眩しい陽の光が撫でるように差し込んでくる。そんな朝の日差しを受けながら、えくれあは『Re:Busters』のチームルームに佇んでいた。
「…あれから一週間……ですか。」
そう、死闘の限りを尽くした《ダークファルス【敗者】》との戦いから、はや1週間が経とうとしていた。《ダークファルス【巨躯】》との戦いで負傷したエルディアは未だ意識が戻らず、フィリアも行方を眩ませたまま。フェデルタまでもが、フィリアを探すと言って飛び出したきり、連絡が付かない状態だった。
「…おはよう、えくれあちゃん。」
「おはようございます…姉さん。」
背後からやってきたエーテルは、いつになく静かな声でえくれあに挨拶をすると、彼女が立っているその隣にそっと腰を下ろした。
「…お父さんは、きっと大丈夫だよ。つよい人だから。」
「…はい。」
「フェーくんもきっと大丈夫。無茶する人じゃないから。」
「…そうですね…。」
「フィリアちゃんだって、きっと…きっと……っ」
「……」
エーテルは遂に言葉に詰まり、そのまま黙りこくってしまう。えくれあも返す言葉が見つからないまま、静かに空を見上げていた。
「…っ、そろそろ皆が来るかもしれないね…わたし達が落ち込んでたら、みんな落ち込んじゃうよ…っ」
「…それ、姉さんの役目じゃないですか。」
作り笑いを浮かべて、えくれあは姉を茶化した。それを知ってか知らずか、エーテルも笑顔を浮かべてみせる。
「…えっへへ、そうだったそうだった~…よしっ、今日も頑張ろーっ!!」
空元気で拳を高く上げるエーテルを、えくれあは作り笑いを浮かべたまま、ただ見つめることしかできなかった。
それから数時間後、えくれあとエーテルは未だに2人きりのチームルームで暇を持て余していた。
「…今日、誰も来ないね…っ?」
「それぞれで仕事をなさっているのでしょう……私達は、一応休養という名目で連絡が来ないようになっているのですが……おや?」
えくれあの言葉を遮るように、端末が通話の受信を知らせる通知音を発した。えくれあが通話に出ると、騒がしい青年の声が聞こえてくる。
「ようえくれあッ!!元気にしてるかッ!!」
「…ヴァシムさんでしたか。まぁ、一応身体は元気ですが…。」
「そうかッ!!そいつは何よりだ…いてッ!?ネフェロお前何しやがるッ!?」
「…少しは空気を読みなさい、この戦闘狂。」
「何のことだよッ!?あいつらがダークファルスとの戦いで疲れてるから、ハロウィンパーティに誘ってやろうって、お前も賛成してただろッ!?」
端末の向こうから聞こえてくるヴァシムと、その妹のネフェロのやり取りにエーテルが反応した。
「はろうぃん……ハロウィンパーティっ!!」
「お、その声はエーテルだなッ!!でっけぇかぼちゃのプリンとかもあるらしいぜッ!!お前は来るだろッ!?」
「ぷ!り!んっ!!行くよ絶対行くっ!!えくれあちゃんも連れて行くねっ!!」
「姉さん、私はまだ行くとは一言も……」
端末の主そっちのけで話をすすめるヴァシムとエーテルに、えくれあはうんざりとしながら答える。しかしその時、鈍い打撃音の後にネフェロが説明を始めた。
「…愚兄が失礼しました。で、件のハロウィンパーティですが。かなりの規模で開催されるようなのです……もしかしたら、えくれあさん達が望む情報を持つ者がいるかもしれません。」
「…なるほど、確かに私達には今何の手がかりもありませんし…フィリアさんのことが何か分かるかもしれないのなら、行く価値はあるかもしれませんね。」
「だろッ!?じゃあ俺達はひと足先にリリーパで待ってるから、お前らも早く来いよなッ!!」
「あっ、ちょっと……」
