力を求めて

暗闇の中を、少女は歩いていた。何も見えない、行く先も、自分の足元さえ見えないその場所を、少女は無言で歩いていく。

「……!!」

少女は何かに気付き、一度足を止めた。そして、今度は駆け足で闇の中を進んでいくと、やがてその先に薄暗い明かりが現れてくる。そして、その明かりの下にはぺたりと座り込んだ人影があった。その人影は、傷んだ金の長髪を垂らし、死んだように項垂れている。少女は人影に近付くと、ゆっくりと手を伸ばした。

「………!?」

少女が女性に触れようとした瞬間、激しい電流のような何かが発生し、少女は大きく吹き飛ばされる。少女はふらふらと立ち上がると、再び女性に近付いていく。まるで、それが自分の使命だと言わんばかりに、痛みに顔をしかめながらもゆっくり、着実に足を前に運んでいく。そして、彼女が再び女性に手を伸ばそうとした時だった。

「っ!?」

少女は暗闇の奥から現れたもう1つの人影に突き飛ばされ、激しく地面に叩き付けられた。薄れゆく意識の中で、少女は声にならない声を発しながら手を伸ばす。

「……………、…………………!!」

しかし、少女はついに力尽き、再び起き上がることはなかった……。



「……、……母上………!?」

短めの銀髪、黒縁の眼鏡の奥に碧と紅のオッドアイを輝かせる少女、えくれあは自分のうわ事で目を覚まして飛び起きようとした。しかし、起き上がることは叶わず、えくれあの小さな身体は再び硬い木製の床に転がってしまう。

「(私は…そうだ、魔王に敗北して……何故私は縛られて…それに、姉さんは……!?)」

えくれあはまだ覚醒しきっていない脳をフル回転させて周囲を見回す。すると、小さな部屋の反対側の隅に同じく両手足を縛られた姉の姿を見出した。

「姉さん、姉さん……!!」
「っ…うぅ……」

えくれあは床を這いずって姉のエーテルに駆け寄り、小声でその耳元に囁きかけた。

「姉さん、起きてください……!!」
「うぅ……えくれあ…ちゃん……?」

エーテルはようやく目を開けると、大きなあくびをしてもぞもぞと身体を動かした。伸びをしようとした両手が動かない事でようやく自分が縛られていることに気付いた様子の姉に、えくれあは呆れながらもどこか安心したように表情を緩めた。

「(どうやら元気なようです…よかった…)姉さん、ここがどこか分かりますか?」
「ふぇっ?ううん、わたしも今起きたばっかりだから…そういえば、わたし達何でこんなところにいるんだっけっ?」

えくれあはエーテルに大声を出さないことを固く誓わせてから、目覚める前の記憶を姉と確認し合った。

「そうだった…まさかわたし達が魔王の子供だったなんて…」
「…まだそうと決まった訳ではありません。奴の戯言である可能性もあります……」

そんなをする理由がわからない…という言葉の続きを飲み込んで、えくれあは話題を変えた。

「とにかく、無事は何よりですが縛られたままでは話になりません。何とか脱出を……」

えくれあがそう言った時、隣の部屋から物音が聞こえてきた。2人は慌てて口を閉じ、息を潜めた。

「…ったく、何さあのバカ商人ッ!!ぼったくりも良いとこだっつーのッ!!今度会ったら身ぐるみ剥いでやる…!!」
「…落ち着けよ、身ぐるみ剥いでやるってのは同意だけどな…まぁいいじゃねえか、今回はいい『獲物』があるんだからよ。」

