きっかけ

えくれあの傷を癒やす泉の水を求め、遂に森の奥深くにある洞窟に足を踏み入れたエーテルとフゥ・スゥ・チィの3兄弟。内部は決して複雑な構造ではなく足場も比較的良好だったが、しばらく歩いて行くと奥の方から複数の羽音のような音が聞こえてきた。

「…フゥ兄ちゃん、何か聞こえるよ…?」
「あぁ…どうやらお出迎えのようだね。」
「あたしはお忍びが良かったんだけどな~。」
「えっ?何か聞こえたのっ?」

キョロキョロと周囲を見回すエーテルをよそに、兄弟達は素早く武器を構える。すると、暗闇から大量の《ウォンバット》が飛び出してきた。その内の1体はエーテル達を見付けるや否や襲い掛かってきたが、スゥが颯爽と駆け出して軽い身のこなしで背後を取る。そこから流れるような動作で右手の片手剣を振り下ろし、そのまま刃を返して切り上げた。二振りで翼を切り落とされて力なく地面をのたうち回りる《ウォンバット》。そこをスゥが片手剣で一突きし、ピクリとも動かなくなった。

「おーっ、さっすがスゥちゃんっ!!」
「えへへ、ターンスワローってんだ~、あたしの得意技~。」
「うん。でもまだ…4体いるね。手分けして片付けよう。」

フゥはそう言うと自らも背中の大剣を振り抜いて走り出し、《ウォンバット》達へと斬り掛かる。対峙する蝙蝠達も仲間を殺された恨みを晴らすと言わんばかりにキィキィと鳴き声を上げて襲い掛かってくるが、フゥは意にも介さず両手剣を振り上げ、《バーチカルスマッシュ》を放つ。放たれたその斬撃で1体、剣身が地面に叩き付けられた衝撃でもう1体の《ウォンバット》が無残に砕け散っていた。

「よし……そっちも頼むよ。」
「うん。行こうか、エーテルお姉ちゃん。」
「うんっ、やってみるよっ!」

チィに促され、エーテルも《ロングボウ》を引き絞り、意識を矢に集中させる。エーテルの魔力は徐々に矢の周りに収束し、やがて《パーシストアロー》が発射される。エーテル渾身の一射は見事《ウォンバット》の翼に命中し、撃ち落とされてもがいたところを、チィの放った矢が貫いて絶命させた。

「やったっ!!」
「いい感じだねお姉ちゃん。でも……。」
「さっきほどの威力ではないようだね……でもとにかくあと1匹だ。」
「えっへへ~、もういっちょ行くよーっ!!」

エーテルは勢いに乗って残った《ウォンバット》に再度《パーシストアロー》を放った。ところが、今度の狙いは大きく外れ、後方の壁を抉った。《ウォンバット》は大きく口を開けてエーテルに向けて超音波を放って反撃を試みる。

「うわっ、あぐぅ……。」
「姉ちゃんだいじょぶ~?」
「まずいね、チィ!!」
「うん…!」

頭を抑えて膝を付くエーテルの傍にスゥが駆け寄って支える。チィが素早く矢を放ち《ウォンバット》の翼を撃ち抜くと、動きの鈍ったところへフゥが駆け寄り《バーチカルスマッシュ》の一撃で粉砕した。

「うぅ、みんなありがと~…」
「気にしなくていいよ、無事でよかったね。」
「じゃあ先へ進もっか~。」

エーテルはスゥに助けられながら立ち上がり、照れ笑いを浮かべながら感謝を伝える。フゥ達もそれを当然のように受け入れ、一行は洞窟の更に奥へと進んでいった。



それからも数回《ウォンバット》との遭遇戦はあったものの、一度の出現数の少なさにも助けられて労せず突破し続けた一行は、洞窟の最深部の広場に辿り着いた。

「あの泉が…えくれあちゃんの傷を…っ!!」
「そうみたいだね~、楽勝ってとこかな~。」
「……待つんだエーテル!!上を見ろ!!」

夢中で泉に駆け寄って水を汲もうとするエーテルにフゥが叫ぶ。エーテルが上を向くと、天井には無数のジェル状の何かがへばり付いていた。

「な、何あれ…っ!?」
「スライムかな、でも随分多いね~。」

天井の《スライム》達は次々と地面に落ちてきて、エーテル達の方へじわじわと這いずってくる。

「あたし、気持ち悪いのは…きらい!」

スゥは苦虫を噛み潰したような表情で《ブロードソード》を構え、《トルネードスラッシュ》で一気に《スライム》達を薙ぎ払う。ところが《スライム》達は分断されたそれぞれの身体が新たな一個体として分裂し、再びじわじわと詰め寄ってきた。

