はじまりの森林

 雲ひとつ無い青空に爽やかな風。東からは輝かしい朝日が入り込む。そんなある日の惑星ナベリウスの森林エリアに、2人の女性の声が響いた。
「気持ちいいねーっ、2人で昼寝でもしちゃおっか?」
「これでも一応仕事です。集中してください、姉さん。」
 金髪のロングヘアーを靡かせる長身の女性と、銀髪のショートヘアーの小柄なメガネ少女。エーテルとえくれあの姉妹は、アークスの任務でこの森林エリアへとやってきていた。
「大体、なんでわざわざ森林の自由探索任務なんか、それも2人で行く必要があるのですか。これといった用事もないでしょう。」
「まぁいいじゃん!久々にえくれあちゃんと2人で話したかったんだよ~」
「カフェにでも行けばいいでしょう…。」
「2人っきりがいいのっ!」
「嫌なんですが…。」
 えくれあはため息をつきながら姉の取り留めのない話を聞き流していた。エーテルもそれを咎めるでもなく楽しそうに話を続けている。そんな調子で森林エリアを歩いていると、形容しがたい邪悪な気配が周囲を取り巻いていることにえくれあが気付いた。
「敵…ですね。ダーカー…ざっと7体といったところでしょうか。」
「おっ、あれなら私も知ってるよ~、ダガンなんて楽勝だよー!」
 相変わらず能天気な姉に、えくれあが心の中で舌打ちを打つ。
「そういえば、姉さんは私を守るためにアークスになったそうですね。ならば今ここで、私を守ってもらいましょうか。」
「えぇ!?良いけど、せっかくえくれあちゃんと一緒に戦えると思ったのに…。」
「よろしく頼みますね、姉さん?」
「うぅ…。でもまあいいや、頑張っちゃうよー!」
 なんと切り替えの早い人だ…。―また深くため息をつきながら、えくれあは素早くテクニックを放つ。≪シフタ≫と≪デバンド≫。それぞれ攻撃力と防御力を高める、この世界では一般的な補助テクニックだ。
「うわぁ、ありがとえくれあちゃん!いっくよーっ!!」
 エーテルがテクニックを溜めながらダガンの群れに突っ込んでいく。放たれたテクニックは電磁場を生み出し、敵が瞬く間に吸い込まれていく。≪ゾンディール≫、敵を吸い寄せる雷属性の初級テクニックだ。
「えーいっ!」
 振り抜かれたウォンドに当たったダガンが次々と爆発し消滅していく。≪ゾンディール≫を交わした2匹のダガンはエーテルから離れ、後ろで突っ立っている小柄な少女に目標を変更した。
「姉さんに勝てないから私に…?全く、なめられたものです……。」
向かってくる2匹のダーカーを前に、えくれあは1対の飛翔剣を抜いた。
「…覚悟っ!」
 ダガン達は結局、えくれあに触れることもできず消滅した。≪ディバースシュライク≫、周囲に刃を散開しながら前進する飛翔剣のフォトンアーツだ。
「あちゃ~、ごめんねえくれあちゃん!」
「全く…相変わらず詰めの甘い人です。」
「えへへ~」
「誰が褒めましたか…。」
 毒を吐きながら歩き始めたえくれあだったが、内心、ダガンの群れに対応した姉の成長に驚きを隠せずにいた。一方の姉は打ち漏らしたとはいえダガンの群れを撃退したことで完全に浮足立っていた。

