秘密の特訓

惑星アムドゥスキアに存在する火山洞窟。冬でも厳しい暑さが支配するその場所で、とある1人のアークスが無数の龍族に囲まれていた。

「ふえぇ…なんでこんな事になるかなぁ~…」

龍族達に短杖《ビビッド・ハート》を構えながらじりじりと後ずさりするそのアークスの女性エーテルは、額に汗をにじませて歯軋りをする。

「わたしはえくれあちゃんに迷惑かけなくてすむように特訓したかっただけなのになぁ…」

彼女は自身のアークスとしての力量を高めるため、ここ数日は毎日火山洞窟に通い、龍族やダーカーの相手をして訓練をしていた。運動神経の鈍いエーテルがだいぶ戦闘にも慣れてフォトンの扱いも上達してきたこの日、うっかり龍族達の住処を刺激してしまい、大群に襲われる不幸に見舞われたのだった。

「でも、やるしかないか…支えて、シフタっ!!」

エーテルは自らに補助テクニック《シフタ》を掛け、一直線に龍族の群れへと突っ込んでいく。群れの先頭で隊列を組んでいた《ディッグ》達も迎撃を試みるが、エーテルが真っ直ぐに《ビビッド・ハート》を振り下ろすと、直撃と同時に凍てつく冷気の爆発が発生して立ちどころに数体が消し飛んだ。

「おっ、この分ならいけるかな…!導いて、ゾンディールっ!!」

勢いに乗ったエーテルは、敵を1箇所に引き寄せるテクニック《ゾンディール》を放つ。すると《ディッグ》達の背後で武具を構えていた《ディーニアン》《シル・ディーニアン》《ソル・ディーニアン》らが《ゾンディール》の座標まで一気に吸い寄せられていく。

「そぉ…れっ!!!」

エーテルが再び短杖を振るうと、吸い寄せられた龍族達も殴打と冷気の爆発に巻き込まれて立ちどころに絶命していく。僅かに残された数体の龍族達は、ここでようやく勝ち目が無いことを悟って踵を返して逃げていった。

「ふぅ~…もしかしたらやられちゃうかと思ったけど、もしかしてわたし…結構強くなっちゃってるっ!?」

難を切り抜けて有頂天になったエーテルは、そのまま帰投する予定を変更し、鼻歌交じりで更に奥へと進んでいった。その判断が、彼女の生命に危機をもたらす大きな過ちであるとは露知らず……。



その後、更に奥へと進んでいったエーテルは数度の戦闘に遭遇しながらも、数週間前に妹と森林を探索した時に比べてかなり軽快な立ち回りでエネミー達を殲滅していた。

「ふぁんたしすた~っ、すた~っ、れ~あどろっこいこいっ!!」

鼻歌交じりに《ビビッド・ハート》を振り回しながら《ダガン》のコアを叩き壊していくエーテル。しかしその時、彼女はとある異変に気付いた。

「あれ…?ダガン……?おかしいな、さっきまでは龍族さん達ばっかりだったのに…」

そう、彼女に襲い掛かってくるエネミーがダーカーばかりになっていたのである。数刻前までちらほら姿を確認できた龍族達は、ぱったりと見当たらなくなっていた。

「んー…まっ、いっか!!」

エーテルは特に考えることもなく先へ進んでいく。しかし、僅か数秒後にその選択を大きく後悔することとなる。

「う、うそっ…何こいつ…っ!?」

彼女の目の前に現れたのは、中型龍族《キャタドラン》。しかも、その頭部にはかなり侵食度の高いダーカーの侵食核が見受けられた。《キャタドラン》はエーテルに気付くと、その蛇のように長い身体をくねくねと這いずりながら尾先の水晶体を彼女に向けて叩き付けてきた。

「きゃああああっ!?」

突然の攻撃に対応しきれず、大きく吹き飛ばされるエーテル。何とか立ち上がり《レスタ》で傷を癒やすと、再び《ビビッド・ハート》を構えてチャージを始める。

「支えて…デバンドっ!!」

身体の耐久力を強化するテクニック《デバンド》を放ったエーテルは、意を決して《キャタドラン》へと近付いていく。右腕を振り上げ、全力を込めて《ビビッド・ハート》を叩きつけると、冷気の爆発が《キャタドラン》を襲い、小さな悲鳴を上げさせた。しかし、かえって逆上した《キャタドラン》は再び尾先の水晶体を繰り出してくる。

「はっ…!!こいつ、強い……っ!!」

息を切らせながら間一髪で水晶体の一撃を躱したエーテル。一方の《キャタドラン》はエーテルをじっくりと見下ろすと、穴を掘って地中に潜り姿を消した。

「あっ、あれっ?逃げた…のかな…?」

突然の行動に驚いて、ふらふらと《キャタドラン》が掘った穴へと近寄っていくエーテル。キョロキョロと周囲を見渡していた彼女だったが、突然下から響く何かの音に気づいた時には、もうその身体は大きく打ち上げられ、《キャタドラン》が穴から這い出てくると同時にエーテルの身体は地面に叩き付けられた。

