季節は、夏。しかし、そこに広がっていたのは、辺り一面の銀世界。そんな惑星ナベリウスの凍土エリアに、3人のアークスがキャンプシップから舞い降りた。
「はぅ…寒いねぇ~…」
「だから言ったではありませんか、そんな格好では風邪を引くと…」
《スティッチPコート》に包まれた長身を震わせるエーテル、その横ではえくれあが溜息を尽きながら姉の準備不足を咎めていた。
「そんな事より、救援任務でしたっけ。早く済ませてしまいましょう?」
「はりゃ、フィリアちゃん何だか不機嫌だねぇっ?」
むすっとした表情で呟いた新米アークスのフィリアに、エーテルが問いかける。
「当たり前じゃないですか、どうしてチームメンバーとして初めて任務に出るのにフェデルタお兄ちゃんが一緒じゃないんですか…」
「フェデルタさんは父上と調査に出ているのですから、仕方ないでしょう。」
「分かってますよ、そんな事。わざわざ言わなくてもいいじゃないですか。」
えくれあは冷静にフィリアを諭すが、当のフィリアは未だにえくれあへの反感が抜けないらしく、露骨に表情を歪めて言い返す。
「はぁ………ん、おや?」
中々打ち解けないフィリアに小さく溜息を付いたえくれあが、前方に複数の影が蠢いているのを見つけた。
「原生種のお出ましですか、やれやれ…大きいのは私がやります。姉さんとフィリアさんは雑魚を頼みますね。」
「ほ~いっ!!頑張っちゃうよーっ!!」
「はい……よし、行きます!!」
えくれあを先頭に、フィリアとエーテルが後に続く。えくれあ達に気付いた《キングイエーデ》が雄叫びを上げると、周囲の《イエーデ》達も威嚇の姿勢を取ってえくれあ達に向き直った。
「ほっほ~いっ!!行っくよ~っ!!」
「!?ちょっと待ってエーテルさん!!」
エーテルはフィリアの静止を振り切って思い切り駆け出した。そしてエーテルは《リカウテリ》を力一杯引いて《ペネトレイトアロウ》を放つ。
「やったぁっ!!」
「あ、あの……。」
見事命中して絶命した《イエーデ》を目視してガッツポーズを決めるエーテル。その横ではフィリアが気まずそうな表情でエーテルとえくれあを交互に見つめている。
「……まぁ、今回は私の動き出しが遅かったという事にしましょう。」
えくれあは表情を変えずに目の前の《キングイエーデ》を見やる。仲間を殺されて怒り狂った《キングイエーデ》は体色の一部を薄紅色に変化させてえくれあに殴りかかってきた。
「いくら怒りに身を任せたところで……!!」
えくれあは《キングイエーデ》の右腕を軽く躱し、《ヘブンリーカイト》で迎撃する。
「所詮、私達アークスの敵ではありません……!!」
《キングイエーデ》の眼前まで上昇したえくれあは、そのまま大きく愛剣《ブランノワール》を振りかぶる。刹那、蒼いフォトンを帯びた刃が《キングイエーデ》に降り注ぐ。
「ケストレル、ランページ…!!」
トドメのフォトンの奔流が直撃した《キングイエーデ》はやがて力なく地面に倒れ伏した。えくれあもほぼ同時に着地するが、そこへ生き残った《イエーデ》2体が殺到する。
「ちっ……!!」
「えくれあちゃんっ!!」
「させません!アディションバレット!!」
フィリアの狙いすました《アディションバレット》は、正確に2体の《イエーデ》の脳天を貫通した。屠られた2体もまた、親玉同様に地面へと伏していった。
「うわぁ、フィリアちゃん上手だねぇ~っ!!」
「え、えっと、これくらいエーテルさんでもできますよ。普通のことですって!!」
「確かに、まだ日の浅いと言う割には見事な射撃でした……しかし……。」
えくれあも愛剣を納刀しながらゆっくりとフィリア達へと近寄っていく。
