれあも《ブランノワール》を構えて受け止める。しかし、その小さな身体からは想像も付かない程の力にずるずると押し込まれていく。

「くっ…!!」
「えくれあちゃんっ!!」
「おおっと、お前の相手は俺だ!!」
「きゃあっ!!」

自分の真横を押し飛ばされたえくれあに、エーテルは思わず視線を向ける。しかしその隙を、すかさず漆黒の大剣が襲う。間一髪でかわしたエーテルの身体は、あえなくよろけて尻もちを付いてへたり込んだ。

「あなた達もダーカー因子を……ならば……!!」

えくれあが意を決したように呟く。

「おかわりはどうだ!?サクリファイスバイト!!」
「繋いで……イル・ゾンデ!!」

フレイがフォトンを纏った一撃《サクリファイスバイト》を振り下ろすより僅かに早く、エーテルの身体を雷が包む。地面を蹴って《イル・ゾンデ》で後方へ跳んだエーテルは、そのままの勢いでえくれあと斬り結んだフレイヤへ飛び込んでいく。

「チッ……!!」
「えくれあちゃん…っ!!」
「姉さん……!!」

エーテルの気配を察したフレイヤは、舌打ちをしながら飛び退る。エーテルは《イル・ゾンデ》を躱されながらも、すれ違いざまに右手を突き出し《ザンバース》を展開する。そしてフレイヤから解放されたえくれあと一瞬目を合わせた。

「行きます…ディストラクトウィング!!」
「届いて、ラ・グランツっ!!」
「ぐっ、やってくれるわね……ッ!!

次の瞬間、真紅のフォトンが戦場に吹き荒れた。両眼を真紅に染めたえくれあが《ディストラクトウィング》でフレイヤに猛追する。今度はフレイヤが剣を構えて受け止めるが、《ザンバース》を纏った《ブランノワール》から放たれる風の刃までは防ぎ切れず、紫の衣のあちこちが裂け始める。エーテルが着地と同時に放った《ラ・グランツ》もフレイヤを襲うが、紅く染まった光線はフレイヤの僅か左に逸れて空へと伸びていく。

「早速本気を見られるとはな!!上等だ、ギルティブレイク!!」
「させないよっ、ペネトレイトアロウっ!!」

えくれあとエーテルの反撃を目の当たりにしたフレイは、笑みを浮かべながら猛然とえくれあに斬り掛かる。しかしそこへ、赤いフォトンを輝かせた1本の矢が撃ち込まれた。フレイの《ギルティブレイク》は弾かれて軌道が逸れ、えくれあのすぐ脇の地面を凄惨に抉っていく。

「兄ちゃんッ!!このガキはあたしの獲物だよッ!!殺るならあっちのアホ面にしてよねッ!!」
「あなたも大概子供でしょうが……!!」

フレイに悪態を付くフレイヤへ、えくれあは一度剣を斬り払って距離を取る。そして直ぐ様体勢を立て直すと、左手にフォトンを込めて五芒星を描いた。

「裁け、ジャスティスクロウ…!!」
「ナメんなッ!!イモータルターヴッ!!」

えくれあが右手を突き出して打ち込んだ紅いフォトンを、フレイヤが《ZodiacSign》から伸びるフォトンの鞭で叩き落とす。

「雑魚がいきがるんじゃねぇ!!」
「雑魚でもなんでも、えくれあちゃんのことは守ってみせるっ!!」

フレイは地面を蹴り、空中をくるりと回り《ツイスターフォール》でエーテルに斬り掛かる。エーテルは後方へ飛び退りながら《シャープボマー零式》の爆風で降り注ぐ大剣を弾き飛ばした。

「いいぜ…おいフレイヤ!!でかい口叩いたからには、そのガキ絶対ぶっ殺せ!!」
「あったり前ッ!!ほらほら、すかしてんじゃないわよクソメガネッ!!」

フレイの発破に息巻いたフレイヤが全身に力を込める。瞬く間にフォトンが増幅し、《リミットブレイク》状態と化したフレイヤは、2本の剣にフォトンを纏わせ、えくれあに激しく斬りかかった。

「覚悟しなさいッ、ケストレルランページッ!!」
「……」

左右から降り注ぐ斬撃を、えくれあは最小限のステップで躱していく。フレイヤは力任せに剣を振り下ろし続け、最後にフォトンを叩き落とすようにえくれあの頭上に剣を叩き付けた。えくれあは無言で《ブランノワール》を頭上に構えると、降り注ぐフォトンの奔流ごとフレイヤの《ZodiacSign》を受け止めた。