「げっ、やっちゃった~…。」
「お姉ちゃん、こいつらは魔法で倒すか身体の中心のコアを一撃で砕かなきゃ倒せないんだ…お姉ちゃん、魔法は?」
「あ、ええっと…攻撃魔法は、からっきしで…あっはは~…」
「…これは厳しい戦いになりそうだね…。」

ついにエーテル達を射程圏内に収め、飛びかかってきた《スライム》を大剣の剣身で振り払うスゥ。しかし打撃を加える度に分裂し、みるみるうちに大群と化していく《スライム》達を前に、遂に焦りを見せ始めた。

「まずいね、この量は…仕方ない、一旦引こう。」
「えっ!?でももう泉は目の前なのに…っ!!」
「よしなよエーテル姉ちゃん。大体こんなに大量にスライムがいたって時点で普通じゃないんだ、ほんとは溜まった水浸しに魔力が宿って、1,2体居るのが精々なはずなんだから…今のあたしたちじゃ無理だよ~。」
「そんな…っ!!」
「エーテルお姉ちゃん…。」
「今はチャンスを待つんだ…行こう、エーテル。」

食い下がるエーテルを強引に引き連れて撤退しようとするフゥ。一行が引き下がろうとしたその時、洞窟の入り口の方から人影が飛び出してきた。

「あなた達…そこで何をしているのですか…?」
「き、君は…なぜここに!?」
「えくれあちゃん!?どうして…ケガは…!?」
「この程度何ともありません…それより、姉を離していただきましょうか…!!」
「何…!?」

えくれあはエーテルの腕を掴んだフゥを見て、殺気を露わにしながら《ブロードソード・ノーブル》を構える。そしてフゥが反応するよりも早く一瞬で加速した。

「ぐっ…!!(速い…!!手負いでこのスピード…!?)」
「姉さん、こちらへ…!」
「あっ、えっとねえくれあちゃん、この人たちは…!!」
「…ってふえぇ!?お兄ちゃん、妹ちゃん、タンマタンマ!!あれ見てあれ!!」

えくれあが《ソニックインサイト》でフゥを突き飛ばし、エーテルを奪還したその時、背後に気配を感じたスゥが叫び声を上げた。その場の全員が目を向けると、そこには先程までの大群ではなく、巨大な一個体と化した半透明な物体がぶよぶよと蠢いていた。

「ラージスライム…!?こんなところにそんな魔力無いはずなのに…!?」
「……歯が立たないと思うのならそこをどきなさい。私がやります。」

突如として合体し巨大化した《ラージスライム》を前に動揺するチィ達を尻目に、えくれあが一歩前に出る。

「あのねえくれあちゃん、この人たちはわたし達を助けてくれて…」
「分かっています。私が寝かされていたあの家の主なのでしょう?」
「え…じゃあどうして…」
「…話は後です、あいつをさっさと倒したいですが、ぐっ…また傷が…!」
「えくれあちゃん!?」

右手の剣を杖代わりに何とか体重を支えたえくれあが、歯を食いしばってさらに前へと足を踏み出す。

「回復魔法と…また強化魔法を頼みます。大丈夫、前回のような失敗はしません…!!」
「でも…」
「…信じて下さい、姉さん。」
「……分かった、無茶はしないでね…っ!!」

えくれあの決死の覚悟を受け止めたエーテルは、右手をえくれあに翳して精神を集中させる。

「癒しの風よ、ここにそよげ…リェチーチ!!猛き戦士の本能よ…目覚めよ、アグレス!!」
「……二の轍は、踏みません……!!」

エーテルの《リェチーチ》と《アグレス》を受けて持ち直したえくれあは、もう1本の愛剣を左手に構えて一気に走り出す。《ラージスライム》は目の前の少女を窒息させようと、巨体を大きく前に傾けて一気に倒れ込もうとした。

「(スライム系のエネミーが分裂できるのは、コアからの魔力供給で高速再生するため…ならば…!)」

えくれあは頭上から迫り来る《ラージスライム》のコア目掛けて一気に剣を突き上げる。剣は深くその巨体に突き刺さったが、ぶよぶよと蠢くばかりで分裂はせず、そのまま後ろへと後退していった。

