Little Guardians

「はわわ、可愛い洋服ですね!!」
「ジェビアおねえちゃんによくにあいそう、なの!!」
「ほへぇ~、ここ色んなお洋服あるんだねぇ~っ!!」

アークスシップ『フェオ』の市街地にある、巨大ショッピングモール。その一角ではしゃいでいるのは、ジェビア・Ailak・エーテルの3人だ。

「ほらほらっ、これなんかAilakちゃんに似合いそうだよっ!!」
「ほ、ほんと!?な、なんだかてれるの……!!」
「さっすがエーテルさん、元モデルさんだけあってお洋服選び上手ですね~!!」

無邪気にショッピングを楽しむエーテル達。その通路を跨いだ反対側のフードコートの一席に、そんな3人を監視する少年達がいた。

「姉ちゃん、大丈夫かな~…」
「キュロスは心配症だなぁ!アイラクとエーテルもいるんだし大丈夫だよ!!」
「それはそれで心配だとは思うのですが。流石にお三方ともアークスとして独立されている訳ですし大丈夫でしょう。」
「独……」
「立……?」
「…いえ、失礼しました。」

携帯端末のカメラ機能を駆使し、それとなくジェビアを観察するキュロス。そんなキュロスを呑気に励ましているニーウの横では、フェデルタが退屈そうに本のページをめくっていた。

「それにしても、ただの買い物の様子を僕達が見に来る必要があるのでしょうか。」
「そんなこと言ってさ、姉ちゃんにもし何かがあったらどうするのさ?姉ちゃんがどれほどドジか君に分かるわけ~?」
「まぁ、それに一緒にいるのがアイラクとエーテルだしねぇ!3人揃うと…まぁ確かに…ねぇ?」
「…まぁ否定はしませんが。」

そう言うと、フェデルタは本を閉じて目線をエーテル達へと向ける。相変わらずはしゃいでいるが、今のところ大きなトラブルに巻き込まれそうな気配は無い。そんな時、監視を続ける少年達の耳に、とあるカップルの会話が飛び込んできた。

「知ってるか?最近ここら辺に痴漢が出るらしいぜ?」
「ちょっとやだ、やめてよ気持ち悪い…」
「安心しろ、お前のことは俺が守ってやるよ…。」
「ふふ、素敵…!!」

3人の座るテーブルの脇を、カップルが歩き去っていく。

「……何、あれ。」
「…人様の関係にとやかく言うつもりはありません…が。」
「痴漢ねぇ、何が面白いんだか知らないけど…まさかアイラク達に限ってその心配はないんじゃない?」

ケラケラと笑い飛ばすニーウだったが、ふいに1つの不審な影を見つけて声をひそめた。

「ねぇ、あのおじさん…なんかおかしくない?」
「どのおじさんだって?おいニーウ、あんまり適当言うと…」
「…!!キュロスさん、あの人は…。」

フェデルタが指した方向には、1人の男性が居た。お世辞にも清潔感があるとは言えない風貌のその男は、ふらふらとエーテル達の居る方へと歩いて行く。

「えー…別にどこにでもいるおじさんでしょ?今不景気だし、ああいう人もいるんじゃ~ん?」
「そう、でしょうか……。」

キュロスは事も無げに言い返すが、どこか嫌な予感を拭えないフェデルタは、険しい表情で男を凝視している。すると男は、エーテル達の背後までたどり着いたところでぴたりと足を止めた。

「えっ…ちょ、ちょっとフェデルタ!!」
「え、あのおじさん…まさか本当に!?」
「しまった、お嬢様……!!」

フェデルタは弾かれるように席を立って駆け出すが、人混みに遮られて思うように動けない。見れば怪しげな男の右手には何やら端末のような物が握られているが、3人はウィンドウショッピングに夢中で背後の影に気付く様子もない。やがて端末がエーテル達に向けられそうになった、まさにその瞬間だった。

「がおーっ!!」
「ひいっ!?」
「はわわっ!?」

突然両手を挙げて奇声を発したのは、エーテルだった。当然、周囲の視線はエーテル達へと集中する。隣りにいたジェビアとAilakは跳び上がって驚いたが、背後に居た男もまた、突然の出来事に混乱した様子で慌てて人混みの中へと逃げ去っていった。

「と、とつぜんどうしたの…?」
「あははは!!この前えくれあちゃんとお部屋でぼーっとしてた時にこれやったらえくれあちゃんがとっても驚いたの思い出してねっ!!2人にやったらどうなるかなーって!!」
「あ、あのッ!!ここはマイルームじゃないんですからねッ!!」
「えっへへ~ごめんごめんっ!!」

