落ちこぼれの意地

 真っ暗闇の中に響く、剣と剣がぶつかり合うような音。エーテルはその音によって意識を取り戻し、ふらふらと周りを見つめる。周囲は暗闇に覆われて何も見えなかったが、遠くの方に一点の光を見つけ、彼女はよろよろと歩いていく。

「あれは…えくれあ、ちゃん…?」

歩けど歩けど近付けないその光だったが、やがて光は1人の人物に姿を変える。

「やっぱり…えくれあちゃんっ!」

エーテルは徐々に足を速め、妹の元へと近づいていく。すると、近づいていくと同時に、段々と何かの音がする。走ったことで高鳴る鼓動の音を意識しないように耳を済ませるエーテル。聞こえてきたのは、水のようなものが流れる音。

「お~い、えくれあ…ちゃ、ん…?」

しかし、流れていたのは水では無かった。辿り着いた妹の身体は大量の鮮血を流し、その音がエーテルの耳に届いていたのだ。

「いや…いやぁ……。」

嗚咽を漏らすエーテルに、『その人影』が振り向いた。そして、エーテルの前へと歩み寄りゆっくりとエーテルに抱き付いて……。

「……ごふっ」
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「うわああああああああああああああああああああああああああ!?」

エーテルが絶叫した瞬間、暗闇の世界は消滅し、やがてエーテルは自分が民家に寝かされていたことに気付く。隣に顔を向けると、どうやら同時に叫び声を上げたらしい少年が、水桶を片手にこちらを怯えた目で見ていた。

「あれ…夢、だったのかな…?それより、きみは……?」
「あっ、あの…その……ごめんなさい…。」
「何の騒ぎだ!?」

怯えた少年にエーテルがきょとんとしていると、奥の部屋から大柄な青年が現れた。青年は少年をきつく睨み付けるとエーテルに向き直り、想像以上に柔和な声で話しかけた。

「やぁ、目が覚めたようだね。気分はどうだい?」
「あ…うん、大丈夫…だけど……」
「それは良かった。君の方は魔力を使い切っただけみたいだったから、すぐ良くなるとは思ったけどね。」
「うん……ってそうだえくれあちゃんっ!!ねぇ、えくれあちゃんは見てない!?わたしと一緒に居たよねっ!?」
「えくれあ…ちゃん…?」
「わたしの妹っ!!ちっちゃい黒い服の子で、銀髪で眼鏡で、両眼はわたしと反対のオッドアイでっ!!!!」
「あぁ、あの子は君の妹なのか。おいで、あっちで眠っているよ。」

そう言って青年は自分が来た奥の方を指差した。

「っとその前に…チィ、お客さんにちゃんと謝ったのか?」
「っ…ええと、その…」
「お前なぁ…寝込んでる人に水ぶっかけて起こすとか、普通はしないだろう…。」
「そっか…それであんな夢を……」

エーテルはチィと呼ばれた少年の手元の桶を見ながら先程見た不快な夢をふと思い出し、一瞬納得の表情を浮かべる。しかし次の瞬間には再び険しい表情に戻り、青年の後に続いて奥の部屋へと入り込んだ。

「えくれあちゃん……?」
「大丈夫、一応の治療は施したから命に別状はない。今は眠っているだけだ…君の治癒魔法のおかげだね。」
「わたしの…?」
「君は妹の為に治癒魔法を連発し、力尽きた……違うかい?」
「そう…だけど……。」
「その処置が早かったおかげでこの子は助かった、少しでも対応が遅れていたら……」
「そうだったんだ……でもありがとう、助けてくれて…。」

エーテルは安堵の表情を浮かべると眠っているえくれあの傍に座り込み、ゆっくりと手を握った。えくれあは全身に深い傷を負っていたが、眠っているその表情は心なしか穏やかになったように見えた。

「…だが安心するのはまだ早い。命は取り留めたが、このままでは賞金稼ぎとして働くのは難しいだろうね。」
「えっ……そんな…なんとかならないの…!?」
「…方法はあるよ。君達が倒れていた森の中に、洞窟があるんだ。その最奥部にある泉の水には、あらゆる傷を癒やす力があると言われている…。」
「じゃあ、それを取りに行けば…」
「でもね、あの洞窟には強力なエネミーが棲んでいるんだ。恐らく、君じゃ10秒と保たないよ。」
「あっ…そんな…」

