蠢く闇

宇宙を巡るオラクル船団、その一角を担うアークスシップ『フェオ』のロビーは今日も多くのアークスで溢れかえっている。そんなロビーのソファに座る、一際目立つ紫色を身に纏った男女が居た。

「……遅い。」
「まぁそうピリピリすんなよ、気長に待ってやろうぜッ!!」

険しい表情で前を見据える少女の隣で、足を組んだ青年が白い歯を見せる。しばらくすると、絶え間ない人波の向こうから甲高い叫び声が聞こえてきた。

「お~いっ!!!!待たせちゃってごめんねーっ!!!!!」
「ちょ、ちょっと姉さん、目立つからやめてください…。」

叫び声の正体は、長く美しい金髪の下に八重歯を覗かせた女性。その横を、短めの銀髪に眼鏡の少女が困惑した表情で並走していた。

「…遅刻ですよ、エーテルさん、えくれあさん。」
「ごめんごめんっ!!」
「申し訳ありません、ネフェロさん、ヴァシムさん。姉さんが何度起こしても起きなかったもので……」
「ははッ、そんな事だろうと思ったぜ。まぁお前ら最近頑張ってるみたいだしなッ!!」

えくれあの謝罪を快く受け入れたヴァシムだったが、ネフェロは未だに怪訝な表情を浮かべていた。それもそのはず…

「えへへっ、ネフェロちゃん久し振りだねぇ~っ!!」
「…あなた、反省しているんですか?」

エーテルはにこにこしながらネフェロの手を握ってぴょこぴょこと飛び跳ねている。開いた口が塞がらない様子のえくれあに強引に引き剥がされ、ようやくネフェロの手の自由が解放された。

「…遅れた分は仕事で取り返してもらいますよ。」
「はい、本当にすみません……。」
「??ねぇヴァシムくん、何でネフェロちゃんあんなに怒ってるのっ?」
「あー、マジか……まぁ、お前ならそう言うか……」

いよいよヴァシムにまで呆れられたエーテルは結局遅刻の自覚の無いまま、スタスタと先を行くネフェロ達を追いかけて行くのだった。



「………。」
「おいネフェロ、そろそろ許してやったらどうだ?なッ?」
「いえ、この際ですから。情けは不要ですよヴァシムさん。」
「あぅ~……」

4人が乗り込んだキャンプシップにはお通夜の如き空気が流れていた。武器の手入れをしているところに延々話しかけられたえくれあとネフェロが、ついにエーテルに怒りを爆発させたのだ。

「うぅ…ごめんなさい……。」
「姉さんはそろそろ大人としての自覚を持ってください。」
「4つも歳下の妹にそんな事を言われて、情けなくないのですか、貴女は。」

涙目で謝るエーテルに2人は口撃を緩めることはなかった。その時、ドスンという鈍い音がキャンプシップに響いた。

「おいお前らッ!!エーテルがアホやらかしたのは分かるがいい加減にしねぇと…ッ!!」
「は…?」
「いえ、ヴァシムさん。私達は何も……うわっ!?」

えくれあが言いかけたその時、地震のような揺れが起こり、間もなくけたたましい警報音が鳴り響いた。

「ふえっ!?何これっ!?」
「分かりません…これは一体……!!」
「…!?何ですって…。」
「おいネフェロッ!!どうしたッ!!」

端末を操作していたネフェロにヴァシムが叫んだ。

「どうやら、私達のシップはダーカーの襲撃に遭っているようです。」
「何だと…ッ!?」
「どうにかならないのっ!?」
「流石にこの大宇宙のど真ん中で外に出る訳には…揺れが、激しく……!?」

為す術無く動揺するえくれあ達。やがて大きな閃光と激しい衝撃に襲われ、4人の意識は途絶えた。



「うっ……ここは……?」

どれくらい時間が経ったのだろうか。えくれあは冷たい地面の感触に意識を呼び覚まされ、ゆっくりと瞼を開く。

「ここは……一体……?」

不時着の衝撃で鈍く痛む全身に鞭打って立ち上がったえくれあが見たもの。それは荒廃した大地に漂う瘴気、そして空高くを漂う瓦礫の数々だった。

「あぅ…うぅ…っ…」
「姉さん…!?」

背後から聞こえる呻き声にえくれあが振り向くと、そこには先刻のえくれあ同様に地に伏したエーテルの姿があった。

「んっ…うぅ…ふぁっ?えくれあちゃんっ?」
「姉さん、大丈夫ですか…!?」
「うん、何とか大丈夫みたいだよ~…」

エーテルの返事に胸を撫で下ろすえくれあ。するとそこへ2人分の足音が近寄ってくる。

「おう、起きたみたいだな。」
「ヴァシムさん…。」
「貴女達が寝ている間に近くを調べていましたが、どうやらこの辺りはダーカーに完全に支配されているようです。」
「そんなぁ…じゃあわたし達これからどうなるの…っ?」