「分裂しないのか…!?何故……。」
「…大体のスライムはコアを突けば死ぬ為知られていない事が多いようですが、一撃で倒せなくともコアへ正確に攻撃すれば分裂は避けられます…。」
「へぇ~、お姉ちゃんの妹、詳しいじゃん~。」
「えっへへ、えくれあちゃんはアカデミーでも主席だったからねーっ!」
「主席…!?そうか、やはりあの剣は…。」

えくれあは再度《ラージスライム》に向き直り、両の手それぞれに握られた愛剣を強く握りしめる。そして《ラージスライム》に正面から肉薄すると、一気に2本の剣を振り上げた。

「くっ…これで…終わりです……!!」

えくれあの剣が、舞った。えくれあの脚はダンスのステップのように交互に地面を蹴り上げ、同時に一度、二度、三度と剣が振り抜かれていく。《クイックロンド》の7連撃を全てコアに撃ち込んだえくれあは、大きく深呼吸をすると踵を返して双剣を収めた。

「…さて、何の用かは知りませんが。姉さんをこんな所に連れ込んで一体何を…」
「……!!いけない、逃げるんだ!!」
「えくれあお姉ちゃん!」
「だめ、間に合わないよ!!」

えくれあがフゥ達兄弟の叫び声で振り返った時にはもう、最期の力を振り絞った《ラージスライム》はえくれあのすぐ頭上まで飛び上がっていた。傷口を庇いながら戦っていたえくれあの攻撃は浅く、わずかに致命傷には至らなかったのだ。

「えくれあちゃん伏せてーーーっ!!!」
「姉さん!?」

誰もが諦めかけたその時、エーテルは叫び声を上げながら平時では想像もつかない機敏さで弓を引き絞り、矢に魔力を込めて解き放った。エーテルの《パーシストアロー》は、洞窟の外で《ウルフ》に放たれたそれ以上の輝きを纏いながら、えくれあの顔の横をを掠めて一直線に《ラージスライム》のコアへと飛んでいく。そして着弾と共にその半透明の身体を吹き飛ばしながらコアを貫いていった。

「す、すご~…。」
「これが、アカデミー生の力という訳だね…!」
「姉さん、今のは…!?」
「えっへへ~、さっきチィくんに教わったばっかりなんだけど…うまくいったみたい…っ!」

呆気にとられるえくれあ達の視線の中心で、落ちこぼれ卒業生だったエーテルが照れくさそうに微笑んでいた。



数時間後、泉の水を無事に手に入れた一行は、再びフゥ達の家で身体を休めていた。

「まずは先程の無礼な態度をお詫びします…申し訳ありませんでした。それと、傷の手当ても、ありがとうございます。」
「ふふ、いいのさ。君達姉妹がとても仲良しだって証拠だからね。」
「えっへへ~、でしょでしょ~っ!」
「勘違いしないでください、私もまだ新米で旅の道連れが居なくなるのは困るだけです。」
「うぅ~、ひどいよえくれあちゃ~ん!」
「「「あはははは!!」」」

えくれあもフゥ達3兄弟にすっかり馴染んだようで、エーテルに毒舌を決めながら少し頬を赤くしている。

「ところで、君達はこれからどうするつもりだい?」
「しばらくはこの村を拠点として経験を積もうと思っていたのですが…」
「今この村は至って平和だからねぇ~、多少の雑魚ならあたし達で倒せるしさ~。」
「スゥちゃん達強かったもんねーっ!」
「本物の賞金稼ぎのお姉ちゃん達には敵わないよ…。」
「私達もまだまだ未熟ですがね…では、さらに南西へ向かってテミリの街に向かおうと思います。」
「テミリ…あの砂漠との境界にある街だね。」
「なるほど~、あそこならここより人が多いし色んな仕事がありそうだよね~。」
「えくれあちゃん、もう直ぐに出発しちゃうのかなっ?」
「まだ傷も完治していないんだろう?出発は明日の朝にすればいいさ。」
「…では、お言葉に甘えさせて頂きましょう。ご好意、痛み入ります。」

フゥに言われるがまま、もう一晩だけ宿を借りることとなったえくれあ達。その後、スゥの手料理に舌鼓を打ち、床に就いてからしばらくした後、えくれあはひっそりと布団を抜け出して、空に浮かぶ月をぼんやりと眺めていた。

