魔法剣

ハイリヒトゥーム南西に広がるデュルネー砂漠。灼けつく日差しが身を焦がし、吹き荒れる砂嵐がその視界を奪う悪環境を歩く賞金稼ぎが、3人。

「うぅ~…暑い…」
「エーテルさん、僕の水を分けてあげますからどうぞ。」
「ダメです甘やかさないでください、姉さんはすぐ調子に乗りますから。」
「フェーくんありがと~…ぶぅぶぅ、えくれあちゃんの意地悪~!!」
「何とでも言っててください…。」

フェデルタの水を飲みながらえくれあに口を尖らせるエーテル。3人はかれこれ2時間ほどこの調子で歩き続けていた。

「えくれあさんは、エーテルさんに厳しいんですね。」
「当然です、いつまでも落ちこぼれのつもりで甘んじられても困ります、もっと自覚をですね…」
「わ、わたしだってちゃんと頑張ってるもんっ!!いつかえくれあちゃんに負けないくらい強くなるんだからねっ!」
「ふふ、エーテルさんの今後が楽しみですね。」
「はぁ…!?静かに!!身を隠してください。

必死に弁明するエーテルとそれを微笑みながら見守るフェデルタを、えくれあが咄嗟に制する。3人が近くの岩に身を隠すと、少し離れた場所の砂地の下から扉が現れ、ガタガタと鈍い音を立てて地下への通路を露わにした。

「誰か出てくるよっ!!」
「しっ、エーテルさん。恐らくは例の盗賊達…でしょうね。それにしても何故気付いたんです。」
「…地面の砂の流れが、少し違う気がしました。気の所為かとも思いましたが、念のため身を隠して正解でしたね…。」

事も無げに告げるえくれあに、思わず顔を見合わせるエーテルとフェデルタ。しかし、地下への通路から数人の屈強な男達が姿を現すと、すぐに視線は先の通路へと引き戻される。

「げへへ、あのお宝、俺達にも分け前あるのかなァ…」
「ある訳ねえだろバカかお前は!どうせ親分の独り占めだよ。」
「俺達に回ってくるのは価値の低い『ハズレ』ばっかりだからな、まぁ仕方ねえけどよ…」
「おい、ブツブツ言ってないで次の獲物だ。早くしねえとまた親分にどやされるぜ?」

盗賊の一味であることを隠しもしない会話を繰り広げた男達は、えくれあ達には気付かずにテミリの街の方角へと歩いていく。

「ふぅ…バレなかったね…っ!」
「内部の構造が分かりませんが…どうしますか、えくれあさん。」
「当然行きましょう。少なくとも、今ならさっきの連中を相手にしなくて済みます。」

そう言うとえくれあは躊躇いもせずに隠し扉へと向かっていく。フェデルタもそれに続くのを見て、エーテルもしぶしぶと2人の背中を追うのだった。



「…妙、ですね。」
「えくれあさんもそう思いますか。まさか仲間がさっきの大男達だけとは思えませんが…?」

無事に隠し通路に潜入し、少し進んだ所で立ち止まって思案するえくれあとフェデルタ。そこへエーテルが遅れてやってきて、きょとんとした顔で2人に問いかける。

「でも…敵がいないならラッキーなんじゃないかなっ?どんどん進んじゃおうよっ!!」
「あ、あのですねエーテルさん…」
「……いや、姉さんの言う通りかもしれません。どの道私達は敵の戦力の全容を知りませんし、一度潜入してしまった以上、ここで立ち止まる時間がリスクをどんどん高めているとも考えられます。」
「……そうですね、では先へ進みましょう。」
「うんっ、お宝取り返しちゃおうっ!!」

エーテルの言葉に触発されて意を決して先へと進んでいく一行。えくれあとフェデルタは未だに警戒心を極限まで高めていたが、それとは裏腹に順調に歩は進み、やがて雑多な装飾に彩られた大きな扉の前に辿り着いた。

「ここって…もしかして…。」
「エーテルさん、お手柄でしたね。」
「…間違いなくここが『親分』の部屋でしょうね……中から人の気配もします。」
「…どうしますか。」
「決まってるよっ、そんなの…っ!!」

エーテルが背中の《ロングボウ》に手を掛ける。えくれあも右手に《ブランノワール》を握り締め、一気に扉を開く。すると、そこにはそれなりの広さの部屋一面に広がった宝石や金貨の数々と、その中心でニタリと笑う熊のような大男が立っていた。