不安そうに尋ねるエーテルにネフェロが表情を崩さずに答えた。

「…既に救援は要請してあります。」
「それじゃあっ!!」
「ところが、シップの着陸する場所はここから離れた場所になるらしい…つまり、ダーカーの群れの中を突っ切って行かなきゃならねぇって訳だ…ッ!!」
「なるほど。それでさっきからそんなにニコニコされているんですね。」

えくれあは不敵な笑みを浮かべてヴァシムを見つめた。ヴァシムもそれに応えるように白い歯を覗かせた。

「ったりめぇだろッ!!来やがれダーカー共、まとめて捻じ伏せてやるぜッ!!」
「…あれっ?来やがれってよりはわたし達が行くんじゃないのっ?」
「珍しく正論ですね。」
「えっへへ~、ネフェロちゃんに褒められた~っ!!」
「っ…う、うるせぇッ!!とっとと行くぞッ!!」



それから数時間、えくれあ達一行は大挙して押し寄せるダーカー達を殲滅しながら謎の空間を彷徨い続けた。

「塵と化せ…ノヴァストライク。」
「斬り裂け、ディスパースシュライク…!!」
「食らいやがれッ、スピードレインッ!!」
「やっちゃえっ、ラ・グランツっ!!」

襲い来るダーカー達をひたすら薙ぎ倒しながら、4人は走り続ける。

「敵の勢力…衰える気配がありませんね……。」
「どうしましたえくれあさん、まさかもう疲れましたか?」
「……ふふ、ご冗談を。」

ネフェロの問いに答えるえくれあの額には、僅かに汗が光り始めている。その時、エーテルが突然声を上げた。

「ねぇっ、もしかして助けが来るのってあそこじゃないっ?」
「お前、こんな遠くから見えるのかッ?」
「へへ~、わたし目だけは良いんだよーっ!!背も高いから遠くも見渡せるしねっ!!」
「エーテル、お前それわざと言ってんじゃ…」
「ないと思いますよ。すみません、ヴァシムさん。」
「だよなぁ…やれやれだぜ。」

エーテルの発言に呆れながらも、4人はエーテルが指差した方へと走っていく。やがて大きな広場に辿り着くと、上空から何かの物音が響いた。

「あれって…っ!!」
「救援が来たようですね。」
「…?あのシップ…何故降りてこないのでしょう……?」
「そういやそうだな……」
「解が知りたいか?アークス風情が…!!」
「「「「!?」」」」



突然木霊した男の声に驚いて振り向く一行。そこには見覚えのある姿があった。

「ルーサー……!!」
「ルーサー…こいつがですか…?」
「愚鈍ッ!!」
「ネフェロッ!えくれあッ!危ねぇッ!!」

姿を表した《ファルス・アンゲル》に動揺したえくれあとネフェロに、陰から現れた《ファルス・ヒューナル》が襲い掛かる。反応の遅れた2人だったが、咄嗟に反応したヴァシムが辛うじて《ファルス・ヒューナル》の一撃を相殺した。

「野郎…ダークファルスが何の用だッ!!」
「…弁えよッ!!」
「ぐおッ……半端ねぇパワーだ……ッ!!」

力負けして押し返されたヴァシムを庇うようにえくれあが愛剣《ブランノワール》を構えて立ち塞がる。

「…こいつらは恐らく複製体……何を聞いても答える事はないでしょう。」
「…ならば、このゴミ共はさっさと始末してよいのですね。」

ネフェロも兄と同じ《アルマゲスト》を構えて《ファルス・アンゲル》に正対した。

「それなら…よーしっ、シフタっ!!」

エーテルの放った《シフタ》がえくれあ達に付与される。その瞬間、えくれあが弾けるように前方へ飛び出した。

「脆弱ッ!!」
「かはっ……」
「えくれあッ!!ナイスガッツだッ!!」

えくれあの《ディストラクトウィング》は《ファルス・ヒューナル》の拳に打ち返される。しかし《ファルス・ヒューナル》もまた、えくれあのスピードに一瞬バランスを崩し、そこをすかさずヴァシムが責め立てる。

「貫けッ、アサルトバスターッ!!」
「ウオオオオオオオ!!!!」

一瞬無防備となった《ファルス・ヒューナル》の腹部を《アサルトバスター》が抉るように貫いた。しかしその強靭な肉体を打ち崩すには及ばず、今度は《ファルス・ヒューナル》の放つ激しい回し蹴りがヴァシムを襲う。

