プロローグ

「おーい!!こっちこっち!!」
「ま、まってよアルスくん!!」

鬱蒼と生い茂る森林に、2人の少年の声が響く。まだ6、7歳程度の年端もいかぬあどけない表情は、一方は好奇心、一方は不安に満ち溢れていた。

「だいじょうぶだよ、エンヴィー!!おれにまかせろって!!」
「で、でもここははいっちゃだめってこじいんのせんせいが……」

アルス、と呼ばれた少年は、後ろで呼び止めた少年・エンヴィーの声など聞く耳も持たず、ぐんぐん茂みをかき分けていく。その時、エンヴィーは見た。前からこちらを振り向いて白い歯を見せるアルスの背後に、獰猛な四つ足の怪物が突如現れ、鋭い牙を覗かせていた。

「ま、ま…まじゅう……!!」
「えっ?」

アルスが振り向くと、その怪物はアルスの幼い身体を、頭から噛み砕こうとしていた。

「うぁっ……」

思わず目を背けて声にならない悲鳴を上げるアルス。しかし、魔獣が彼の命を奪うことはなかった。アルスが恐る恐る目を開けると、魔獣の四肢は真っ二つに両断されていた。その返り血を浴びたアルスがきょとんとしていると、不意に男の声が耳に飛び込んだ。

「大丈夫かい、君。」
「あっ…うん……にいちゃん、だれ?」

アルスは目をぱちくりさせながら顔を上げる。すると、そこでは長身の男が剣についた血を拭いながらこちらに手を差し伸べていた。アルスがその手を取って立ち上がると、男はゆっくりと口を開いた。

「それはよかった…ここは危険だ、君達のような幼い子供が来るところじゃない。もう、出ていくといい。」
「あっ……」

突然の、そして一瞬の出来事に心を奪われていたエンヴィー。咄嗟に男に話しかけようとしたが、その時には既に男はその場から姿を消していた。

「……うおおおおおお!?みたかエンヴィー!?いまのまほうだぞ!!」
「あ…うん…」
「すげぇ!!おれたちバスターにあったんだ!!みんなにじまんしてやろう!!」
「うん……」

気分が高揚したアルスに引き摺られるように森を引き返してくエンヴィー。そして、森を抜けて孤児院の玄関にたどり着いた時、そこには恰幅の良い中年の女性が仁王立ちをして2人を待ち受けていた。

「うわ……アルスくんまずいよ…」
「あなたたち、どこに行っていたのかしら……?」
「おうばばぁ!!きいてくれよ、おれたちバスターに…」
「バスターですってえええええ!?あなた達、さては勝手に森の奥まで入っていったわねええええ!?」

その女性の激しい怒号に、アルスは尻もちを付いてひっくり返る。後ろにいたエンヴィーは涙目になって女性を見上げていた。

「あの、バールおばさん…ごめんなさい……」
「全く、またアンタがエンヴィーを連れ出したのね!?アルス、どうしてお前はそう人の言うことを聞かないんだい!!」
「うぅ…ぶじだったんだからいいだろ!?どなるなよばばぁ!!」
「誰がばばぁなもんですか!!アンタ、今日という今日は許しません!!さぁお仕置きよ、こっちへいらっしゃい!!」

バールはアルスの頭に大きなげんこつをお見舞いしてから、彼を引きずって孤児院の奥へと消えていった。

「…ぼくも、いつかあんなふうになれるかな……」

1人取り残されたエンヴィーは、そんな事を呟きながら、先刻の森林であった一件を思い出していた。一瞬で魔獣を斬り裂いたあの男に、少年の心は完全に魅了されていた。しかし、この日の出会いが自分達の運命を大きく変えるものであることは、2人の少年達には知る由も無かった。そして月日は流れ……

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「さぁ、授業を始めるぞ。日直は…エンヴィーだな、号令を掛けなさい。」
「はい。気を付け、礼。」

それから5年…少年達の物語が今、動き出す。