 太陽は真上からナベリウスを照らしている。そこに響くのは明るい、ちょっと調子外れな歌声だった。
「ふぁんたしーすたーっ、すたーっ、れーあどろっぷ、こいこいっ!」
「いつまで浮かれていますか、あなたは…。」
先のダガン撃退で完全に舞い上がったエーテルを、妹のえくれあがたしなめながら小声で呟く。
「あなたの歌声で音が遮られる中で索敵するこちらの身にもなってください…。」
「ん?今なんてー?」
「何でもありません…。」
 しかし、えくれあの心配も杞憂に終わり、2人は森林エリアの最深部へと辿り着いた。
「おっ、いよいよ最後のエリアだねっ!えくれあちゃん、最後は何が出てくるかなー?」
「大体、このあたりで出没する大型エネミーはロックベアだと思いますが…。」
「ロックベアか…あれ?なんか違うのいるよ?レアエネミーかな?ちょっと行ってくる!!」
 唐突に走り出すエーテル。それを見てえくれあは首をかしげていた。今回の任務は姉に合わせて低い難易度のものを選んでいたはずで、レアエネミーの出現報告などは受けてはいなかったからだ。しかし、考え込んでいたえくれあの目には信じられない光景が飛び込んできた。姉が走っていくその先に見えたもの、それは《ロックベア》でも、レアエネミーの《ログベルト》でもなかった。そこに居たのは【仮面】、まれに任務地で発見報告のある、正体不明のエネミーだった。えくれあも何度かは対峙し、勝利した相手だったが…。
「今の姉さんでは勝てない…くっ、やるしかありませんね…!」
 覚悟を決めたえくれあは咄嗟に愛剣を構える。両手に握られていたのは《ブランノワール》が、白と黒の輝きを放っている。
「一気に決めます…っ!!」
 えくれあは両手を交差し、剣を構える。その瞬間、えくれあの体は目にも止まらぬ速さでエーテルを追い越し、【仮面】へ飛び込んでいく。≪ディストラクトウィング≫、えくれあが得意とする飛翔剣の突進PAが【仮面】に突き刺さる。間髪を入れずに上昇しながら回転斬りで追撃するえくれあ。飛翔剣の名に違わず空中戦へと持ち込むPA≪ヘブンリーカイト≫も大きな傷を与えた。
 【仮面】も反撃のため武器を振りかざした。繰り出される連撃がえくれあに直撃する。エーテルが思わず悲鳴を上げそうになったその刹那、えくれあは飛翔剣からフォトンの刃を無数に放ちながら滑空し、攻撃から逃れる。
「これで終わりです…っ!!」
 そして直後、えくれあの最も得意とする飛翔剣最多の連撃PA≪ケストレルランページ≫が【仮面】の全身を切り裂く。さしもの【仮面】も25連撃の前に力尽き、音も無く地面へと溶けていった。

 「えくれあちゃん!!今の技すごいねっ!!えくれあちゃん無事でほんとよかった!!!!」
「…別に私などはまだまだ未熟なアークスです、賞賛には及びません。それに無事でよかったのはこっちの台詞です、お願いですからむやみに突っ込むのはやめてください。」
 きゃっきゃとはしゃぐエーテルに、えくれあは呆れ顔で答える。しかし何はともあれ、この運動音痴でお節介な姉が無事で内心ほっとしたえくれあは、それ以上の悪態は付かなかった。
「それにしても…。」
 なぜあんなところに【仮面】が現れたのか……。そんなえくれあの思考を遮ったのは、やはり姉の声であった。
「ありがとうね!」
「はい?」
 突然の礼に驚いたえくれあは聞き返す。
「助けてくれたから。ほんとありがとう!!」
「っ…!べ、別に礼を言われることではありません。パーティーで怪我人が出れば事務処理も余計に増えますし、そもそも任務失敗の記録がついては困りますから…。」
この姉はいつもそうだ。散々人を振り回してやかましいくせに、肝心な時に温かさを見せる…あの時だって…。だから私はこの姉が…。
「とにかく。これ以上足を引っ張られては本格的に迷惑ですから。さっさと強くなって、当初の目的、果たしてくださいね?」
「目的?」
「私を守るのではなかったのですか。今のままでは夢のまた夢ですよ?」
「…うん!任せて、きっとえくれあちゃんより強くなるよっ!!」
 だといいのですがね…。そんな言葉をぐっと心に押し込め、えくれあは頷いた。
 日は西へと沈み、ナベリウスの一日が終わろうとしている。しかし、おてんばな姉と物静かな妹、2人の姉妹アークスの冒険は始まったばかりであった…。