「しかし…何ですか?」
「…いえ、何でもありません。」
「……。」
怪訝そうに問い返すフィリアに、えくれあははぐらかして返答する。フィリアも納得が行かない様子だったが、不意にエーテルが口を開いた。
「…あれっ?端末が反応してるっ!!行方不明の人、近くにいるみたいっ!!」
「本当ですか!?」
「急いだ方がいいですね…行きましょう。」
フィリアとえくれあもひとまず議論を終え、エーテルの端末を頼りに救助者を探しに奥へと走り出した。
10分ほど走った頃だろうか。えくれあ達一行は異変を察知して足を止めた。
「…皆さん、あれを見て下さい。」
「ダーカーいっぱいだねぇ~…」
「いずれも水棲型ダーカーのようですね。どうします?」
フィリアの問いかけに、えくれあは僅かに逡巡してから答える。
「…姉さん、反応はあのダーカーの辺りから出ている…ということで間違いありませんね?」
「うんっ、きっとそうだと思うよっ!」
「ならば…答えは1つです。」
「分かりました。弱点の狙撃、狙ってみます…!!」
次の瞬間、3人は一斉にダーカーの群れに向けて走り出した。しかし、ダーカー達が近付いてくると、えくれあ達は驚くべきものを目にすることになった。
「あれは…アークス!?まさか、要救助者ですか…?」
「そうみたいですけど…」
「何だか楽しそうだねぇっ?」
そこにいたのは、1人の少女だった。緑髪にメガネのその少女は、えくれあ達の存在に気付くと大きく手を振ってきた。
「おー!!もしかして応援かな~??助けに来てくれてありがとー!!」
「え、ええ…お怪我はありませんか?」
えくれあは襲い掛かってきた《ガウォンダ》に斬り掛かりながら少女に声をかける。
「怪我なんかしてないよー!!いや~、実は凍土の探索に来てたんだけど、迷子になっちゃってねー!!」
「それで、ダーカーに襲われて大ピンチ!!って感じなのかなっ?」
エーテルは回転しながら襲ってくる《ミクダ》を躱しながら少女の元へ駆け寄り、《レスタ》を放ちながら話しかけた。
「ん~??いやいや、迷子になってる時に連絡しようと思ったら、うっかり端末を谷底に落としちゃってさ~!!そんでもってダーカーなんて出てきたもんだから、やんのかおらあ~!!ってところできみたちが来たってわけよ!!」
えくれあ達3人は、少女の話を聞いて顔を見合わせた。そして、どうやらこの少女はダーカーに襲われて命の危機に晒されていた、ということではないと判断してほっと胸をなでおろす。
「とにかく、こいつらを迎撃しましょう…ってきゃあっ!?」
「フィリアさん!?」
死角から襲ってきた2体目の《ガウォンダ》に奇襲されるフィリア。幸い、攻撃は辛うじて回避したものの、バランスを崩して地面にへたり込んでしまう。えくれあも助けに行こうと試みるが、目の前の《ガウォンダ》に妨害されて思うように動けずにいた。
「お!!大丈夫かい!!じゃあいっちょやっちゃうよ~!!それそれー!!」
少女は機敏に動き出し、一瞬の内にフィリアを襲った《ガウォンダ》に肉薄する。そして背中の双小剣を抜き出すと、くるくると回転しながら《ガウォンダ》に襲いかかる。
「人殺しはいけないんだぞ~!!死ね~っ!!」
少女は《レイジングワルツ》で《ガウォンダ》を打ち上げ、《クイックマーチ》、《ワイルドラプソディ》、《オウルケストラー》と続けざまにフォトンアーツを叩き込んでいく。《ガウォンダ》が無抵抗のまま屠られていくのを、えくれあ達はただ黙って見つめていた。
「ふえ~、すっごいねぇ~っ!!」
「なんだか矛盾している気もしますが…」