悪びれもせず屈託の無い笑顔で2人に話しかけるエーテルを、フェデルタは少し離れた位置から見守っていた。

「…エーテルお嬢様の奇行が功を奏するとは。しかし、僕もヤキが回ったものです、あんな輩に……くっ。」
「お~い、フェデルタ大丈夫かい?」
「あの姉ちゃん、やっぱすごいな…姉ちゃんがまともに見えたよ…。」
「あ、お二人共…すみません、お騒がせしました。」

合流してきたニーウとキュロスにペコリと謝罪するフェデルタ。

「まぁ、それはいいよ。姉ちゃん達もあれだけ注目浴びれば当分はまた襲われたりはしないだろうし。」
「それよりさ、フェデルタ。あいつが逃げる時に少しだけどフォトンの気配がしたんだ!あいつ、アークスかもしれないよ。」

ニーウの発言に、フェデルタは眉をひそめた。

「…もしニーウさんの話が本当なら、これは由々しき事態ですね。」
「そうだね。ただでさえ危ない奴なのにアークスの力を使ったりしたら…。」
「けけけ、民間人の女の人は大変だねぇ…でさ、どうする?」

いたずらっぽく笑みを浮かべるニーウに、キュロスが澄ました表情で答える。

「あいつが逃げた方は覚えてるから、大体の方角なら追えるよ。フェデルタ、君ここらへんの地図データ持ってる?」
「勿論です。エーテルお嬢様に仇なそうなどという不届き者…この手で捕らえてみせます。」
「くけけけ、そうこなくっちゃ!!さぁ、こっちだよ!!」

いつも以上に真剣な表情で呟いたフェデルタを満足気に見返したニーウは、喜々とした表情で男の逃げた方角へと走り出した。



数十分後、件の男は市街地のはずれにある路地裏に佇んでいた。

「チッ…今日の獲物は失敗か…あの基地外女がいきなり叫んだりしなけりゃ……クソったれが!!」
「ねえおじさん!!こんなとこで何してるの!!」
「…ああ?誰だてめえは。」

男は気だるそうに振り返る。そこにいたのは橙色の短髪をした少年だった。

「ねえねえ、そのカメラの中身って何が写ってるの?」
「っ!!て、てめえには関係ねえ!!帰れ糞ガキ!!」
「なんでさ?僕、カメラが趣味なんだ!!もしかしておじさんもそうかなと思って声掛けたのに…。」

少年がしょんぼりとした様子で俯いたのを見ると、男は苛々を滲ませた声を放った。

「大人にはな、人には語れねえ秘密ってもんがあるんだよ小僧。」
「秘密、かぁ~…。」
「ああそうだ!!分かったらさっさと帰りやがれ!!」

男が声を荒げると、少年は…口元に笑みを浮かべた。

「そっかぁ、そうだよね……女の人を盗撮したカメラだもん、人には見せられないよね……っ!!」
「な、糞ガキてめぇ…!!」

男はハッっとした表情を浮かべるや否や、両手に鋼拳を装着して少年に殴り掛かる。しかし、少年もまた腰に隠した抜剣を抜いて男の一撃を受け止めた。

「ふん、遅いなぁ…ヴェルデの方が数倍速いや……これなら僕1人でも十分なんだけど?」

少年が叫ぶと、男の背後に新たに2人の少年の影が現れる。

「くけけ、独り占めはだめだよキュロス!!」
「…ニーウさんの仰る通りです。」

突然取り囲まれる形となった男の表情に、僅かに焦りが見え始める。

「くそ…てめえら何者だ!!」

男の怒号に、怯むこと無く少年達は答える。

「えー、別に名乗るような者じゃないけどね…っ!!」
「まぁそうだねぇ~強いて言うなら……!!」
「貴方が言うところの『基地外女』の知り合い…とでも言っておきましょうか。」