がっくりとエーテルが肩を落としたその時、家の戸が開く音がした。そして、小気味の良い足音と共に短髪の少女が部屋に入ってきた。

「おっ、寝てたお姉ちゃん起きたんだねー。フゥ兄ちゃん、ただいま~。」
「おかえり、スゥ。ついさっき、目を覚まされたところだよ。」

「フゥ…?それが、きみの…」
「あぁっと、そういえば自己紹介がまだだったね…僕はフゥ。この子が真ん中の妹のスゥで、向こうで君を起こしたのが末っ子のチィさ。」
「フゥくんに、スゥちゃんに、チィくん…」
「そっ、あたし達が倒れてるお姉ちゃん達を見つけて助けたんだよ~。」
「そっか…うん、ありがとうねっ!」

白い歯を見せて笑うスゥに、エーテルも笑顔で答える。フゥはそんな2人のやり取りを微笑ましく眺めていたが、やがて表情を引き締めスゥに

「…スゥ、武器を持ってきてくれ。泉の洞窟へ向かう。」
「おっ、そうこなくっちゃね~。さっきいい薬草をたくさん仕入れたんだ、チィも呼んでくるよ~。」

そう言うとフゥは、向こうの部屋で待つチィの方へと歩いていった。

「実はね、君が目覚めなければ僕達だけで洞窟へ向かうつもりだったんだよ。」
「えっ、どうしてそこまで……?」
「それはもちろん、君達がきれいだったから…」
「ふぇっ?」
「…はは、冗談さ。森で倒れている人を見ていたら放ってはおけないよ。それに君の妹のあの剣……」
「えくれあちゃんの…なんて?」
「いや、何でもないよ。さぁ、君も行くだろう?身支度をしておくといいよ。」

そう告げて部屋を出ていったフゥ。エーテルはもう一度、妹の手をそっと握りしめると、家主の3兄弟を追って部屋を出たのだった。



しばらくして村を出たエーテルとフゥ達兄弟は、すっかり打ち解けた様子で道中を進んでいた。

「そっかぁ、わたし達いつの間にかユピテル村に着いてたんだねっ!」
「僕達は生まれてからずっとあの村で育ったからね。」
「そうなんだー!でもずっと村に居たのに戦いは上手だねっ、わたしよりつよいかも…」
「あたし達は狩猟生活が基本だからね~、戦闘も生活の一部って感じだよ~。」
「生活の一部か~、何かすごいねぇ~っ!」
「で、でも…お姉ちゃん達もそうなんでしょう?賞金稼ぎなんだし…」
「あー、ええっと~…わたし達はまだ新人さんだからさっ、あははは~…」

談笑しながら先へ進む一行が『泉の洞窟』の入り口に差し掛かろうという時、3体の《ウルフ》が洞窟内から現れた。

「うぅ~…こいつって…」
「…ここらのウルフのボスは君達が倒したから心配はいらないと思うけどね…そうだ、チィ!せっかくだから、今のうちにエーテルに弓の扱いを教えてやってくれ。」
「えっ、ぼくが…?」
「あんたしか弓使えないんだから当然でしょ~。」
「えっへへ、よろしくねチィくんっ!」
「僕とスゥで1体ずつ倒す。チィとエーテルで1匹、頼んだよ。」

フゥは冷静に指示を出すと、背中の両手剣《ロングエッジ》を構えて目の前のウルフに飛びかかった。

「はあああああ!!!」

フゥの放った両手剣用剣技《バーチカルスマッシュ》は的確に《ウルフ》の脳天を打ち砕き、昇天させた。

「うわぁ、フゥくんやっぱり強いなぁ~っ!」
「へへ、あたしも負けないよ~。」

フゥに触発されたようにスゥも手近な1体に素早く近寄り、右手の《ブロードソード》を振るっていく。斬りつけられた《ウルフ》は逆上して歯を剥き出しにして大きく飛びかかるが、それが最期だった。

「いっちょ上がりー!」

スゥは飛びかかってきた《ウルフ》を蝶が舞うように飛び退って躱し、着地した瞬間に《ソニックインサイト》で蜂のように突き刺した。貫かれた《ウルフ》は断末魔を吠えることすら許されずに地面に倒れ伏していく。