えくれあの返事を待たず、通話は切れてしまった。
「ヴァシムさん…今日の話を今日持ってくるのはいかがでしょう……」
「まぁまぁ、ヴァシムくん達もわたし達の事心配してくれてるんだしっ!!それより何着てこうっ?みんな仮装とかするのかなっ?」
「……姉さんなら仮装などしなくてもそこらの食べ物を片っ端から貪り食べていけば十分化物扱いしてもらえるのでは?ほら、待たせては悪いのでさっさと行きますよ。」
「そっかぁ、じゃあこのままで大丈夫だねーっ!!……あれっ?」
姉の反応に呆れきったえくれあは、そのまま無言でチームルームを出て行く。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ~っ!?」
エーテルは妹の反応の訳に気付く事無く、慌ててえくれあの後を追っていったのだった。
それから1時間後、えくれあとエーテルは無事にネフェロとヴァシムの2人と採掘場跡で合流、ハロウィンパーティパーティへと向かっていた。
「こんなに早い時間から始まるのですね…」
「かなり大規模なイベントのようですからね。できればあまり面倒事は避けたいものですが。」
ネフェロは言葉を止め、ちらりと前方を歩く2人を見やる。
「…それでよッ!!俺がバシーンっと対戦相手を槍でふっ飛ばしてだなッ!!」
「おお~っ!!さっすがヴァシムくんだね~っ!!」
「おうよッ!!今度お前も挑戦してみろよなッ!!」
同じく前の2人を見つめていたえくれあも、ため息混じりに口を開く。
「…それは諦めた方が良さそうですね……」
「…お互い、苦労しますね。」
ネフェロも無表情のまま答えると、それっきり無言で歩き続ける。やがて、豪華な装飾に彩られた会場が姿を現し始めた。
「やっと着いたーっ!!でも、何でこんな所でパーティやるのかなっ?」
「調べたところによると、あまり人が来ない惑星や地域の活性化を目論んでの会場設定のようですが……」
えくれあはここまで答えると不愉快そうに表情を歪めた。
「……あれ、何なんです?」
「今回のパーティのマスコットキャラクターのラタン・エンペ・ラッピーだそうですよ。……そういえば、えくれあさんには少々面白くないかもしれませんね。」
「……おぞましい限りです。」
えくれあはあちこちに展示されている紫色のマスコット人形を睨み付けると、眉間にシワを寄せて黙りこくってしまった。
「んー、フィリアちゃん来てるかなっ?」
「俺はそのフィリアってヤツは知らねえが…カボチャが好きなら来るんじゃねえかッ?」
「…はぁ。聞き込みをしようにも、とても人探しをして回れるような空気じゃありませんね……」
エーテルとヴァシムの能天気なやり取りに、今日何度目かのため息を付いたえくれあ。
「まぁ、やるなら腹を括ってやることですね。」
「……えぇ、そうします。」
ネフェロの淡々とした言葉に頷くえくれあが、意を決して聞き込みを始めようとした、その時だった。
「何だッ!?何の警報だッ!?」
「…どうやら周囲に大量のエネミー反応が出たようです。機甲種に幻創種…ダーカーの反応もあるようですね。」
ネフェロは端末に表示された情報を淡々と読み上げていく。
「えぇっ!?それじゃカボチャのプリンはっ!?パンプキンケーキはっ!?」
「……そんな事、どうだっていいでしょう。」
喚き立てるエーテルを、えくれあが低い声で制する。
「父上の容態は回復しない、フェデルタさんは姿を消して、足取りが掴めないフィリアさんの情報を少しでも得るために来たというのに……」
「気持ちは分かりますが、少し落ち着きなさい。」
「…私は冷静ですよ。無粋なエネミー達め、どうせ何も知らないくせに、邪魔立てするなら殲滅してやります……!!」