「…眠れないのかい?」
「あなたも随分と人が悪いですね…背後に立たれるのは嫌です、隣にいらしたらどうです?」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうことにするよ。」

フゥは家の戸の前に立つえくれあの横まで歩いてくると、ゆったりと壁にもたれかかった。

「…君の背中の2本の剣の鞘を見た時から、アカデミーの卒業生であることは分かっていたけれど…まさか主席卒業生だったとはね。」
「…学園では、10年に1度の逸材とまで言われました。」
「君は随分と自分の力に自身があるんだね。」
「いえ…アカデミーを出て、よく分かりました。世界は…こんなにも広いのだと。」

えくれあはフゥの方へ目を向けるとさらに言葉を繋げる。

「あなた、さっき手を抜きましたね?」
「…何の事だい?」
「とぼけないでください。洞窟で私があなたに斬り掛かった時……あなた、本当は躱した上でカウンターで一撃を見舞う事もできたはず…あの身のこなしは素人のものじゃない、姉さんは誤魔化せても私の目は誤魔化せませんよ…?」
「……僕にはね、できなかったんだ。」
「できなかった……?」
「いや、ちょっとした昔話さ。他人に話すには、少々つまらない程度の、ね…?」
「…話したくない事を詮索するつもりもありませんが……でも。」
「でも、何だい?」
「戦ってる時のあなた、少し目が輝いていましたよ。」
「…!!」
「…では、私はもう寝ますね、おやすみなさい…。」
「……あぁ、おやすみ。」

えくれあはフゥに背を向けて布団のある部屋へと戻っていく。

「……僕だって、本当は…。」

フゥは空に手を伸ばしながら一言そう呟くと、えくれあと同じように寝室へと戻っていった。



翌日、村を出発しようとしたえくれあとエーテルは、出入り口で大量の村人達に囲まれていた。

「おい、これ持ってけ!いい薬草だぞ~!!」
「こっちの魚も持っていきな!」
「うちの水は新鮮で上手いぜ!!ほらよ!!」
「わわっ、みんなありがとーっ!!」
「これは、一体何の騒ぎですか…?」

顔も名も知らぬ村人達から大量に餞別を受け取り、感謝と困惑が入り混じった表情の2人に、フゥ達兄弟は笑いながら近寄って来る。

「ははは、どうだい。うちの村の歓迎は手厚いだろう?」
「ユピテルにはアカデミー卒業したての新米賞金稼ぎってよく来るから、みんな慣れてるんだよ~。」
「お、お姉ちゃん達…頑張ってね…!」
「ありがとチィくんっ!!みんなも元気でねっ!!」
「…行ってきます。この度は、本当にお世話になりました。」

ニコニコと手を振るエーテルの横で、えくれあもバツが悪そうに会釈をする。フゥ達を先頭に多くの村人から激励を受けながら、姉妹はユピテル村を発ち、さらに南西にあるテミリの街へと歩き出した。

「砂漠の街か~、どんなところだろうね~っ?」
「さぁ…少なくとも快適でないことは間違いなさそうですが。」
「そうだね~…でも、きっと大丈夫だよっ!」
「その自信はどこから来るんですか…。」
「ふふふ…だって、えくれあちゃんが一緒だもんっ!きっとこれから何があっても、わたし達ならきっと大丈夫だよっ!!」
「……そうですか。」

無邪気に笑う姉を見て、複雑な思いを抱くえくれあ。この頼りない姉と本当にこの先やっていけるのだろうか…しかし同時に、今まで見たこともない姉の真剣な姿とそこから放たれる一撃、そして先の《ワーウルフ》戦でエーテルが襲われかけた時、自分の心の奥底に僅かに芽生えた感情。

「(…今は考えても仕方ありません。行ける所まで、突き進むのみです…。)」
「…?えくれあちゃん、どうかしたの?」
「いえ、ちょっとした考え事です…さぁ急ぎましょう、日が暮れる前に樹海は抜けたいですからね。」
「うぅ~…また跳んだり走ったりするの~…?」
「嫌ならユピテルに戻ってフゥさん達と狩猟生活でも送って下さい。」
「わかったよ~!行くから置いてかないで~っ!!」

早足ですたすたと歩いていくえくれあを、エーテルが涙目になりながら追いかける。2人の姉妹と3人の兄弟の出会いは、果たして彼らにどのような影響をもたらすのか。答えの出ないまま、2人の旅は続いていく…。