「がはっ……流石ダークファルス、面白ぇ…ッ!!」
「兄さん……!!」
「余所見とはいい度胸だアークス…調和波動子、消失自壊!!」」

ヴァシムの戦況に一瞬気を取られたネフェロに、《ファルス・アンゲル》の猛攻が迫る。放たれた《グラン・ナ・ザン》がネフェロを捉える直前、エーテルがチャージを完了したテクニックを放った。

「届け……ゾンディールっ!!」

エーテルの放った《ゾンディール》は間一髪でネフェロを吸い寄せ、《グラン・ナ・ザン》の効果範囲から離脱させた。

「…ありがとうございます。」
「お礼なんていいよっ!!それそれ、ラ・グランツっ!!」

放たれた《ラ・グランツ》は見事《ファルス・アンゲル》の翼の1枚を打ち破る。

「アークス如きが…抵抗をするなああああああああ!!!」
「あうっ、怒らせちゃった…っ!?」
「……。」

怒りにフォトンを増幅させる《ファルス・アンゲル》。それを見たネフェロはわずかな逡巡の末、全速力で走り出した。

「…ギルティブレイク。」
「どこを見ているッ!!」

《ファルス・アンゲル》は嘲笑混じりにネフェロをかわしていく。しかし、ネフェロは慌てる様子もなくそのまま加速していく。そしてその先には。

「オオオオオオオオオオ!?」
「黙れ、ゴミが。」

横からの《ギルティブレイク》が直撃し、怒りと驚きの叫びを上げた《ファルス・ヒューナル》に、ネフェロは一言毒を吐いた。

「チッ…僕は検算中だ、始末しろ…!!」
「テメェの思い通りにさせるかよッ!!」

《ファルス・アンゲル》が舌打ちしながら召喚した《グル・ソルダ》と《ドゥエ・ソルダ》を、間髪入れずにヴァシムの《スライド・シェイカー》が貫く。

「イレギュラーがあああああああッ!!」
「へっ、舐めんじゃねぇぜッ!!」

ヴァシムが《ファルス・アンゲル》と睨み合いの状態になると同時に、ネフェロと《ファルス・ヒューナル》もまた膠着状態に突入していた。

「(どうにか奴に隙を生み出すことができれば……!!)」
「オオオオオオオッ!!」

えくれあがネフェロ達の様子を伺っていると、《ファルス・ヒューナル》が均衡を破り、背中の大剣を大きく振り上げながらネフェロに向かって突っ込んでいった。

「(やるなら今しか……!!)ネフェロさん…!!」
「…!!」

えくれあは一気に駆け出し、追い抜き様にネフェロとアイコンタクトを交わす。割り込む形となったえくれあに、《ファルス・ヒューナル》の放つ《オーバーエンド》が迫る。

「この一撃に全てを…ケストレルランページ……!!」
「浅薄ッ!!」

迎え撃つえくれあの《ケストレルランページ零式》が狙うは、《ファルス・ヒューナル》の大剣。力強く振り下ろされる《オーバーエンド》に、白と黒の双刃が幾度となく撃ち付けられた。

「いける……!!ネフェロさん!!」
「オオオオオオオオオオッ!?」
「…お見事です。」

怒涛の26連撃が、《ファルス・ヒューナル》の大剣を打ち砕いたその瞬間、ネフェロはえくれあを大きく跳躍して飛び越え、《アルマゲスト》を振り上げた。

「その技はこうやるんですよ…宇宙のゴミが。」

放たれたのは、《オーバーエンド》。青白いフォトンの光に包まれた刃は真っ直ぐに振り下ろされ、《ファルス・ヒューナル》を真っ二つに叩き割った。

「良き、闘争だったぞ…!!」
「……ふん。」
「…やりましたね……。そうだ、姉さん達は…!!」



「…ククク。これで終わりだ。」
「何……ッ!?」

ヴァシムと正対したまま動かなかった《ファルス・アンゲル》が、突如不敵な笑みを浮かべた。

「僕は原初…僕は終末…ッ!!」
「何っ!?何か出てきたよ…っ!!」
「万事は此処より始まりて……是にて終わるッ!!」

《ファルス・アンゲル》の詠唱が始まると同時に、周囲に《グラン・メギド》が展開された。叫び声を上げたエーテルだけでなく、ヴァシムも焦りの表情を浮かべている。

「畜生…これじゃ近付けねぇ…ッ!!」
「何とかあいつの動きを止められれば……あっ!!」

何かに気づいたエーテルが再び叫び声を上げた。

「もしかしたらアレだったら…っ!!」
「どうしたエーテルッ!!何か策があんのかッ!?}
「うんっ!!ヴァシムくんっ、何とかしてあいつまで射線を1本だけ作れないかなっ?」
「…へっ、何考えてるか知らねぇが上等だ…ッ!!」

