目覚めと暴走

暗闇の中に少女が1人、佇んでいる。その銀髪の少女は、何かを探るようにきょろきょろと周囲を見回しながら歩くが、あまりの暗さにその紅と碧の双眼は何も捉えることが出来ずに虚空を彷徨っている。

「…ここは一体…でも、この暗闇…前にも、どこかで…?」

少女はあても無く、ひたすら歩き続ける。やがて、暗闇の中から薄明かりを見付けて辿ってみると、そこには鍵の掛かった牢屋に囚われた1人の女性が座り込んでいた。

「あなたは…?」
「……。」

ボロ着に身をまとい、頭から傷んだ金髪を靡かせたその女性は、少女に答えることもせず座り込んだまま。長い髪に表情は隠れ、生きているのかさえ、分からない。少女が困り果てていると、背後から足音が聞こえてきた。少女は条件反射のように右腕を背中へ伸ばすが、右手は空を切るのみだった。やむなく素手で身構える少女。足音は直ぐそこまで迫っているが、暗闇の中からその姿を認める事はできずにいた。

「くっ……」
「………。」

足音が、止まった。その瞬間、背後の女性が突如動き出し、牢屋の柵をガシャガシャと揺らし始めた。少女は驚いて背後を振り返る。するとそこには、前髪の奥から両眼を見開いて何かを訴える様子が見て取れた。少女は再び女性に何かを問いかけようとしたが、それは叶わなかった。

「あぐっ……」

突然後頭部に襲った激痛に呻き、うずくまる少女。振り返ると、そこには先の足音の主と思われる男が立っていた。決して大柄でなく、恰幅の良い老人の姿。少女は、そのあまりの衝撃に目を見開く。

「あ、あなたは……!?」

男は無言のまま、右手に持った鉈を振り上げ、再び少女へと躊躇わずに振り下ろした。

「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおお!?」
「えくれあちゃんっ!?」
「ああああ……あ、ゆ、夢……?」

賞金稼ぎの少女えくれあは、すがる様に周囲を見回す。そこはアカデミー『シーケンス』の寮の一室。突然叫びながら飛び起きた彼女を不安そうに見つめるエーテルとガイエルの姿もあった。

「いきなり大声を出すもんだから驚いたぜ先輩…。」
「それにしても、ほんとに大丈夫っ?特訓のしすぎで疲れてるんじゃ……」
「いえ、それは大丈夫なんですが…今の夢…」
「どんな夢を見たんだ、先輩?」
「それが、あまり覚えてないのです…凄く驚いた記憶はあるのですが…」

えくれあはこめかみを抑えながら必死に記憶を辿る。しかし、しばらく考えても夢の記憶には辿り着けなかったようで、諦めたように首を振って起き上がった。

「考えていても仕方ありません。さぁ、今日の授業に……」
「全職員及び生徒に緊急連絡です。」

えくれあが言いかけたその時、部屋のスピーカーから放送が鳴り響いた。3人は息を潜めてその続きを待つ。

「現時刻を持って、このアカデミー『シーケンス』に特務警戒態勢レベル3が施行されました。総員、至急大講堂へ集まってください。繰り返します……」
「レベル3だと……!?」
「ガイエルくん、レベル3ってなぁに?」
「特務警戒態勢レベル3…全職員と生徒はヴァスクイル政府の元、外敵から民と土地を守るために戦う……つまり、戦争だ……!!」
「戦争って……一体何と戦うと言うのです!?」
「そんなことは俺にだって分からんよ先輩!!ここ数年、強硬派だった政府も方針を転換して外交は上手く行っていたはずなんだ…!!」
「と、とにかく大講堂に行ってみよう?何かわかるかもしれないよっ!!」

急な状況に動揺を隠せない3人だったが、エーテルの一声で何とか大講堂へと向かうことを決意する。廊下へ出ると、大慌てで動き出した他の生徒でごった返していた。

「…動揺しているのは、俺たちだけじゃないようだ。」

ガイエルの呟きに頷く姉妹。3人は人並みに飲まれそうになりながら、大講堂へ向かっていった。


3人が大講堂へ辿り着くと、壇上ではまさに校長のパテルが説明を始めようとしていた。

「…諸君、よく聞いてほしい。我がヴァスクイル地方は、現在エールアデ地方から宣戦布告を受け、交戦状態へと突入した。我らシーケンスは、全戦力を以ってこれに応戦し、エールアデを打ち破るものである。」