気性の荒そうな少女の声と、それを宥めながらも内に殺意を秘めた青年の声を耳にし、えくれあとエーテルは顔を見合わせた。

「どうやら、この家の主のようですね……」
「じゃあ、縛ったのもあの人達なのかな…?ほどいてくれるかな…?」
「くれるわけないでしょう……しっ、来ますよ。」

バタンと乱暴にドアが開き、そこから緑髪の男女が2人、姿を現した。

「…あれ?ねぇ兄ちゃん、こいつらこんな近くに転がしたっけ?」
「(しまった……!!)」
「…おい、起きてんだったら大人しく白状しやがれ…!!」

青年はいきなりえくれあの身体を蹴飛ばし、えくれあは衝撃に小さく呻いた。

「えくれあちゃんっ!!」
「あぁ?こっちも起きてんじゃねえかッ!!どうする兄ちゃん?」

少女はエーテルの髪を掴んで持ち上げながら、青年の方を振り向いた。

「あなた達は、一体何者ですか……?」
「あぁッ!?換金道具がごちゃごちゃうっせーんだよッ!!」
「…よせ、フレイヤ。俺の名はフレイ、こいつは妹のフレイヤだ。俺達は盗賊家業で飯を食っていてな、たまたま道端でひっくり返っているお前達を見つけたから、ひとまず身柄を拘束させてもらった訳だ。」

フレイと名乗った青年は睨み付けながらえくれあの質問に答えた。えくれあはフレイの回答を聞きながら思考を加速させていた。

「(盗賊とはまた運の悪い相手に……何とかして脱出しなければ……)……頼みがあります。」
「頼みだぁッ!?」

フレイヤと呼ばれた少女は眉間にしわを寄せながら、えくれあに向かって足を振り上げた。

「やめてっ!!えくれあちゃんを蹴飛ばさないでっ!!」
「っざけんなッ!!てめえら自分の立場分かってんのかよッ!!」
「きゃあっ!!」

フレイヤはエーテルの方に振り向き、そのまま足を振り下ろした。腹部を踏み付けられたエーテルは痛みに呻きながら必死にフレイヤの方を見上げている。

「(くっ……)私達の身柄を解放してください。」
「…俺達にメリットが無ぇな。」
「私達の有り金と、隠している財産の在り処をお教えします。」
「えくれあちゃん…?」

えくれあはエーテルの反応に顔を青ざめさせた。隠し財産などはただのハッタリ、エーテルがえくれあの意図を察してくれなければ一瞬で瓦解する博打だった。

「…面白ぇ、話を聞こうじゃねえか。」
「ありがとうございます。まずは縄をほどいていただけませんか?」
「そうはいかねえな、まずはてめえらの有り金と財産の在り処を聞くのが先だ!!…おい、フレイヤ。」

フレイに呼ばれたフレイヤは、隣の部屋から何やら袋のような物を持ってきて、それをえくれあ達の目の前でひっくり返した。

「ああっ!!」
「…お前らの財布に入ってた金だよ、これで全部かッ!?」
「…えぇ、間違いありません。」

えくれあはゆっくりと頷いた。

「なら、次は財産の在り処を聞こうか?」
「…分かりました。ヴァスクイル地方に隠してあるのですが、詳しくは地図が無いと……」
「ちっ…おいフレイヤ、地図持って来い。」
「はーい兄ちゃん!!……後で覚えてろよクソガキ」

フレイヤはえくれあを睨み付けながら隣の部屋へと戻っていく。その時、えくれあは開いた扉の隙間から、自分達の荷物が隣の部屋に置いてあるのを見逃さなかった。

「……今です!!」
「な…!?」

えくれあは両手に目一杯の魔力を込めた。魔力でできた小さな刃はえくれあの腕を縛った縄を焼き切った。その手で足を縛った縄も握り締め、えくれあは無事に身体の自由を取り戻した。

「数多を照らす光よ…迸れ、プリズム!!」
「ぐああああああっ!?」

えくれあが唱えた《プリズム》がフレイの目に直撃する。眩い光を直視して視界を奪われたフレイが痛みにのたうち回っている間に、えくれあは素早くエーテルを縛る縄も焼き切った。