えくれあは険しい表情のまま、人の流れに逆らってどんどん先へ進んでいく。
「ごめんねぇ、えくれあちゃん今日は一段とご機嫌ななめみたいで…」
「アレか、あのエンペ・ラッピー共のせいかッ?」
ヴァシムが近くのラタン・エンペ・ラッピー人形を指差しながら尋ねる。
「まぁ、それも無関係ではないかもしれませんが。とにかく、私達も後を追いますよ。」
こうして、ネフェロを先頭に3人はえくれあの後を追っていった。
数分後、えくれあは先行して出現したエネミー達の元へ辿り着いていた。
「雑魚は消えなさい、ディスパースシュライク……!!」
機甲種達は一瞬で身体をバラバラにされ、バチバチと音を立てながら消滅していく。尚も現れる機甲種達に、えくれあが再び《ブランノワール》を振り上げたその時だった。
「ほらよッ!!スピードレインッ!!」
無数の斬撃が一瞬の内に機甲種達を打ち砕いた。振り向くと、そこではヴァシムが愛槍《アルマゲスト》を担いで白い歯を見せていた。
「おいえくれあッ!!1人だけで盛り上がんなよなッ!!」
「未確認の反応も確認されているようです。独断は控えてください。」
「……すみません。」
「あっ、えっと…ね、ねぇっ!この機甲種、あんまり見かけない種類だねっ!!」
申し訳なさそうに項垂れるえくれあに気を使ったのか、エーテルが露骨に話題を変える。
「確かに、どうやら壊世種として指定されている種類のようですね。」
「へッ、なんだろうが雑魚には変わりねぇッ!!どんどん始末してこうぜッ!!」
走りながら会話を交わすバゼラート兄妹の目の前に、今度は大量の幻創種が現れた。
「ベガス・イリュージアですか…取るに足らないゴミですね。えくれあさん、貴方達は先に進んでください。ここは私と兄さんで片付けます。」
「おうッ!!すぐ追い付くから気にせず先に行きなッ!!」
「…分かりました。姉さん、先を急ぎましょう。」
「うんっ!!ネフェロちゃんヴァシムくんっ、また後でね~っ!!」
えくれあとエーテルは幻創種達の間をすり抜け、先へと進んでいく。
「…さて、生ゴミの処理を開始します。」
「おうッ!!ポイ捨てはマナー違反だからなッ!!」
ヴァシムは叫びながら《アサルトバスター》で《ベガス・イリュージア》の前足へ突っ込んだ。ネフェロは取り巻きの《プラチドーラス》の回し蹴りを交わしながら、《ノヴァストライク》に巻き込んでいく。
「…雑魚が。」
「おらぁッ!!これでも食らいやがれッ!!」
再度《ノヴァストライク》で《プラチドーラス》達を蹴散らすネフェロに、《ベガス・イリュージア》の突進が迫る。それを見たヴァシムが横から《ライジングフラッグ零式》を叩き込む。直撃を受けた《ベガス・イリュージア》の左足が砕け、本体も大きくバランスを崩した。
「ゴミはとっとと…」
「消えやがれッ!!」
倒れ込んだ《ベガス・イリュージア》に、ネフェロの《ギルティブレイク》とヴァシムの《ピークアップスロー》が炸裂する。顔面を粉々に打ち砕かれた《ベガス・イリュージア》はそのまま動きを止め、空中へと霧散していった。
一方、先行していたえくれあとエーテルは大量のダーカーに取り囲まれていた。
「どうやら、こいつらも壊世種のようですね…。」
「わわっ、凄い数だよ…囲まれちゃったねぇ…」
エーテルは後ずさりしながら、《ビビッド・ハート》を構える。じわじわと追い詰められる2人。その均衡を破ったのは、えくれあだった。
「覚悟なさい…!!」
えくれあの《ディストラクトウィング》が《ファルケ・レオーネ》の頭部パーツを斬り裂いた。
「やっちゃえっ!!」