その瞬間、大講堂のあちこちから悲鳴のようなざわめきが起こる。

「なぜだ…なぜそんな事に……!!」
「…!!フェデルタさん、これは一体……!!」
「…3人共お揃いのようですね。ならば話は早い、直ぐに僕と来てください。」

えくれあがフェデルタに気付いて声を掛けると、フェデルタは挨拶もそこそこに3人へ切り出した。

「フェーくんは、今何が起きてるか知ってるの?」
「…いくつかの仮設は立てていますが、断定出来ない以上、今は伏せさせてください。」
「……。」
「で、俺達をどこへ連れて行く気だ?」
「僕は校長から直に命令を受けましてね、貴方達とチームを編成して政府の拠点を防衛するように言われたんですよ。」

フェデルタから言い渡された任務に、思わず絶句するえくれあ達。

「政府の拠点を俺達が…!?」
「ち、ちょっとそれ、ほんとなのフェーくんっ!?」
「そんな重要な任務を、こんな少数、しかも学生に任せるというのは納得し難いですね…。」
「確かに…しかし、えくれあさんたちは既に賞金稼ぎとしていくつかの戦いを乗り越えています。ガイエルさんもお二人に負けずとも劣らぬ実力者ですし、何より僕が居ますから。」
「…フェーくんって、凄い人だったんだねぇ~…」
「それほどではありませんがね。さぁ、間もなく職員たちが生徒の部隊分けを始める頃合いです。僕たちは直ぐに移動しましょう。10分後に、校門で落ち合います、いいですね?」

そう言い残すとそそくさと教務棟へ向かって歩き出すフェデルタ。3人はまだ状況を飲み込みきれぬまま、ひとまずフェデルタに従う為に身支度を始めたのだった。


10分後、校門に集ったえくれあ達4人は、フェデルタの先導で移動を開始した。

「フェデルタさん、この道…政府の拠点からは外れているのでは?」
「…流石はえくれあさんですね。ええ、先に寄り道をします。」
「おい先生、こんな時に寄り道をする暇があるのか!!」

ガイエルは大きな声を出すが、フェデルタは微塵も動じずに涼しい顔で返す。

「この寄り道はえくれあさんと…ガイエルさん、貴方の為でもあるんですよ。」
「フェーくん、それどういう事っ?」
「着けば分かります…ほら、もう見えて来ましたよ。」

フェデルタがそう言うと、前方には森に囲まれた一軒の家が見えてきた。

「あれは…先日の老剣匠の家ですか…。」
「はい。僕が先に話をしてきますから、3人は外で待っていてください。」

そう言うとフェデルタは、3人を残して家へと駆けて行った。



「……やっと来おったか。遅かったな。」
「一応『人』に合わせていますからね。」
「ふん…それより、あのガキ共には明かしてないんだろうな?」
「ええ、何も話していませんし、外で待つように言ってありますからこの会話も聞こえないはずです。」

家の中では、老剣匠とフェデルタが会話をしている。

「ところで、もう完成したのですか?」
「あぁ。お前さんの言うとおりに作ったさ。それにしても、お前さんも随分としたたかに育ったもんだなぁ、初めて会った時、お前はまだ年端もいかぬ幼子で、確か親分殿も…」
「余計な昔話は結構。時間がありません、物を彼女達に渡してください。」
「あぁ。」

フェデルタに急かされ、老剣匠は部屋の奥から1本の長槍と、2本の直剣を持ってきた。フェデルタもそれを手伝い、2人は家の外へと出る。

「ふん、久方ぶりだな、クソガキ共め。」
「おお…!?武器のおっちゃんじゃないか!!!!」
「ガイエルくん、このおじいちゃんと知り合いなのっ!?」
「あぁ!!俺が小さい頃はアカデミーで武器のメンテナンスをしてくれていてな!!よく遊びに行っては怒られたもんだ!!」
「ふん…あのチビがここまで大きくなって、今や生徒会長か。時が経つのは早いな。」

老剣匠は吐き捨てるように言うと、持ってきた長槍をガイエルに差し出した。

「おっちゃん、これは……!?」
「お前の武器だ。デッドパルチザン、これならお前が無茶に魔法剣を使ってもそうは壊れん。」
「俺がウィングスラストを使えるの、知ってたのか!?」
「ふん、俺に知らん事など無いさ…次は、そっちのチビだ。」
「くっ……。」

むっとしているえくれあに、老剣匠は2本の剣を差し出した。

「こっちはミスリルブレード、小柄なお前さんでも振れるように軽い素材を使ってある。だが丈夫だ、魔法剣くらいじゃびくともせん。それから、こっちは……」
「…随分禍々しい意匠ですね。」
「ふん、こいつにはオリジナルがあってな。こいつはその模造品みてえなもんだ。そうだな…デモンズエッジ、とでも呼んでおくか。」
「デモンズ…エッジ…。」