「うぐっ…あぁ……」

《キャタドラン》に下から突き上げられ、さらに地面に叩き付けられた衝撃で立ち上がることもできずに呻くエーテル。そこへ《キャタドラン》がじわじわと近寄り、その命を奪おうと尾先の水晶体を振り上げる。

「わたし…死んじゃうの…?えくれあちゃん……。」

エーテルが諦観の表情で目を閉じ、そこへ水晶体が振り回されようとしたその時。

「呼びましたか、姉さん?全くこんな所まで……。」

黒の《フロワガロウズ》に身を纏った少女が、《キャタドラン》の尾先を打ち払いながらため息混じりに呟いた。



予想もしなかった救援に驚いたエーテルは、痛みと痺れに苛まれる身体を引きずってえくれあに近寄っていく。

「え、えくれあちゃん……どうしてこんな所に……?」
「火山洞窟にダーカーの侵食が進んだエネミーが増えていると聞いて、調査に来たんですよ。姉さんがここに居ることは知っていましたからどこかで蜂合わせる事は想定していましたが、まさかこんな事になっているとは……。」
「あ……知ってたの…?わたしがここで特訓してるって…。」
「当然でしょう。サボってばかりの姉さんが、ここ数日毎日のように仕事をするなんて私で無くとも疑問を抱きますよ…さて、そんな事より。」

えくれあは言葉を切ると、改めて愛剣《ブランノワール》を構えて目の前の《キャタドラン》に正対する。

「話の続きはこいつを倒してからにしましょう……!」

えくれあは身体の前で双剣を交差させると、《ディストラクトウィング》で一気に肉薄した。

「舞い上がれ、ヘブンリーカイト…!!」

続けて《ヘブンリーカイト》で一気に斬り上げたえくれあ。しかしキャタドランの方は少し怯んだだけで全く弱った気配を見せない。

「(なるほど、あの侵食核が…ならば……!!)」

えくれあは《キャタドラン》の頭部に発生した侵食核に狙いを定めると、《ブランノワール》を一度引き下げてから、怒涛のように斬り付ける。

「切り刻め、ケストレルランページ…!!」

えくれあが放った《ケストレルランページ》の25連撃は、次々に侵食核を捉えて切り裂いていく。しかし、連撃も終わろうかというその時に、《キャタドラン》が決死の反撃を試みて頭突きを繰り出そうと身構えた。

「(まずい…この間合いでは回避が間に合わない…!!)」
「えくれあちゃん…!!導いて、ザンバースっ!!」

えくれあが緊迫の表情を浮かべたその時、ようやく身動きが取れるようになったエーテルが何とか《ビビッド・ハート》を振りかざして《ザンバース》を放つ。するとえくれあの斬撃に合わせて風の刃の更なる追撃が《キャタドラン》を襲った。

「(これなら…押し切れる…!!)」

《ザンバース》の追撃を受けて手応えを感じたえくれあは、迷うこと無く連撃を続け腕を振るっていく。風の刃と連撃のフィニッシュにフォトンの奔流を受けた《キャタドラン》は、最期までえくれあを噛み殺そうともがきながらもあと一歩で届かずに絶命し、地面に倒れ伏した。



「全く……今後は無茶は謹んで下さい。」
「うぅ…ごめんねえくれあちゃん……。」

火山洞窟からの帰路のキャンプシップでは、エーテルがえくれあから延々と説教を受けていた。

「大体、なぜ1人で火山洞窟に行く必要があったのですか。パーティを組むなり、もっと安全な場所を選ぶなり、経験を積むにもやり方というものがあるでしょう。」
「はい…ごめんなさい…。」
「でも……。」
「でも……?」

ここでえくれあは言葉を止め、エーテルはその続きを聞こうと身を乗り出した。

「あのザンバースのおかげで…その…」
「えっ?ザンバース?」
「その…助かりました。」
「えっ?」
「…何でもありません、もういいです黙ってて下さい…。」
「えっ、あれっ?なんでえくれあちゃん怒ってるのっ!?」
「……。」
「えええ~っ!?」

訳も分からず混乱しているエーテルに、えくれあは背を向けて無視を決め込み始める。えくれあは姉のテクニックに窮地を救われ、エーテルは詰めの甘さで陥った窮地からえくれあによって救われた。心と技量、それぞれほんの少し成長の兆しを見せたえくれあとエーテル。まだ見ぬ強大な敵、広大な世界、底へ向かって突き進むがごとく、2人の姉妹は今日もまた、小さく、そして確実な成長の1段を駆け上ったのだった…。