エーテルもそれに続いて《ラ・グランツ》を放ち、《ヴリマ・レオパード》の頭部を貫いていく。しかし、2体の壊世機甲種はびくともせず、機敏な動きでえくれあ達に迫ってきた。
「あれっ、全然効いてない…っ!?」
「なんて耐久力ですか……!!」
えくれあはフォトンの刃を飛ばして牽制しつつ、エーテルの手を掴んで横へと逃れる。2体の突進を何とか躱した2人は、武器を構えて身構える。
「動きが速すぎますね…私一人であればともかく……」
「うぅ、わたしだって足止めさえしてくれれば…っ!!」
えくれあの漏れ出た本音に、エーテルが気まずそうな声を上げた、その時だった。
「呼んだかエーテルッ!!」
「ヴァシムくんっ!!」
「…あまり私をがっかりさせないでください。」
「ネフェロさん、痛み入ります…!!」
幻創種達を片付けたネフェロ達が合流し、戦場に割って入った。ネフェロは《ファルケ・レオーネ》に正対し、愛剣《アルマゲスト》を真っ直ぐに向けている。ヴァシムも愛槍を両手に構え、《ヴリマ・レオパード》を真っ向から押さえつけた。
「これだけの猶予があれば…!!」
「十分、かもっ!!」
えくれあの《ケストレルランページ零式》とエーテルの《ビビッド・ハート》の殴打が、それぞれ《ファルケ・レオーネ》と《ヴリマ・レオパード》の頭部に降り注ぐ。2人が着地を決めるのと同時に、2体の壊世機甲種も地面に崩れ落ちた。
「少しは、成長しているようですね。」
「…はい、お陰さまで。」
ネフェロの淡々とした口調の裏にある称賛の意を察し、少しだけ口角を上げるえくれあ。
「へっ、エーテルの方はまだまだ詰めが甘いようだけどなッ!!」
「ありゃっ?あっはは~ごめんごめん~…」
僅かに動きを取り戻そうとした《ヴリマ・レオパード》の頭部に槍を突き立ててはにかむヴァシムに、エーテルも照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
「さて、まだこの奥からも反応があるようですね…。」
「ならば、ゴミ掃除の続きといきましょう。」
「だなッ!!」
「おおーっ!!」
4人は士気を高め、更に奥へと進んでいった。
その後、幻創種や壊世ダーカーの群れを殲滅しながら、えくれあ達はいよいよ反応が確認される最終地点まで辿り着いた。
「ここがラストか……ん、あれは…ッ!?」
ヴァシムが何かに気付いて身構える。その紫と桃色のオッドアイの先には、異様な姿をしたエネミーが待ち構えていた。
「何あれ…っ!?」
「…見たこともないエネミーですね……それに…」
えくれあは眼鏡をくいっと上げ、そのエネミーの後方にある結晶体に目を見張った。
「…相手がなんだろうが、潰すまでです。」
ネフェロは愛剣を構え、《ギルティブレイク》で一気にそのエネミー《ディーオ・ヒューナル》に向かっていく。
「……!?ネフェロ、危ねえッ!!」
「!?」
ヴァシムの声に反応したネフェロが咄嗟に足を止める。その瞬間、ネフェロの立ち止まった一寸先に、上空から激しい銃撃が降り注いだ。
「せ、戦闘機がいるよっ!?えくれあちゃん!!」
「見れば分かります!!おそらく、あの奥の結晶体に侵食されているのでしょう……」
えくれあは《ブランノワール》を握り直し、低く身構えた。
「私はあの結晶体の破壊を試みます。ヴァシムさんと姉さんで、ネフェロさんの援護をお願いします…!!」
「うんっ、おっけーっ!!」
「おうッ!!………おおッ?」
えくれあの真剣な表情に、エーテルだけでなくヴァシムもつられて頷いた。次の瞬間、えくれあは《ディストラクトウィング》でネフェロも《ディーオ・ヒューナル》も躱し、奥の結晶体を斬り付けた。