えくれあは2本の直剣を受け取ると、《ブロードソード》の代わりに背中へ収めた。

「ねーねーおじいちゃん、わたしの分はーっ?」
「…今のお前さんならそのライトボウで十分だ。せめてもう少しまともな技を扱えるようになってから言うんだな。」
「えーっ!!わたしだけ仲間外れーっ!!!」
「エーテルさん落ち着いてください、エーテルさんがもっと強くなったら、僕から頼んであげますから…。」
「ぶーぶー!!いいもん!!わたしはこのライトボウちゃんと頑張るんだからっ!!!」

頬を膨らませるエーテルを、フェデルタが慌てて窘める。

「おいお前ら、そろそろ行ったほうがいいんじゃねえのか。警報がここまで聞こえてくるぜ。」
「…!!」
「そうだなおっちゃん…行こうぜ先生、早くしないと間に合わない!!」
「そうですね。さぁエーテルさん、急ぎますよ。」

未だに文句を垂れるエーテルを引きずりながら、一行は政府の拠点があるヴァスクイルの中心部へと走り出したのだった。



それから数十分後、えくれあ達が辿り着いた時には既に拠点は戦場と化していた。

「遅くなって申し訳ない、シーケンスのフェデルタです。」
「応援感謝する。敵の偵察部隊を仕留めたがここは大丈夫だ、奥の詰め所に議員達が避難しているから、そこを守ってくれ。」
「了解。」

拠点の門番から指示を受けたフェデルタを先頭に、一行は詰め所を目指して駆け抜けた。

「さっきの人、強そうだったね~」
「強そうじゃなくて強いんだよ、エーテル先輩!!ヴァスクイルの正規部隊だ!!」
「学生部隊の私達を奥に通したってことは、全部自分達で片を付けるつもりのようですね。」
「まぁ、それならそれに越した事はありませんが……よし、見えてきましたね。」

4人は拠点中央にある詰め所を見付けると、その入口の前に陣取った。

「このまま誰も来なければいいのにね~っ!」

エーテルが誰ともなしに呟く。3人は答えなかったが、虚空から突如として響いた謎の声だけが、エーテルの言葉に反応した。

「残念ねお嬢さん?でも折角来たんだから歓迎してほしいものねぇ~!!」
「こいつ…どこから…!!」
「いきなりですか…それにしても……」
「あなた…正門には門番も居たはずですがどうやって…!!」

フェデルタとガイエルが素早く武器を構える。えくれあも右手を背中の《デモンズエッジ》に掛けながら、虚空から現れた女性に問いかけた。

「あらぁ、あんな雑魚一瞬で消し炭にしてやったわよ?私の炎の魔法…なめないでちょうだいね?」
「馬鹿な…ヴァスクイルの正規部隊を…」
「ふふふ、情報通りの子たちが集まってるのね…!!」
「(こいつ、やはり……)皆さん、全力で行きますよ。」

フェデルタの声でその場が静まり返る。均衡を破ったのは、エーテルだった。

「……いっけええええええええええっ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

エーテルの《パーシストアロー》はまっすぐに女を目掛けて突き進んでいく。それを見た女が艶やかな動きで女が右手の扇子を振るうと、《パーシストアロー》は90度軌道を変えて地面へと叩きつけられる。しかし、その一瞬の隙をを見たガイエルが一気に肉薄し詠唱を始めた。

「吹き荒れる一陣の風よ、貫く鋼の長槍よ…!!」
「ふふ、遅いわねぇ…まぁいいわ、見せてもらおうじゃない…!!」
「穿て、ウィングスラスト!!!」

ガイエルの《デッドパルチザン》は無数の風の刃を纏い、女を貫かんと突き出される。しかし女が再び扇子を振るうと突然突風が発生してガイエルの《ウィングスラスト》を弾き返した。

「今のは、アンゲスト…!?」
「どうしてっ!?詠唱なんてしてなかったのにっ!!」
「あははははははは!!そんなにのんびりやってそのそよ風じゃ、私の相手なんて務まらないわね!!!!」
「(無言詠唱…!?こいつ、かなりの熟練者…!!)」

