碧眼の少女

僕は今、校長室の真ん中で直立姿勢を取っている。隣にはアルスと、謎の金髪碧眼少女テリーも立っていた。

「…エンヴィー君。私は非常に残念だ…なぜだか分かるかね?」
「それは……?」
「確かに、オーク3体相手に知らない女の子の力を借りたのはまずかったよなぁ!!」
「……この馬鹿者が!!」

案の定放たれたアルスの余計な一言によって、案の定校長は激怒した。そう、僕達はリンブルクルムでオーク達を倒した後、結局上級生の部隊と合流してとんでもなく不穏な空気の中イグニッシュに帰還したのだった。そこまでは、まぁ良かったんだけど……。

「部隊長の指示に逆らう命令違反に、その後の単独戦闘……君達が国からの直属部隊であったなら、これは重罪となるのだぞ……?」
「はい、すみませんでした…。」

僕とアルスの行動はやっぱりまずかったらしく、今は校長にみっちり絞られている真っ最中だった。

「…とにかく、君達の処分だが………」
「処分って……まさか退学とか言わないよな…!?」

ここに来てようやく切迫した事態を把握したのか、アルスが顔を真っ青にして校長に詰め寄った。

「…結果的に、君達は1人の少女を救った…という形になる。退学処分にはしない………が。」
「が……なんです?」

僕が恐る恐る口を開くと、校長は静かに答えてくれた。

「…この少女、テリーは今後この学校の生徒として過ごすことになった。君達には、その世話役を頼みたい。」
「………は?」

アルスがぽかんと口を開いて間抜けな声を出す。そして、気付けば僕もまた間抜け面でその場に呆けていたのだった。

「あの…どうして僕達なんですか?」
「ふむ…まぁ、いずれ分かることだよ。」
「……?」

校長の言い方に含みを感じたけれど、それ以上は聞くこともできなかった僕達はテリーを連れて校長室を後にした。

 

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「……ここが、オレ達の教室だぜ。」
「……そう。」
「お前なぁ………!!」
「よしなよアルス…。でも、僕達も驚いてるんだ、まさかきみが本当にイグニッシュ分校の生徒になるなんて思わなかったからね。」

僕達は学校の案内をするため、手始めに教室にテリーを連れてきた。けれど、相も変わらず彼女は無表情の無反応だった。

「…どうするエンヴィー、今度はどこに連れてきゃいいんだ?」
「……案内はいらない。むしろ、邪魔。」
「お前いい加減に……!!」
「…そうだね、とりあえず食堂に行こうか。人も多いし、もしかしたら友達ができるかもしれない。」
「……いらないわ。」
「…とにかく行こう。」

その日は、地獄だった。何を言ってもこんな調子で、コミュニケーションなんて取れたもんじゃない。食堂に闘技場、訓練施設に医務室…学校中の施設を案内し、ようやく寮の消灯時間が近付いて、テリーを部屋に送り届けて自室に戻ったときには、アルスだけでなく僕でさえストレスを感じ始めていた。

「…オレ、久々に疲れたぜ……」
「うん…僕もだよ……」

僕がそう答えた瞬間には、二段ベッドの上からは既に寝息が聞こえてきた。あれだけ苛々していれば、とも思ったけれど、結局1度も怒って喧嘩したりはしなかったからあいつにしては頑張った方かもしれないな………そんなことを考えながら、気付けば僕もまどろみの中に落ちていった。

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それから、一週間。テリーは思った以上に学校に馴染んでいった。整った容姿のせいもあるのだろうか、あの冷淡な雰囲気も他の生徒からはミステリアスな魅力に感じられるらしい。気付けば、世話役として行動を共にする僕達はテリーの隠れファンとなった生徒から煙たがられる存在になっていた。

「…わけわかんねぇ。あんな奴のどこがいいんだ?」
「知らないよ…僕に聞かないで。」
「………聞こえてる。」
「「げっ……」」

僕とアルスが気まずそうに顔を見合わせていると、ふいに通りかかった中等部の女子生徒が僕達に話しかけてきた。

「あら、あなた達…この前の模擬戦に出てた少等部の子ね!」
「え、あぁ、そうですけど……」
「ふふふ、その子が噂の転入生ね。あなた達、中等部でも噂になってるのよ?」
「噂って…どんな噂だよ?」
「知らないの?高等部のエリートに歯向かった男子2人と、謎の美少女転入生が仲良くしてるってね!!」
「あぁ……なんか嫌な流れだな………」