「これで決めます……!!」
えくれあはそのまま《スターリングフォール》を放ち、12本のフォトンの刃を次々と突き刺し、そのまま結晶体を爆破した。
「なっ……!?」
しかし、ネフェロはその時上を見上げて絶句していた。制御を失った戦闘機が真っ直ぐこちらに向かって墜落してきたのだ。
「そーれっ!!」
それを見たエーテルは直ぐ様愛弓《リカウテリ》を取り出し、《シャープボマー零式》を戦闘機に向けて放った。着弾した矢は戦闘機を空中で爆破し、ネフェロは間一髪、戦闘機の下敷きから逃れることに成功した。
「っしゃあッ!!俺らも負けてられねぇぜネフェロッ!!」
「煩い人ですね……。」
ヴァシムは嬉々とした表情でネフェロの元へと駆け出す。ネフェロは鬱陶しそうな声で反応したものの、ヴァシムの意思を察したように右手の《アルマゲスト》を地面に突き刺した。
「おらよッ!!ギルティブレイクッ!!」
「塵と化せ、アサルトバスター。」
ヴァシムは追い抜きざまに自分の《アルマゲスト》を高く放り投げ、ネフェロの《アルマゲスト》を掴んでそのまま《ギルティブレイク》を放った。ネフェロは上から振ってくるヴァシムの《アルマゲスト》を掴んで握り直し、《アサルトバスター》で《ディーオ・ヒューナル》に迫った。
「かっこいいーーーーっ!!」
「感心してる場合ですか……おおっと」
状況も忘れて大はしゃぎするエーテルを視界から外したえくれあは、ネフェロ達の方へ向かおうと現れた増援のダーカーに向き直った。
「あなた達の相手は私です……!!」
えくれあが放った渾身の《ジャスティスクロウ》は、不用意にコアを出した《オロタ・ビケッタ》のコアを撃ち砕き、一瞬で四散させた。
「一気に決めるぜッ!!」
「言われなくとも……ッ!?」
畳み掛けて《ディーオ・ヒューナル》を仕留めようとしたヴァシム達だったが、ネフェロが異変に気付いた。《ディーオ・ヒューナル》の背中に黒い翼が生え始め、そこから無数のフォトンの弾幕が降り注いでいく。
「しまった…ッ!?」
「くそッ、やられる…ッ!!」
「ネフェロさん、ヴァシムさん!!」
「間に合えーっ!!!!!!」
攻勢に移ろうというタイミングで反応が遅れたバゼラート兄妹に、エーテルが全力疾走で駆け出した。両の眼を真紅に光らせたエーテルは、右手を突き出し渾身の力で《ゾンディール》を放った。通常の倍はあろうかというエーテルの《ゾンディール》は、異常な吸引力でヴァシムとネフェロを引きずり込んだ。
「うおおおおおッ!!」
「くッ………」
全ては避けきれず多少の弾幕を浴びた2人だったが、エーテルの咄嗟の機転で何とか致命傷を免れた。
「大丈夫っ!?…レスタっ!!」
「油断しました、まさかあんな攻撃を仕掛けてくるとは…。」
「危ねえところだった、助かったぜエーテルッ!!」
「えへへ~…二人が無事で良かったよっ!!」
にっこりと微笑むエーテル。と同時に、えくれあが《ディーオ・ヒューナル》に向けて双剣を振るっていた。
「(こいつが何者かは知りませんが、両腕にあるあのダーカーのコアのような物を壊すことができれば……!!)」
両腕を振り回して攻撃してくる《ディーオ・ヒューナル》を何とか躱しながら、えくれあは必撃の機会を待った。
「……ここです!!」
《ディーオ・ヒューナル》が攻撃を空振って腕を地面に叩き付けた、その瞬間だった。
「ディスパースシュライク……!!」
一瞬の隙を逃さず、えくれあは渾身の力で《ディーオ・ヒューナル》の腕を斬り付けた。すると、両腕のコアが砕けてその動きが鈍った。
「今です…!!」
「っしゃあッ!!」
「……ゴミが。」
「わたしも行くよーっ!!」