えくれあは女の《アンゲスト》のからくりを咄嗟に理解して目を細める。そして右手の《デモンズエッジ》を振り抜いて、一気に前方へと突き出した。

「(まずはあの厄介な扇子を抑える…!!)ソニックインサイト……!!」
「あはははは!止まって見えるわ!!!」

えくれあのソニックインサイトも、女に軽々避けられてしまい、えくれあがよろけて剣を地面に突き立てたその時だった。

「な…これは…!?身体が……熱い……!?」
「あら…もしかしてあの剣……?」
「(始まったか……)エーテルさん、ガイエルさん、一度下がってください。」
「どういう、ことだ…!?」
「えくれあちゃん……っ!?」
「う、うぅ…うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

えくれあの握った《デモンズエッジ》から、可視化するほど黒く濁った魔力がえくれあの身体へと流れ込んでいく。次の瞬間、彼女の絶叫とともに全身から膨大な量の魔力が吹き出していく。えくれあの口元からは牙のように伸び切った八重歯が覗き、その左眼は右眼同様に真紅へと染まっていた。

「な、何だあの姿は…!?」
「えくれあちゃん、どうしちゃったの……っ!?」
「………。」
「ああああ……ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

えくれあは叫び声を上げながら左手にも《ミスリルブレード》を握り締め、再び《ソニックインサイト》で女を急襲した。

「あはははははははは!!!なるほど、さっきの2人よりは遊べそうね!!!!!」
「ううううううああああああああああああ!!!!!!!!!」

軽快な動きでまたもいなして見せた女に、えくれあは人の発したものとは思えぬ唸り声を上げて再び2本の剣で斬りかかる。しかしこの《ツインロザリオ》もまた、謎の女は嘲笑うかのように躱しきってしまう。

「なかなかやるわね、ならこれでどうかしら!!!!」

女が再び扇子を振るうと、今度は振るった虚空から無数の魔物を生み出してえくれあを襲わせる。

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

えくれあは両手の剣を合わせ、1回転するように周囲を薙ぎ払う。魔物たちは為す術無く《トルネードスラッシュ》の餌食となって消滅していった。

「あらあら、私の可愛い魔物たちをよくも…!!」
「うぐううう………」

えくれあは女の声には耳を貸さず、低く唸りながら自らの双剣に魔力を込め、やがてそれらは黒い炎を纏った刃と化した。

「私の風魔法、見ていなかったのかしらね…まさか、炎で対抗しようなんて死にたがりさんがいるとはね……!!!!」
「ああああああああ……ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

えくれあは真っ直ぐに女に突進し、両腕の《フレイムエッジ》を叩きつける。女は再び扇子を振るい、風属性魔法《サイクロン》を唱えた。生み出された竜巻は、《フレイムエッジ》の炎を巻き込んで炎の渦となり、えくれあに襲いかかる。

「自分の炎に焼かれて死になさい!!!」
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「!?」

炎を纏った《サイクロン》に飲み込まれるえくれあ。しかし、その中を強引に突き破って女の眼前に迫ると、生傷と火傷だらけになった身体で双剣を振りかざした。

「あがあああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「いやあああああ!!そんな、私が負ける…!?」

えくれあは紅き双眼で女を睨み付けながら《クイックロンド》で切り刻む。最後の7撃目を振り抜くと、女は口から血を吹き出し、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

「えくれあちゃんっ!!」
「待ってください!!」

えくれあに駆け寄ろうとするエーテルを、フェデルタが制する。えくれあはその声に気付くと、2本の剣を持ったままゆっくりとエーテル達の方へと歩き出した。

「えくれあ…ちゃん…?」
「今の彼女に敵味方の区別は付いていません、迂闊に近寄るのは…危険です。」
「くそ…どうしたっていうんだ先輩…!!」

ガイエルは苦悶の表情を浮かべながら《デッドパルチザン》を構える。しかし、ガイエルが動き出すよりも早くえくれあの《ソニックインサイト》が彼を襲った。咄嗟に反応するも間に合わず、ガイエルは大きく吹き飛ばされて詰め所の壁に叩きつけられた。

「ぐはっ…先輩……!!」
「えくれあちゃん…やめてよっ!!ガイエルくんの事、忘れちゃったのっ!?」
「あ…ぐ…あああぁ……」
「(暴走が、静まりかけている…!?)エーテルさん、話し続けてください!!」
「お願い……いつもの優しいえくれあちゃんに……戻って……っ!!!」

エーテルは涙を流しながら必死にえくれあに呼び掛ける。

「あ、が…姉、さん……」
「(今だ…!!)えくれあさん、失礼します…!!」

エーテルの呼びかけに応えるように声を絞り出したえくれあ。戦意が削がれたその一瞬の隙に、フェデルタはえくれあの背後に回り込み、首筋に手刀を放ってえくれあを卒倒させる。