「…さぁ、今度はぼく達の番だよお姉ちゃん。」
「う、うんっ、頑張ろうねっ!!」
「まずは弓の基本技…パーシストアローは使えるよね?」
「…ぱー、しすと…?」
「…お姉ちゃん、本当に賞金稼ぎなの?」
「こ、この前アカデミーを卒業したばっかりだから…あはは…」

目を逸らして苦笑いするエーテルを怪訝そうに見ながら、チィは背中の《ウッドボウ》を引いてその矢に魔力を纏わせる。放たれた矢《パーシストアロー》は《ウルフ》の左前脚を的確に貫き、そのまま地面に突き刺さって動きを止めた。

「おおーっ!すごいねーっ!!」
「すごいねって…今度はお姉ちゃんがやるんだよ…?」
「えっ」
「ほら、構えてみて…?」

チィに言われるがまま、《ロングボウ》を引き絞るエーテル。矢に意識を集中して魔力を生成していく。

「お姉ちゃんは、得意な技とか魔法ってある?」
「うーん、全部苦手だけど、補助魔法はえくれあちゃんに教わって使えるようになったよ?あっ……うん、アグレス…とか……。」

エーテルはそう言いながら、血みどろになって《ワーウルフ》と死闘を繰り広げた最愛の妹の姿を思い出し、思わず目を伏せる。

「…?とにかく、アグレスだったら相手の身体に意識を集中するよね?パーシストアローは貫通力に特化した技だから、どんなものにも負けない強い矢をイメージしてみて?」
「う、うんっ、わかった…っ!!」

チィのアドバイスを受けて、エーテルは意識を再び集中した。アカデミー時代から戦闘訓練を怠っていたエーテルには強い矢のイメージは浮かべることができなかった。しかし、エーテルの脳内を支配する1つのイメージと感情。

「(もし、あの時わたしもえくれあちゃんと一緒に戦えていたら…えくれあちゃんはあんな怪我しなくても済んだかもしれない…わたしが、もっと強かったら…!!)」

しかしその時異変が起こった。左脚を貫かれた《ウルフ》が、もがいている内に徐々にチィの矢の束縛から解放されていく。

「まずいよお姉ちゃん、撃ち込んだ矢が…!」
「大丈夫…」
「えっ…?」
「えくれあちゃんは………わたしが守るんだからっ!!!」

エーテルの叫びとともに一気に増幅された魔力が矢を包み込み、先程のチィの放ったそれとは比べ物にならない威力の《パーシストアロー》が放たれる。その矢は頭部への狙いを僅かに逸して《ウルフ》の脇腹に命中するが、矢に込められた魔力は一撃で《ウルフ》の胴体を消し飛ばした。

「すごい…すごいよお姉ちゃん…。」
「…へっ?今の…わたし?」
「他に誰が居るんだ、すごいじゃないか。」
「へへ、あたしも見直しちゃったよ~。」

自分のしたことを上手く飲み込めないままチィの賞賛を受けるエーテルの元に、フゥとスゥも笑顔で駆け寄ってくる。

「流石はアカデミー卒業生だね。むしろ僕達がやり方を教わりたいくらいだよ。」
「あっ、う~ん……実はどうやったかあんまり自分でもわかってなくて…」
「お姉ちゃん、それ本当なの…?」
「えっへへ~…ごめんね、わたしほんとにアカデミーでも一番じゃないかってくらいだめだめで、そのせいでえくれあちゃんにあんな大怪我させちゃって……さっきはもう、えくれあちゃんのあんな姿二度と見たくない!!って一心だったから…」
「でも、さっきのはすごかったよ~。姉ちゃんも早く強くなれるといいね~。」
「っ……うんっ!!」
「…よし、とにかく中へ入ろう。あまりぐずぐずしてると、えくれあの容態が悪くなるかもしれないからね。」
「そっか、そうだねっ!!…待ってて、えくれあちゃん……!!」

その目に少しだけ自信を宿したエーテルと、そんな彼女を先刻よりは頼もしく思うフゥ達3人。一行はえくれあの傷を癒やす泉の水を求め、改めて洞窟へ侵入し奥へと進んでいくのだった……。