ヴァシムとネフェロが猛然と飛び出し、エーテルはその場で再び弓を引いた。しかし、《ディーオ・ヒューナル》もまた、えくれあ達を屠らんと上空にフォトンを集約し、赤いエネルギー球体を生み出した。
「あれは…!?」
「関係ねぇッ!!」
「殺られる前に殺るだけの事です。」
一瞬身構えるえくれあだったが、兄妹は意にも介さず《アルマゲスト》を構えた。えくれあも覚悟を決めた様子で、紅く輝く双眼で《ディーオ・ヒューナル》を睨み付ける。
「食らいやがれ、オーバーエンドッ!!」
「…ティアーズグリッド。」
「ケストレルランページ…!!」
「当たってっ!!ラストネメシスっ!!」
赤いエネルギー体が今にも爆発しそうに膨張したその瞬間、4人の全力攻撃が《ディーオ・ヒューナル》を襲う。これでもかと言わんばかりの猛攻に、その正体不明のエネミーは赤いフォトンを散らしながら消滅していった。
「やった…っ!?」
「みてぇだな…ッ!!」
辺りに反応が無い事を確かめて、エーテルとヴァシムが笑顔でハイタッチを決める。
「お疲れ様でした。お二人共、しばらく見ない間に力を付けましたね。」
「…!!い、いえ、恐縮です…!!」
大先輩に当たるネフェロに力を認められて、珍しくえくれあが表情を緩めている。その場に居る誰もが勝利の余韻に浸っていた、そんな時だった。
「…あれっ?何か降ってくるよっ?」
「んんッ?おい見ろよッ!!会場にも置いてあったラッピーじゃねぇかッ!!」
エーテルが見上げた方を、ヴァシムが指差した。そこには、風船を持ってふわふわと落下してくる《ラタン・エンペ・ラッピー》の姿があった。
「悪くない色合いですね。」
「すごーいっ!あんなの初めて見たよっ!!」
「まさか本物が居たとは驚いたぜッ!!」
一行は珍しい巨大ラッピーに各々はしゃいでいた。ただ、1人を除いて。
「………」
「あっ……え、えくれあちゃん……?」
「……ははは、今更何を恐れることがありましょうか…たかがラッピーですよ…愛玩動物みたいなものでしょう…ダークファルスにさえ打ち勝った私の敵では…ははは……」
えくれあはさっきまでとは別人のように虚ろな眼をしてふらふらと《ラタン・エンペ・ラッピー》へと歩み寄っていく。
「…おい、あれ大丈夫なのか…ッ?」
「わかんないけど…」
「…どう見ても常軌を逸していますが。」
「何か嫌な予感がするよ……っ!!」
一行が見守る中、えくれあは遂に《ラタン・エンペ・ラッピー》の目前まで辿り着いた。
「大丈夫…私は大丈夫…ダイジョウブ……」
引き攣った笑みを浮かべて《ラタン・エンペ・ラッピー》に手を差し伸べた、その時だった。
「「「あ。」」」
《ラタン・エンペ・ラッピー》は、突然えくれあを持ち上げて抱きしめたのだ。
「……………………」
「えくれあちゃん……っ?」
「……………………」
「…あれ、失神してないか……ッ!?」
「やっぱりダメだったーっ!?」
えくれあは《ラタン・エンペ・ラッピー》の腕の中で白目を剥いて意識を失っていた。
「仕方ねぇ、助けるぞッ!!」
「え、可哀想じゃないですか。」
「あれれっ!?ええっとネフェロちゃんの言うことも分かるけどっ!?あれれっ!?」
《ラタン・エンペ・ラッピー》の愛くるしさに心奪われたネフェロを必死に説得したエーテルとヴァシムは、その後数分掛けてえくれあを《ラタン・エンペ・ラッピー》から引き剥がすことに成功した。3人は失神したえくれあを連れてアークスシップ『フェオ』に帰還したが、結局えくれあは翌朝まで目覚めず、数日の間は紫色の物を見ただけでフラッシュバックを起こすほどにトラウマが深くなったのだとか……。