女子生徒は爽やかな笑みを残して、僕達の前から去っていった。

「どうしたエンヴィー、顔色が悪いぜ?」

アルスが呑気な顔をして僕を覗き込んできた。

「…分からないのかい、そろそろアレの時期だよ……」
「アレ?」

そう、今の僕達には最悪のタイミングとも言える『あの』行事……もしも、今の噂が先生たちにも伝わっているとしたら……僕の思考が嫌な予感に支配されつつあったその時、校内放送を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「…10分後から、全校行事についての連絡を行います。生徒は大講堂に集合しなさい。」
「……行くわ。」
「あっ、ちょっと待ってテリー…!!」

何も知らないテリーと、何故か何も気付かないアルスに内心舌打ちをしながら、僕はテリーを追って大講堂へと走り出した……。

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僕達が大講堂に着いた時には、もう全校生徒の大多数が集まっていた。

「全校行事ってさ…何かあったっけ?」
「…まぁ、聞いていれば分かると思うよ…。」
「…私も知らない。」
「…っし、じゃあしっかり聞いてやろうぜ!!」

アルスが声を張り上げた時、聞き慣れた校長の声が大講堂にこだました。

「揃ったようだな、生徒諸君。もう気付いている者も多いだろうが、今日は来月行われる交流大会について諸君に説明をしようと思う。」
「交流大会ぃ?」
「…去年と同じ…だとすれば……」

もう僕には校長の次の台詞が手に取るように分かっていた…そして、案の定その言葉は放たれた。

「来月の交流大会、それはバスターズアカデミア共催のトーナメント大会である!試合形式はスリーマンセルバトル形式を取る!!」
「スリーマンセルバトルだぁ?」
「……3人1組。」
「あぁ…最悪だ……」

僕は思わず頭を抱えてしまった。この前校長が含みのある言い方をしていたその理由はきっと……

「今年の代表生徒は…少等部のエンヴィー、アルス、そしてテリーの3名を選出する!!」

その瞬間、大講堂にざわめきが起こった。その上、生徒たちの目は一斉に僕達の方へ向いていた。

「うおおおおおおお!!!!やったなエンヴィー!!!!」
「…何がだよ……」
「………困るの?」

隣の2人はけろっとした顔をしている。どうやら状況が理解できていないらしい。

「あのね…この大会は各アカデミアの中でも選りすぐりの優秀な生徒達が集う大会なんだ。高等部でも一握りのエリートが選ばれるってわけ、つまり僕達みたいな少等部のひよっ子が出るところじゃないんだよ……あの校長、これも『処分』の一環にする気だな……」
「……何か困るの?」
「……え?」

僕は説明が伝わらなかったのかと思って聞き返す。だけど、そうではなかったらしい。

「テリーの言うとおりだぜ!!相手が高等部だろうがなんだろうが、敵は全員ぶっ倒す!!オレ達の実力、見せてやろうぜ!!」
「……同感、ね。」

もう、言葉が出なかった。この大うつけな腐れ縁と無感情な転入生は、なんと大会を勝ち進むつもりでいるらしかった。

「きみ達…本気かい?」
「あぁ、大真面目だぜ!!」
「……当然。」
「嘘だろう……?」

その自信はどこから来るんだろう……その答えを、もうわざわざ聞く気にもなれなかった。そして………

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「校長先生!!」
「む…エンヴィーくんか。どうしたのかね。」
「どうしたじゃありませんよ!!どうして僕達を選んだんですか!!」

僕は校長の話が終わると直ぐに、その恰幅の良い体型を追いかけて問い詰めた。

「君達は自分のしたことを忘れたのかね?」
「ぐっ…やはりそういうことですか…。」

僕の人生で、未だかつてここまで的中が嬉しくない予想があっただろうか。

「…理由はもう1つある。テリーくんのことだ。」
「テリーが…?どういうことです?」

この展開は意外だった。確かに即編入には違和感があったが、何か裏でもあるのだろうか…?

「…今、君に話すことではない。経緯はどうあれ君達は我が校の代表だ、ベストを尽くしたまえ…。」
「は、はい……」

校長は僕の問いに応えることなく、そのままスタスタと歩き去っていく。僕は、それをただ見つめることしかできなかった……。

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「うおおおおお!!!!!すげえ!!学校の大闘技場よりでかいじゃん!!」
「……騒がしい。」
「これ、公開処刑だよね……」

それから一週間。僕達は今、隣国リンブルクルムの首都イスカーンにある、大会会場に立っている。観客席には5万は下らないであろう大観衆が集い、戦場に立つ僕達選手を見下ろしていた。やがて、会場の大スクリーンに主催者であるイグニッシュ分校の校長が映し出される。

「それでは、只今よりバスターズアカデミア共催、武技交流大会を始める!!」

イグニッシュ校長の高らかな宣言により、戦いの火蓋が切って落とされた……。