エーテルの問いに、ヴァシムは笑みで応える。そして右手の《アルマゲスト》を握り直した。

「行くぜ…セイキュリッドスキュアッ!!」

ヴァシムは手に持った愛槍を力一杯に投げ付ける。放たれた《セイキュリッドスキュア零式》は凄まじい勢いで《グラン・メギド》を薙ぎ払い、《ファルス・アンゲル》の足下に突き刺さる。

「今だエーテルッ!!」
「…当たってっ、シャープボマーっ!!」

エーテルはヴァシムの合図で力いっぱいに弓を引き、解き放った。《シャープボマー零式》は薙ぎ払われた《グラン・メギド》の間をくぐり抜け、《ファルス・アンゲル》に直撃した。

「ぐあぁッ!?式にゴミが……ッ!!!!!」
「ヴァシムくんっ!!」
「やるじゃねぇかッ!!後は任せなッ!!」

《シャープボマー零式》に背中の翼を爆破された《ファルス・アンゲル》は大きく怯み、《グラン・メギド》の展開を途切れさせた。その瞬間、ヴァシムは一目散に《ファルス・アンゲル》に駆け寄っていく。

「貫け…ティアーズグリッドッ!!」
「ぐおあああああああああああああッ!?」

《ファルス・アンゲル》に肉薄したヴァシムは、足下に突き刺さった《アルマゲスト》を素早く掴み、構える。その瞬間、《ティアーズグリッド》の7連撃が怒涛の如く《ファルス・アンゲル》を貫いていく。

「…これで、望んだ解を得たつもりか?」
「あぁッ!?」
「この程度…演算の範囲内の事象だ……我らは…」
「何を…言ってやがる……ッ!?」
「…クククク、我が名は【敗者】……貴様らを滅ぼし、全知を掴む者……ッ!!」
「だが、てめぇは……ッ!!」
「滅びたと……?ククク、くだらん解だな……」
「それって…まさか……っ!?」
「……ククク、ハハハハハハハ…………」

そして、《ファルス・アンゲル》はそれっきり口を閉ざし、再び声を発することは無かった。



2体のダークファルスとの戦闘から1時間後、えくれあ達は帰路のキャンプシップの中で最期の《ファルス・アンゲル》の言葉に思考を巡らせていた。

「もし、あのルーサーの複製体の発言がハッタリでなければ…」
「ルーサーは復活している…ってことになるな。」
「やっぱり…あの時終わったわけじゃなかったんだ…」
「…だとしても私達の仕事は同じ。ゴミはゴミ箱へ、それだけの事です。」

船内に重苦しい空気が流れる。

「とにかく、最悪の事態が起こっている可能性があるとなれば、情報は少しでも早く広く共有すべきかと思います。ネフェロさん、情報部への情報提供をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、言われずともそのつもりです。」
「えくれあ、お前はどうするつもりだ?」
「…父上とフェデルタさんに伝えてきます。彼らなら、上層部とは別のルートで何か情報を得られるかもしれません。」
「そうだね…フェーくん物知りだし、お父さんもたくさん色んな事知ってるもんね…」

やがて、キャンプシップはアークスシップ『フェオ』に辿り着き、4人はそれ以降口を開くことのないままロビーへと降り立っていく。

「…では、ひとまず解散ですね。」
「はい、お疲れ様でした。」
「…ネフェロ、お前相変わらず淡々としてるっていうかよ…あんな事があったのにもう少し慌てたりとかしないのか?」
「これでも兄さんと違って色々考えているつもりですが。兄さんの方こそ、考えても無駄なんですから暗い顔しない方がいいですよ。」
「そだねっ、わたしとヴァシムくんは元気担当でっ!!」
「おう、それもそうだな…っておいネフェロッ!!考えても無駄ってどういう意味だよッ!?」

ネフェロの嫌味にワンテンポ遅れて気付くヴァシムの反応に、一行の表情が少しだけ明るくなる。

「ふふ…じゃあ、私達は向こうなので。これで失礼しますね。」
「お疲れ様でした。えくれあさん達の方でも何か分かった事があれば連絡してください。」
「ネフェロちゃんっ、ヴァシムくんっ、またね~っ!!」
「おうッ!!何かあったらいつでも呼んでくれッ!!」

こうして、心の中に立ち込める暗雲を必死で振り払うように様子を取り繕いながら、4人はそれぞれの方向へと歩き始める。しかし、彼女達の思いとは裏腹に、黒く邪悪な影はゆっくりと、そして着実に迫ってきているのであった……。