「へっへっへ、ようこそお嬢ちゃんたち。俺のアジトへ……。」
「…あなたが盗賊の親玉ですね。」
「テミリの街で泥棒したものを返してっ!!」

不敵に笑う盗賊の親玉を相手に、えくれあは左手にも愛剣を握り締め、エーテルは矢を引き絞る。

「返す?おいおいお嬢ちゃん達、それ本気で言ってんのかい…?」
「どういう意味です…!!
「くっ…しまった…。」
「フェーくんっ!?」

フェデルタの険しい声色にエーテルが振り返ると、そこには先程の大男達が並んで立ち塞がっていた。

「罠だと気付かずに入り込んで来るとはバカな奴らだ…。」
「俺ァ、あの黒い服の子がいいなァ…ああいう気の強そうな女をぼこぼこにしてやるのが好きなんだァ…。」
「お前ガキ好きだもんな…じゃあ俺はあの金髪もらうぜ~。」
「おい、ちゃんとガキは殺しとけよ、邪魔されたら興ざめだからな…!!」

フェデルタは軽蔑と嫌悪感に表情を歪めながら両手に拳銃を構えて叫ぶ。

「こいつらは僕が片付けます、えくれあさんとエーテルさんは親玉を!!」
「ダメだよフェーくんっ!!あんなに大勢、私も手伝うよっ!!」
「…いえ、姉さんは私のフォローを頼みます。」
「えくれあちゃんっ!?」
「(…もし何かの企みがあるならここで共倒れればよし、そうでないなら足止めくらいはしてくれるでしょう…。)」
「作戦は決まったかいお嬢ちゃん達…行くぜェ!!」

痺れを切らしたようにえくれあに襲い掛かってくる親玉。その両手にはデュルネー砂漠で戦った《ディグスコーピオン》の大鋏を加工した武器が握られている。

「ちっ……!!」
「どうしたァ!!効かねえぞォ!!!」

えくれあは両手の剣を巧みに操って親玉の殴打を防ぐが、その力強さと硬さにたちまち追い込まれていく。エーテルも後ろ髪を引かれる思いで《パーシストアロー》を放つが、その強固な大鋏に弾かれてひび一つ入れる事が出来ない。

「威勢良く乗り込んできた割に大したこたぁねえなぁ…!!」
「くっ……」
「どうしよう、このままじゃ…!!」
「生命を育む灯火よ……」
「あぁ!?」
「燃え上がれ…イグナイト!!」
「おわぁ!?」

えくれあは詠唱と共に右腕を突き出し、そこから火の玉が一直線に飛び出した。炎を操る基本魔法《イグナイト》は親玉の大鋏を捉えようとするが、僅か一瞬の差で親玉が身を翻して躱した。

「ほう…少しはやるじゃねえか、お嬢ちゃん…!!」
「ちっ、外しましたか…。」
「えくれあちゃん…!」

えくれあ達が拮抗状態に入った頃、フェデルタは盗賊4人を相手に苦戦を強いられていた。

「おうおう坊主!!もうおしめぇかァ!?」
「口ほどにも無いな…ナイト気取りのクソガキが。」
「くっ…雑魚の集まりが言ってくれますね…。
「へっ、まだ減らず口叩く余裕があるのかよ、生意気な野郎だ!!」

1対4とは言え、本来であればフェデルタが決して遅れをとる相手では無かった。しかし、背後にえくれあ達がいるため迂闊に回避が出来ず、慣れない至近距離での攻防を繰り返す内に消耗し、その体力は限界が近付いているように見えた。

「さて、そろそろ死んでもらうぞおらァ!!!」
「…仕方ありませんね。」
「何言ってんだこのガキ…!?」
「構うことはねぇ殺っちまうぞ!!」

盗賊達は一斉に肩で息をするフェデルタへ襲いかかった。しかしその時、フェデルタの瞳が妖しく光り、次の瞬間には4人の盗賊はその場に倒れ伏していた。

「ば、バカなァ…。」
「今、何が…!?」
「て、てめぇまさか…」
「人間じゃ…ごふっ!!」
「…お前達如きに殺られる僕じゃない…。」

死に行く身体で必死に叫ぼうとする盗賊達の耳元で囁きながら、フェデルタは1人1人の脳天に確実に弾丸を撃ち込み絶命させていった。

「フェーくん、勝ったの…!?すごいっ!!」
「(なっ、あの状況でどうやって……!?)」

驚きの表情を浮かべるえくれあとエーテル。しかし、それ以上に表情を変化させる者がいた。

「お前ら…よくも、俺の手下を……許さねえ…許さねえぞ……!!」
「あ、あれ…もしかして怒ってるんじゃ…!?」
「猛き戦士の本能よ…」
「えくれあさん…!!ぐっ…」
「目覚めよ、アグレス!!」
「(まさか魔法まで扱うとは…)姉さん、私にも強化魔法を!!」
「あ、でも……!!」

えくれあに促されるエーテル。しかしエーテルは以前ボロボロになるまで戦い続けた妹の姿を思い起こして躊躇する。

「殺してやる…殺してやるぞおおおおおおおおォ!!!!」
「エーテルさん、どうしたのですか!!!」
「だって、えくれあちゃんが…っ!!」
「……大丈夫。」
「えっ?」
「私に考えがあります、以前の二の轍は踏みません。だから…信じてください。」
「………分かったよ…!!」