「…軽いですね、あなたの剣は。」
「何ですって……ッ!?」

フレイヤは力任せにえくれあを捻じ伏せようと試みた。しかし、目の前の華奢な銀髪の少女はびくともせず、むしろ徐々に自分の身体が押し返されている事に気付いたフレイヤの顔に焦りが滲み始めた。

「分かりませんか…ならば教えてあげましょう……!!」
「くッ!?」

えくれあは目を見開き、両腕に力を込める。そして体格的に僅かに勝るフレイヤの身体が地面に放り出された。



「どうした!?そんなんであのちっちゃい妹を守れると思ってんのか!?」
「くっ……!!」

えくれあとフレイヤが激闘を繰り広げている頃、エーテルはフレイの激しい剣技の押収に圧倒されていた。

「っ、マスターシュートっ!!」
「当たるかよ間抜け!!砕け、スタンコンサイド!!」

エーテルは苦し紛れに《リカウテリ》に矢をつがえて乱れ打ちを試みるが、フレイは苦もなくそれを躱し切る。そして、無防備なエーテルの側頭部に《アポトーシス》の刃の腹が迫る。鈍い衝撃音と共に、エーテルの細い身体は力無く地面に崩れ落ちた。

「がっ……ぐっ……」
「情けねぇなぁ!?さっきまでの威勢はどこ行ったんだ、あぁ!?」

フレイはエーテルの身体を持ち上げると、その腹に蹴りを入れて地面に叩き付ける。力無く横たわるエーテルの口からはどす黒い血液が吹きこぼれた。

「…こんなのに殺られるとは奴も不甲斐ねぇな…まぁいい、これで終わりだ……!!」

フレイは《アポトーシス》にフォトンを込め、大きく振りかぶった。強大なフォトンによって2倍程に膨れ上がった刀身が、振り下ろされた。

「消し去れ、オーバーエンド……!!」
「………へへっ、それを待ってたよ…っ!!」

その瞬間、今まで身動きしなかったエーテルの口元に、笑みが光った。バネのように跳ね起きたエーテルは、そのまま爆発矢《シャープボマー零式》を放ちながら後方へ飛び退った。

「馬鹿かてめぇ、どこ狙ってやがんだ!!」
「おばかさんは…どっちかなっ!!」
「何……!?」

エーテルの放った矢はフレイのはるか頭上へ突き抜けた誤射……のはずだった。しかし、エーテルは自信に満ちた表情を浮かべ、大きな紅い瞳でフレイを睨み返している。そして、フレイの《オーバーエンド》がエーテルの鼻先を掠めて地面に叩き付けられた瞬間、フレイの後方で激しい爆発が起こった。

「がっ、は……?」
「…お手柄です、姉さん。」

エーテルの《シャープボマー零式》は、彼女の狙い通りに着弾していた。えくれあに突き飛ばされて一瞬よろけたフレイヤは、上空から降り注いだ爆発矢に気付くことすら出来ずに被弾し、地面を転がった。全身から血を流し、衣もボロボロになったフレイヤは、未だに状況を掴めずに茫然とえくれあを見つめていた。

「てめぇ…最初から……!!」
「ねぇ、わたしを馬鹿呼ばわりしたあなたは妹ちゃんを守れたのかな……っ!!」

自身の背後で起こった事象を察したフレイは、憎悪に満ちた表情でエーテルを睨み付けている。エーテルは額から血を滴らせた顔に白い歯を覗かせ、真っ直ぐに引いた弓をフレイに向けていた。