「えくれあちゃんっ!!!!!!!」
「大丈夫です、今は気を失っていますが…それより見てください、もう傷がほぼ治っています……。」
「ほんとだ…どうして……?」
「うう…それよりフェデルタ先生、あいつは一体何者なんだ?」

不思議そうにえくれあの様子を見守るエーテル。そこへ起き上がってきたガイエルが近寄ってきて、フェデルタに問いかける。

「…恐らく、魔族の者かと。」
「ま、ぞく…?」
「魔族…だと…?魔物達を統べるさらに上級の魔物…しかし、奴らは17年前、人間に滅ぼされたはずじゃ…!!」
「いえ…確かに人間はかつて魔族に打ち勝ちましたが、滅んではいません。現に、魔物の数は減ることはなく、むしろ増え続けています。」
「たしかに、そうかもしれないけど…」
「それにあの女の亡骸をよく見てご覧なさい。」
「亡骸だと……な、何だこれは!?」

ガイエルは言われるがまま、謎の女の亡骸に近寄っていく。しかし、そこにあったものは人の亡骸と言えるものではなく、どろどろに腐敗した物体の中に浮かぶ扇子だけが残されていた。

「人間が死んだのであれば、亡骸はそのように溶けたりはしません。」
「じゃあ、本当にこいつは魔族だって言うのか……。」
「でもフェーくん、なんでその魔族は、ここを襲ってきたのかな…?ヴァスクイルに攻めてきたって言うよりは、わたし達を知ってて来たみたいな感じだったけど…。」

エーテルの疑問に、フェデルタは一瞬迷ってから答えた。

「それは………僕にも、まだ分かりません。しかし、突然エールアデが宣戦布告してきたことと、何か関係があるのかもしれません。」
「エールアデが、魔族と手を組んでいると……!?」
「そこまでは分かりません。利用されているだけ、という可能性もあります。いずれにせよ、一度シーケンスに戻って態勢を整える必要がありますね。」

そう言うとフェデルタは、詰め所の中へと入っていく。そして、中の議員達と何やら話し始めた。

「…そういえばエーテル先輩。フェデルタ先生は何者なんだ?」
「えっ?」
「武器のおっちゃんと前から知り合いだったみたいだし、俺達の試合の時は校長とも隣の席で話していたみたいだった。魔族の事なんかも、俺達より年下なのにとても詳しいし、それにさっきのえくれあ先輩がおかしくなった時…びっくりするくらい冷静じゃなかったか?まるで…えくれあ先輩がおかしくなること、分かってたみたいに。」
「そ、それは…ちょっと考えすぎじゃないかな?」
「考え過ぎ、エーテル先輩はそう思うのか…でも、俺には考え過ぎというには、フェデルタ先生は少し怪しいところが多いように思う。」
「…わたし達もね、旅の途中であったばっかりだから、正直、まだ知らないところたくさんあるんだ。でも…なんでかな、悪い人じゃない…そんな気がするんだ。」
「そうか……。」
「…う、うぅ……。」
「えくれあちゃんっ!?」
「先輩、目が覚めたのか!?」

えくれあは目を覚ますと、ゆっくりと体を起こして立ち上がった。まだふらつくらしく、頭を右手で抑えている。

「私は…一体何を…そうだ、あの女は…!!」
「先輩…覚えて、ないのか…?」
「あの女の人は、えくれあちゃんがやっつけたんだよ…?」
「私が…!?」
「うん。それにね、あの女の人、魔族なんだってフェーくんが…」
「何ですって…!?」

えくれあは自分が意識を失った後の事を2人から聞いた。突然魔力が爆発的に増えて容姿に変化が出たこと、圧倒的な力で謎の女を打ち倒したこと…全てを聞いた時、えくれあは深く何かを考え込んでいた。

「えくれあ先輩、どう思う…?」
「分かりません……ですが、何かが引っかかっているような気がするんです…。」
「何か……?」
「…とにかく、フェデルタさんに関してはもう少し知る必要があるようですね。」
「僕が、どうかしましたか?」
「わわっ、ふぇ、ふぇ、フェーくんっ!?」

フェデルタが脇から突然会話に割り入ると、エーテルがすっとんきょうな声を上げた。

「はぁ…姉さん……。」
「議員の人と話は付いたのかい、先生?」
「はい。代わりの人員をよこしてくれるそうです。入れ替わりで、僕たちはシーケンスへと戻りましょう。」

フェデルタが言い切ったのと同時に、空からは雨が降り始めてえくれあ達の身体を濡らしていく。その雨は、彼女達の不安を暗示するかのように、いつまでも降り注いでいた…。