エーテルは零れ落ちる涙を拭って両手をえくれあに向ける。

「猛き戦士の本能よ…目覚めよ、アグレス!!」
「…ありがとうございます、姉さん……!!」

次の瞬間、えくれあは駆け抜けた。その動きはまるで風のように速く、大鋏を力任せに振り回す盗賊の親玉を翻弄していく。

「ちょこまかちょこまかとおおおおォ!!!!!」
「まずはその厄介な大鋏からですね……。」
「出来るもんならやってみろおおおおおおォ!!!!」

えくれあは一度身を翻して親玉と距離を取る。そして2本の《ブロードソード・ノーブル》を身体の前で交差して構える。

「燃え上がる闘志よ、閃く刹那の双刃よ…」
「また小細工かああああ!!!舐めるなあああクソガキイイイイイイイ!!!!!」
「焼き払え、フレイムエッジ…!!」
「うごあああああああああああ!?」

詠唱を始めたえくれあに、激昂した親玉が一直線に突っ込んでいく。魔法諸共叩き潰そうと考えた親玉は大鋏を頭上で組んでえくれあに振り下ろすが、同時にえくれあの双剣が激しい炎を纏って、閃く。炎の魔法剣《フレイムエッジ》はたちまち2つの大鋏を焼き尽くし、親玉をも火柱の餌食とする。火だるまとなった親玉は、それでもえくれあに殴りかかろうとよろめきながらも向かってきた。

「まだ懲りませんか…。」
「えくれあちゃんにばっかり…」
「エーテルさん?」
「頑張らせちゃ、いけないんだ…っ!!」
「これは…!?」

とどめを刺す為に火だるまへと歩み出ようとしたえくれあの隣で、エーテルが力いっぱいに弓を引く。目も眩むほどの魔力の輝きを纏った《パーシストアロー》が、親玉の心臓めがけて飛んでいく。その矢は寸分違わず親玉の心臓を貫き、やがて火を纏ったまま絶命した盗賊の親玉はゆっくりと倒れ伏した。



親玉を倒した後、無事にテミリの貴婦人の宝石を見つけたえくれあ達は、直ちにアジトを抜け出してテミリの街への帰路に就いていた。

「やっぱりえくれあちゃんはすごいや…魔法、剣?だっけ?使えちゃんだもんっ!!」
「私も初めて試みてまさか上手くいくとは思いませんでしたけどね…。」
「……。」
「?どしたのフェーくん?」
「いえ…あ、いや、えくれあさん。今、身体は大丈夫ですか?」
「何を言ってるんですか。私は大丈夫、ぐっ!?」
「えくれあちゃんっ!?」

言いかけた途中で突如膝から崩れ落ちるえくれあ。エーテルも驚いて駆け寄るが、当のえくれあ自身が一番驚いているようだった。

「これは…うっ……」
「えくれあちゃんっ!?どうしたのっ!?」
「…恐らく、無事に立っていられたのはエーテルさんの強化魔法のおかげだったのでしょう。本来魔法剣は相当な魔力を必要とします、駆け出しの賞金稼ぎであるえくれあさんが使用できた事自体、驚きなのですから。」
「そんな…」
「えくれあさんの潜在能力は勿論ですが、エーテルさんの強化魔法も余程効いたのでしょう。この突然の倒れ方はそれ意外に考えられません。」
「また…私のせいで……!!」
「……しかし、そのお陰でこうして3人揃って出てこられたとも言えます。僕も手下共の相手に手こずって手助けが出来ませんでしたから。」
「でも…わたしがもっと強ければ…っ!!」
「…とにかく、テミリに戻りましょう。えくれあさんの治療も、任務の報告も、テミリに帰らなければ出来ませんからね。」

そう言って、フェデルタは意識を失ったえくれあの身体を抱きかかえて歩き出した。エーテルはしばらく心配そうにえくれあの顔を覗き込みながらフェデルタの横を歩いていたが、やがて何かを決したように表情を引き締め、前を見据えた。

「ねぇ、フェーくん。」
「どうしました、エーテルさん。」
「テミリに戻ったら相談があるの。聞いて…くれるかな?」
「…?えぇ、分かりました。」

未だ合点が行かない様子のフェデルタも、一応は頷いてエーテルに応える。エーテルは前を見据えたまま、フェデルタの腕からこぼれたえくれあの手をそっと握りしめる。

「(わたしも…もっと強くならなきゃいけないんだ…!!)」

2人は無言のまま、テミリの街へと進んでいく。行きの道で彼女達を照らした陽の光は地平線の先へと沈み、世界は鮮やかな茜色からどんよりとした漆黒へと染まりかけていた。