「さぁ、『今度は』決めるよ…っ!!」
「てめぇ…殺す……!!」

エーテルの挑発に、フレイは怒りを爆発させて剣を振り上げた。そして、その剣を振り下ろそうとフレイが一歩踏み出した、まさにその時だった。

「がはっ……!?」
「…妹を守れず、挙句に幼稚な挑発に乗せられ隙を晒すとは…愚かですね。」

えくれあは紅い双眸を冷たく光らせ、フレイの背中に突き刺した愛剣を引き抜いた。

「兄ちゃん…逃げ……」
「逃しは、しません…!!」

《ブランノワール》が、真紅に染まって閃く。フレイの身体を、鋭く、速く、強く切り裂いていく。そして、鮮やかな紅い奔流がフレイの脳天に降り注いだ。

「…これが、ケストレルランページです。」
「ぐぉ……がぁ……」

えくれあが吐き捨てるように呟いたのと同時に、フレイの身体が地面に崩れ落ちた。



えくれあは愛剣を鞘に収めると、まずはエーテルに駆け寄り《スタンコンサイド》で殴打された側頭部に手を添えた。

「姉さん、大丈夫ですか?」
「えへへ、何とか平気みたいっ!この紅いフォトンのおかげかなぁ~…?」

エーテルは右手にフォトンを滲ませながら手を開いたり閉じたりを繰り返した。

「何故だ…何故俺達が、お前ら如きに……」

えくれあが振り返って身構えると、今にも倒れそうにふらついているフレイヤに支えられながら、フレイがエーテルを睨み付けていた。

「んー…わたしは正直強くないし、あなた達の方が強いと思うけど…でも、わたしにはえくれあちゃんがいるからねっ!!えくれあちゃんの事信じて頑張ればきっと何とかなるんだよっ!!」
「…あなた達は、ただ力で圧倒することを考えるばかりでしたね。確かにあなた達の力は強大かもしれません。実際、個の力では私達は一歩遅れを取っていました…ですが、あなた達は単に『強い個』であっただけ…私達がなぜあの男…ルーサーに打ち勝つ事ができたのか、よく考えるべきでしたね。」

えくれあの澄ましたような淡々とした口調が、その横で光るエーテルの笑顔が、緑髪の兄妹の怒りを滾らせる。

「…ざけんな……っざけんじゃないわよッ!!信じるですってッ!?そんなもんで、そんなもんであたし達が…ッ!!」
「その傷でその強気ぶりは見事なものですが…あまり関心はしませんね。」

えくれあがそっと右手を背中に回す。静けさを取り戻した広場に、カチャリと金属の擦れる音が鳴った。

「…どうやら、俺達はお前らを甘く見ていたらしい。今日のところは引かせてもらう、が……」
「逃がすとでも……?」
「……あぁ、そうさせてもらうぜ。」

フレイが呟いた瞬間、その身体が赤黒いフォトンが包み込む。そして、フレイヤと共に徐々にその邪悪なフォトンに飲み込まれていく。

「ああっ!?それ……っ!!」
「ルーサーと同じ…!?しまった……!!」

かつて旧マザーシップで《ファルス・アンゲル》を撃破した時と同じ光景を目の当たりにし、えくれあが慌てて剣を抜いて走り出した時には、既にフレイ達は身体のほぼ全てを赤黒いフォトンの渦に飲まれていた。

「…お前らに1つだけ忠告してやる。信頼なんてのは、ただの甘えだ……その甘えは、いつかお前らの首を締めるぜ……」



時刻は巡り、夜。アークス達の生活居住区にも、優しい星明りが差し込んでいる。

「…あの兄妹、仕留め損なってしまいましたが…。」
「うん…また来るかなぁ~っ?」

マイルームの椅子に腰掛けるえくれあの呟きに、エーテルはベッドに座りながら首を傾げる。

「分かりませんが…ルーサーと関わりがあったようですし、あの口ぶりからしてまた私達を狙ってくる可能性は高いですね。」

そう言ってえくれあが飲んでいた紅茶をテーブルに置くと、エーテルは大きく万歳をしながらベッドに倒れ込む。やがて、掛け布団に顔を埋めたエーテルがくぐもった声で唸った。

「むむむ~…フィリアちゃんとフェーくんは見つからないし、ルーサーの変な知り合いは出てくるし、わたし達これからどうなっちゃうんだろうねぇ~…?」
「…どうなっちゃう、とか言いながら随分と呑気な格好ですね。」

えくれあは立ち上がりながら溜息をつく。彼女の目には、ピンク色の寝間着を微妙にはだけさせながらベッドの上に転がるだらしない姉の姿が写っていた。

「だって疲れたも~ん…今日はもう寝るよ、おやすみえくれあちゃ…ん………」
「…よくもそんな一瞬で寝られるものです…はぁ…」

えくれあはもう一度大きく溜息をつくと、エーテルの身体をベッドの端に寄せ、自分もベッドの上に寝そべって布団をかけ直す。そして、隣で寝息を立てるエーテルの姿をちらりと見てから、眼鏡を外して眠りに就くのだった……。