フェデルタは声と表情に怒りを滲ませて両手に《デュアルバード》を構える。

「貫け、グリムバラージュ。」
「チッ、糞ガキが…!!」

フェデルタの《グリムバラージュ》を躱した男が反撃の《ストレイトチャージ》を放つ。

「させないよ!!食らえっ、グランウェイブ!!!」
「舐めんなよ糞ガキがあああああああああ!!!」

フェデルタに向けられた拳に、ニーウが《グランウェイブ》で真っ向からぶつかり合う。

「うわ、こいつなんて馬鹿力…!!」
「おらああああああああああ!!!」
「背中のガードが甘いよっ!!」
「うおああああああっ!?」

ニーウを力押ししようとする男の背後に、キュロスの《ヒエンツバキ》が襲う。背後からの奇襲で怯んだ男に、迫り来るは更なる追撃。

「骨まで穿て、デッドアプローチ。」
「ごっ、がああああああ!?」

フェデルタの渾身の一撃を受けて、後方に大きく吹き飛んだ男。しかし、みずぼらしい装いの下に強靭な肉体を隠し持ったその男は尚も立ち上がった。

「舐めるんじゃねえぞ……くたばりやがれ!!クエイクハウリ、」
「もうそこら辺にしたら?おじさん、勝ち目ないよ…!!」
「くっ……。」

不意打ちで《クエイクハウリング》を放とうとした男の喉元に、背後からキュロスが瞬時に抜剣を押し当てる。身動きを封じられた男の首筋には、赤い筋を垂らした小さな切り傷が生じている。

「……貴様の罪を答えろ。今なら命までは取りはしない。」

右手に銃を構えたフェデルタが、男にゆっくりと歩み寄る。

「けっ、何の話……」

男が言い終わる前に鋭い銃声が響き、声はかき消される。

「…最後通牒だ。エーテルお嬢様に何をしようとしたか、その口で答えてもらう……!!」
「クソが……ッ!?」

言い終わる前に、再び銃声が響く。今度は放たれた銃弾が男の右耳に命中し、鮮血が舞った。

「あーあー、フェデルタ完全に怒っちゃってるねぇ~。」
「それさ、僕も危ないんだけど?」
「この距離で狙いを外すほど下手ではありませんよ……さて。」

男の眼前まで歩み寄ったフェデルタは、男のこめかみに銃口を突き付ける。

「遺言くらいは、聞いてやりましょう。」
「ち、畜生……!!」
「そうですか、それが最期の言葉ですか…ならば。」

フェデルタは男を睨み上げながら、トリガーの指に力を込めた。

「はいはい、そこまでだよフェデルタ。」
「ぐっ……。」

キュロスはそう言いながら男の首筋に手刀を放ち、男はあえなく地面に倒れ伏した。

「別に本当に殺すつもりはありませんよ。少し脅してやりたかったのと…半分は八つ当たりです。」
「ここに来るまで相当落ち込んでいたもんねぇ~!」
「ええ…こんな男をエーテルお嬢様に近付けてしまうとは…執事失格です。」
「真面目だね~フェデルタは。解決できればそれでいいじゃん~!!」

未だ浮かない表情のフェデルタに、ニーウとキュロスが明るく声をかける。

「…あっ!!」
「どうしました、キュロスさん?」

突然すっとんきょうな声を上げたキュロスに、フェデルタが問いかける。

「姉ちゃん達っ!!」
「あ…忘れてたねぇ~…」
「……今当局を呼びましたので、ここはこいつを縛り付けておけばいいでしょう。念の為戻りましょうか。」

こうして、フェデルタ達は男を手際よく縛り付けた後、ショッピングモールへと戻っていったのだった…。



「え、姉ちゃん達…どうしたのそれ。」
「はわっ!キュロ君どうしてここにっ!?」
「ニーウとフェデルタもいっしょなの!!」
「そんなことよりさぁ……」
「その大荷物、どうしたのですか…?」
「えっへへ~、買っちゃったっ!!」

ショッピングモールへ戻ったフェデルタ達が見たものは、満面の笑みを浮かべたジェビア・Ailak・エーテルの3人と、それぞれの両手にぶら下がった異常な量の荷物だった。

「いやいやエーテル…買っちゃったってその量を3人ってのはおかしいんじゃない…?」
「わたしたちのぶんだけじゃないのっ!!みんなのぶんを、かったの!!」
「とっても可愛い水着がいっぱいあったから、つい買っちゃいました~っ!!」

そう言ってキャピキャピとはしゃぐ3人に、もはや少年達は言葉がなかった。

「そうだフェーくんっ!!今度みんなで海に行くからねっ!!」
「は、はぁ……?」
「せっかくかったんだから、みんなできて、みんなであそぶの!!」
「そ、そっか~…それ、僕らも行くの…?」
「ちゃんと皆誘って行きますよ~っ!!」
「「「(これは大変なことになった……。)」」」

少年達の心の叫びも虚しく、エーテル達は目の前で楽しそうに海でのバカンス計画を立て始める。今年も暑く険しい夏が、ゆっくりと幕を明けたのだった………。