えくれあも漸く《ガウォンダ》の1体を仕留め、半ば呆れた様子で少女に目を向けている。
「…すみません、油断しました…。」
「だいじょうぶだよフィリアちゃんっ!さぁ、残りもさくっとやっつけちゃおうっ!!」
無邪気に笑いながらエーテルは再び弓を引く。フィリアも立ち上がり、エーテルの隣で《ノクスシュディクス》を構えた。
「……。」
「…何ですか?」
「…いえ、お手並み拝見とさせていただきます。」
「くっ……!!」
悔しさと苛立ちの混じった表情で《ミクダ》の群れに向き直るフィリアを、えくれあはじっと眺めていた。やがて、《ミクダ》達が回転しながらフィリア達に襲い掛かる。
「お!!そっち行ったぞー!!」
「おっけーっ!!かっこよく決めちゃうよっ!!」
「…負けない……行きます!!!」
次の瞬間、エーテルの《ミリオンストーム》とフィリアの《アディションバレット》が炸裂する。無数の銃弾と矢の応酬に、《ミクダ》達は為す術無く飲み込まれ、一瞬の内に塵も残さず消滅していった。
無事にダーカーを殲滅した一行は、しばしの休憩の後にキャンプシップへ向けて歩き出していた。
「そういえばあなた…お名前はなんと仰るのですか?」
「あー!!そういえば自己紹介まだしてないじゃん!!」
少女は本当に忘れていたような様子で声を上げ、にっこりと笑って答えた。
「あたしはメイ!!よろしく頼むよ~!!」
「メイちゃんっ!!わたしはエーテルだよっ!!」
「えくれあと申します。」
「あ、フィリアって言います。よろしくお願いしますね!!」
「ほ~ん、みんないい名前だねぇ!!仲良くしてよね~!!」
それぞれ自己紹介をする4人。と同時に、前方にキャンプシップが見え始めた。
「おっ、ようやく帰れるかー!!疲れたなぁー!!」
「ふぅ、呑気なものです…。」
「帰ったらお風呂かなっ?ご飯かなっ?」
「新妻みたいな事言わないでくださいよ~…でもほんとに疲れましたね~!」
やがて4人を飲み込んだキャンプシップは、アークスシップ『フェオ』に向けて走り出す。
「ふー!!お腹減ったねー!!」
「やっぱり帰ったらご飯かなっ!?」
「姉さんはそればっかりですか……メイさん、良かったら食事をご一緒にどうです?私達のマイルームで良ければご招待しましょう。」
「えくれあさん、料理できるんですか?」
怪訝な顔をするフィリアに、えくれあは澄まして答える。
「えぇ。流石にプロの料理人と比較されると難しいものがありますが…。」
「わっほーいっ!えくれあちゃんの手料理はほんっとに美味しいんだよーっ!!」
「それは楽しみだねー!!ぜひお邪魔させてもらうよ!!」
「…お手並み拝見です…。」
大はしゃぎのエーテルとメイに挟まれ、少しバツが悪そうに頬を膨らませるフィリア。
「分かりました。今日は随分たくさん作らなくてはいけませんね…!!」
「いやっほ~いっ!!!!!!!!!!!」
「ちょ、エーテルさん!!船墜ちちゃいますから!!落ち着いて下さい!!!」
「あははははは!!きみたち面白いねー!!!」
珍しく口角を上げたえくれあが気合の入った声を出すと、エーテルのテンションがいよいよ最高潮となってはしゃぎ始める。そんな彼女を慌てて止めるフィリアをメイがけらけら笑いながら囃し立てる。こうして、メイというアークスとの出会いもあったフィリアの『Re:Busters』としての初任務は大成功に終わったのだった。しかし、これはまだ始まりに過ぎない。メイとの出会い、えくれあがしばしば感じた疑念、これらがやがてフィリアにとって大きな影響をもたらすことを、まだ彼女自身気づいてはいないのだった…。