「ありがとえくれあちゃんっ!!」
「お礼はまた後ほど……!!」
「兄ちゃん!?大丈夫!?」
「くそ…こいつら賞金稼ぎか……!!」

兄の悲鳴を聞いて、隣の部屋から一目散に戻ってきたフレイヤがえくれあを睨み付ける。

「てめぇ…舐めた真似しやがってッ!!ぶっ殺してやるッ!!」

フレイヤは叫びながら両手に持っていた2本の剣を構えた。

「…そうですか、あなたも二刀流を……」
「あたしは楽しみだよッ!!その冷めたツラがビビった泣きっ面になるのがなッ!!」

フレイヤはいきり立ってえくれあに剣を振り下ろした。

「………」
「なっ、てめぇ……ッ!!」

えくれあは無言でフレイヤの一振りを躱すと、ゆっくりと歩み寄った。

「…同じ二刀流使いに出会ったのはあなたが初めてです。だからそういった意味ではありがたく思いますが…まるでなっていませんね。」
「んだと……ッ!!」

再び襲いかかってくるフレイヤ。えくれあはフレイヤとすれ違うように攻撃を躱し、その瞬間にフレイヤが持っている剣を1本奪い取った。

「なっ、返せよッ!!」
「お断りします…!!」
「ぐっ……」

振り向いてもう1本の剣を振り上げたフレイヤに、えくれあは奪った剣を渾身の力で振り抜いた。峰打ちの要領で腹部を打たれたフレイヤは、呻きながらその場にうずくまった。

「今です姉さん、逃げますよ…!!」
「あっ、うんっ!!」

えくれあに呼ばれて、エーテルも慌てて走り出す。隣の部屋に進むと、部屋の片隅にえくれあ達の武器が立てかけられていた。

「デモンズ、エッジ……」

赤黒い刀身のその剣を少しの間見つめてから、えくれあは隣の《ミスリルブレード》と共に背中に収めた。

「わたしのライトボウもあったよっ!!良かったーっ!!」
「えぇ…とにかく、ここを出ましょう。」
「うんっ!!あ、そうだっ!!」

エーテルは部屋の中央に置いてあるテーブルに駆け寄ると、その上に置いてある紙に手を伸ばした。

「これ地図だよね?持っていこうっ!!」
「…それでは、盗みではありませんか…」
「でもわたし達襲われてるし、場所分かんないし、これくらいはバチも当たらないよっ!さぁ行こうっ!!」
「………」

少しだけ複雑な心境のえくれあをよそに、エーテルは元気よく古ぼけた民家を飛び出していった。



それから数十分後、えくれあ達は少し離れた森の中で腰を下ろし、フレイ達から奪った地図を広げていた。

「えくれあちゃん、これからどうするのっ?」
「…まず、何もかも情報が不足しています。フェルラドはどうなったのか、魔王はどうなったのか、そもそも魔王は本当に私達の父親なのか……」
「それに、フェーくんが無事かも気になるよね…」

エーテルがフェデルタの話題を出した瞬間、えくれあの表情が曇った。

「…姉さん、残念ですが彼の事はもう諦めてください。」
「え……?」
「考えてもみてください。彼はそもそも初対面の時から不自然な点が多々ありました。私達の事、いえ、それだけではありません。彼は余りにも知っていることが多過ぎました……私には、彼の思惑で魔王の元へ引き寄せられたような気がしてならないのです。」
「考えすぎじゃないかな…?」

えくれあは一度目を瞑り、再び目を開けて口を開いた。

「…そうかもしれません。しかし、仮に敵ではなかったとしても、私達と同じ場所に居なかったということは必ずしも命が無事である保証は無いでしょう……」
「そんな……」
「だから、私達はもっと強くならなくてはいけません。今度は彼の導き無くして、もう一度魔王の元へ辿り着き、そして勝つ……奴から私達について知っていることを、全て聞き出すんです。」

えくれあは立ち上がり、地図を仕舞い込んだ。

「…私の見立てが正しければ、最寄りの街はここ…北西部のレージアス地方の首都、バレストアのはずです。ここで情報を集めてから、作戦を練りましょう。」
「うん…分かったっ!!」

エーテルもひとまずは気を取り直したように声を上げ、立ち上がった。

「早速移動しましょう。今から動けば明日の昼には辿り着くはずです。」
「そだね、暗くなる前にたくさん進んじゃおっ!!」

そうして、2人は森の中を北西に向かって歩き出した。

「(そうだ、もっと強くならなければ……)」

えくれあはぼんやりとそんな事を考えながら、背中の《デモンズエッジ》に手を掛けた。

「(この力が何であろうと…使いこなしてみせる、そして魔王…奴は必ず私が……)」

隣を歩くエーテルの視線に気付き、えくれあは腕を剣から離して無言で歩き続けた。森の木々の合間から差す昼の日差しを背中に受けながら、2人は着々と次の目的地へと進んでいくのだった。