師弟

「あっ、起きるかな?」
「ダメよ、静かにしてないと…!!」
「だ……れ…?」

フィリアの耳に飛び込んでくる、誰かの声。聞き覚えのない声に、フィリアは呼びかけてみる。辺りは一面の闇。彼女に入り込む情報は、ただただ何者かの声ばかり。

「うっ……」

重たい瞼を、そっと持ち上げる。すると、視界に柔らかな日差しが差し込むのを感じたフィリアは思わず目を閉じた。再びゆっくりと目を開けると、そこでは見慣れない2人組が自分の顔を覗き込んでいた。

「あ、起きた!!良かった……!!」
「全く、貴方が騒ぐからよ…?ごめんなさいね、具合はどう?」
「え、えぇ…大丈夫……」

辺りを見回すと、そこは小さなテントのような場所だった。ゆっくりと身体を起こしたフィリアは、2人組の女性の方から水を受け取って口に流し込む。

「ここは…?」
「リリーパよ。採掘場跡に用意した私達の仮の拠点に運んだの。あの場では十分な治療ができなかったから…」
「あの場…そうだ、私は……」

あの兄妹に、倒された…。そんな嫌な記憶を振り払うように、フィリアは無理やり立ち上がる。しかし、まだ快復し切らない彼女の身体は一瞬でよろけ、それを少年が受け止めた。

「まだ休んでないとダメだよ!!僕達が面倒見るから、安心して?」
「……あなた達は…一体……」

フィリアは少年と女性に問いかけた。自分を助けてくれた2人に、きちんと礼がしたかった…次に続くその言葉を、耳にするまでは。

「僕はケビン!こっちはシルビアお姉ちゃん!!お姉ちゃんと2人でアークスとして旅をしているのさ!!」
「姉……弟…!?」
「ええ、そうなの……何か、おかしかったかしら?確かにあまり似てはいないかもしれないけれど……」

心配そうに近寄るシルビアを、フィリアは手で振り払う。後ろから支えていたケビンも、フィリアの肘によって打ち払われて後へひっくり返った。

「ど、どうしたの…?」
「…近寄らないで。」
「私達、何か気に障る事を言ったかしら……?」

フィリアの豹変ぶりを見てなお、シルビアとケビンはフィリアを心配そうに見つめている。それが、フィリアの心をさらに蝕んでいるとも知らずに。

「……助けてくれた事は礼を言うわ。だけど、もうあんた達の事は見たくない……出て行かせてもらうわ…。」
「でも、その身体じゃまだ…」
「煩い!!」

駆け寄ってくるケビンに、フィリアは銃剣《イクスシュレイラ》を突き付けた。

「邪魔するなら…殺すわ。」
「どうして……貴方は何故…?」
「…世話になったわ。もう、二度と顔を見せないで。」

フィリアはそのままテントを飛び出していく。シルビアとケビンが後を追った時には、もうその姿は採掘場跡の瓦礫の中に消えていた……

---------------------------------------------------------

それから数時間後、フィリアは惑星リリーパの玄関口とも言える砂漠エリアまで走り抜けていた。途中数度転倒し、ダーカーの奇襲を受けながらも、フィリアはほぼ本来の動きを取り戻しつつあった。

「さて、この惑星を抜けて…」

ここでフィリアの足が止まった。

「抜けて、どこへ行こうと言うの…もう私に居場所なんて……」

表情が、絶望に染まっていく。その時、どことなく薄暗くなったフィリアの視界の端に1つの影が入り込んだ。

「何かしら、ダーカー……?」

フィリアは無防備にその影が見えた方へ歩いてく。

「もう、終わりにして…何もかも……」

そして、その影の正体が露わになった時、フィリアの表情が絶望から驚愕へと変わった。

「なっ…………」
「やっと見つけたよ~!!もう、手がかかる弟子だな!!」

緑色に統一された装い、眼鏡の下に光る眼差し……そう、影の正体はメイだった。

「……メイ、さん……」
「ひっさしぶりだね~!!元気にしてた!?」
「………」

メイは笑顔を浮かべたままフィリアに歩み寄る。フィリアは、それに合わせて一歩、また一歩と後ずさる。

「ほら、帰るよ?みんな心配してんだからさ!!」
「……来ないで…」
「そんなびびんなよ~!!あたし、怒ってないし!!」
「こ、来ないで!!」

フィリアは顔を歪め、頭を抱え込みながら叫んだ。ここでようやく、メイの歩みも止まる。

「…大丈夫だってば!!みんなちゃんとあんたのこと、出迎えてくれるさ!!」
「嫌……もう、私に居場所なんて……」
「…そう、決め付けてるだけじゃん?誰もあんたの事攻めたりしてないんだからさ!!」

メイが再びフィリアに向かって歩き出す。

「嫌……来ないで……」
「……大丈夫、あたしがフィリアを守ってやるからさ!!」
「いや……いやああああああああああああああああああ!!!!!!!」

メイが差し伸べた手を、《イクスシュレイラ》が斬り払う。メイは咄嗟に飛び退り、腰の双小剣《ヴィタTブレイド》に手を掛けた。

「やっぱ無理か~、じゃあ、久々に特訓と行くか~おら~!!」
「やめて……私に近寄らないで!!!」

フィリアは錯乱した様子のまま、《レーゲンシュラーク》でメイに肉薄する。

「おっそいおっそい!!振りも鈍ってるぞ~!」
「くっ……」

メイはひらりと舞うようにフィリアの攻撃を躱していく。フィリアは発狂しながら更に攻撃を加えていく。

「どうして!!!どうして私に関わるのよ!!!!!私なんか……っ!!!」
「弟子のピンチに何もしないお師匠様が居るわけないだろー!!ほらほら、そんなんじゃあたしは倒せないぞー!!」
「…っああああああああああ!!!!!!」

フィリアは絶叫しながら双小剣《ノクスネシス》に持ち替え、再びメイに猛攻を仕掛ける。

「甘いんだよな~!!」
「っ!?」

フィリアが仕掛けた《クイックマーチ》を、メイがくるりと回りながら《ヴィタTブレイド》の刃でいなした。

「あんたにツインダガーを教えたのはあたしだぞ~!!」
「ちっ…!!」

《クイックマーチ》を防がれて一瞬動きが止まったフィリア。そこへメイの反撃が迫る。

「おらおら~!!ツインダガーはこうやるんだー!!」
「っぐ……!!」

フィリアの身体が、メイの放った《レイジングワルツ》で宙に浮き上がった。

「あたしが勝ったら!!」

無防備なフィリアへ、《ブラッディサラバンド》の追撃が襲う。

「みんなの元に!!」

メイは叫びながら、渾身の力で《シンフォニックドライブ》でフィリアに向かって蹴り出した。

「帰ってもらうからな~!!!!」
「いやあああああああああああああああああああ!!!!」

メイとフィリアが交錯する。肉を裂く音と共に鮮血が舞い散り、2人の身体が地面に叩き付けられた。

「うぐっ……」
「っく……っはぁ……」

立ち上がったのは……フィリアだった。両手の《ノクスネシス》から赤黒い血を垂らしながら、茫然とした表情で目の前のメイを見下ろしていた。

「なん……で……メイさんなら…そんなの…簡単に………」
「ははは~…オウルケストラー…いい、キレだったよ~…」

メイは口からどろどろと血を吹きこぼしながら、それでもゆっくりと立ち上がる。

「そりゃあ~…『見えてた』けどさ~…」
「いや……!!」

怯えるフィリアに近付いたメイは、その手を握ってにっこりと微笑んだ。

「大事な弟子だもんな~……とどめ、刺せなかったよ~…」
「やだ…私……そんな……!!」

その言葉を最後に、がくりとその場に倒れるメイ。フィリアは倒れたメイから逃げるように後ずさった。

「あ、ああああ………」

フィリアは来た道を引き返して走り出す。叫びながら、自分のしたことから逃げるように……ただ一心不乱に、その場を逃げ出していった。

---------------------------------------------------------

それから数分後、倒れていたメイがおもむろに動き出した。どうやら意識が戻ったらしい。

「……やっぱ、あたしじゃ連れ戻せないか~……」

悲しげな表情で呟いたメイは、懐から端末を取り出して何者かと連絡を取り始める。

「……お、君かい…悪いけど、力を貸して欲しいんだ…うん、砂漠にいるからよろしくね~…」

端末の向こうの誰かと話し終えたメイは、再びがっくりと項垂れた。

「少し疲れたな~…ちょっと寝るか~……」

そして、砂嵐吹き荒れる砂漠の中にはメイの寝息と、地面に溢れるメイの血液だけが広がっていた……。